トップへ

『進撃の巨人』は“人間の争いのメカニズム”を描いたーー評論家3名が徹底考察【後編】

2021年04月04日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『進撃の巨人』33巻(講談社)

 『別冊少年マガジン』5月号(4月9日発売)にて、11年半にわたる連載が完結する『進撃の巨人』について、批評家の渡邉大輔氏、映画ライターの杉本穂高氏、漫画ライターの倉田雅弘氏が語り合う座談会の後編。前編では、作者・諫山創の作家性や、時代性を反映した緻密なストーリー展開について語ったが、後編では巧みなキャラクター設計や巨人のデザイン、立体機動という革新的なギミックを用いたアクションシーンについてなど、作品の細部にまで話が及んだ。(編集部)


関連:【画像】『進撃の巨人』20巻(講談社)


■巧みなキャラクター設計


渡邉:お二人の好きなキャラクターは誰ですか?


杉本:僕が一番好きなのはジャンです。等身大の人間ですし、いつも迷いながら戦っている、心も決して強いわけじゃないけど、強くないから人の気持ちがわかる、そんなキャラですよね。


渡邉:倉田さんはいかがですか?


倉田:僕は本当にベタなんですけど、共感という意味だったらアルミン。感情移入だと、エレンです。この場合の感情移入というのは、自分に似ているという意味ではなく、「こいつすごいな」とか、「こいつの行く先を見てみたい」という意味ですね。それこそ22巻まで「ブレブレじゃないか!」と思っていたのが、ここまで物語を引っ張るキャラクターになるとは思わなかったので、本当に驚いています。そういう意味でいうとアルミンの目線に近いのかもしれません。


渡邉:すばらしいですね。僕はベタすぎますけどリヴァイですかね。彼は死にませんから(笑)。


杉本:この漫画は、好きなキャラクターがいっぱいいます。脇役にも渋いキャラがいっぱいいるじゃないですか。リヴァイの育ての親のケニーとかも悪役ですけど、大好きです。


渡邉:ライナーもいいですよね。


杉本:わかります。心が壊れかけたライバルキャラというのも斬新です。


倉田:ライナーはマーレ編になってから半分主役ですからね。もうみんなライナーを応援している(笑)。


杉本:諫山先生は明確に意識してそういうふうに書いていますよね。パラディ島のエレンのようなポジションで対比して見えるように。ライナーは諫山先生のお気に入りでもあるらしいです。キャラクターと言えるかわかりませんが、巨人のデザインも秀逸ですよね。


倉田:人間だけど、人間が崩れている感が絶妙に気持ち悪いというか。


杉本:そうなんですよ。なのであれはあれで、洗練されたデザインなんだと僕は思っています。


倉田:杉本さんは否定されるかもしれないけど、諫山先生のタッチで描かれるから余計気持ち悪くなる(笑)。


杉本:でもそれはあると思いますよ(笑)。先生のタッチを最大限に生かせるデザイン。しかも、行動まで含めて巨人ごとに個性が違うじゃないですか。そこまでキャラクター描写ができているのがすごいですよね。ただの意味不明な脅威じゃない。いわゆる、極めて精巧に人間に似せて作られたロボットに感じる「不気味の谷」に近い、気味悪さがありますよね。そういう方向性のデザインを狙ったのだと思います。獣の巨人よりも、普通の巨人の方が不気味ですし。


倉田:獣の巨人はデザイン的にもしっかりしていて、怪獣だと思えるデザインでかっこいい。普通の巨人みたいな怖さや不気味さはなくなっていますね。


■『進撃の巨人』はすごく漫画らしい題材だった


杉本:バトル描写でいうと立体機動という発明がすごかった。これはもともと、『マブラヴ オルタネイティヴ』というゲームに出てくる、ロボットの跳躍ユニットが元ネタらしく、それを人間サイズにしたもの、と諫山先生は説明されています。それを、空を飛翔する武器にしたというのが非常に面白い発想で、これを漫画以上に活かしたのがアニメでしたね。アニメ第1期の最初のPVが立体機動のシーンだったんですが、それがすごくてファンの度肝を抜きました。


渡邉:諫山先生の場合は、すでにちょっと触れられたように、絵が苦手とか、絵のタッチが……と初期から言われていたわけですけど、それでも立体機動のアクションシーンのコマ割りとか、漫画として最高にうまいですよね。


杉本:絵もうまいと思います。線が多くてスッキリしていないから多くの人になんか読みづらい印象になるのかもしれないですけど。あと、美形キャラをいかにも美形に描かないからかもしれない。でも、漫画の絵として迫力ありますし、見開きの迫力ある構図とか引き込まれますよね。


渡邉:もちろん、アニメ版のクオリティの高さも強調すべきなのですが、私は『進撃の巨人』はやっぱりすごく漫画らしい題材だと思っています。要するに、この話の軸となるイメージは、小さい人間とものすごく大きい巨人の戦闘の対比じゃないですか。これを、例えば実写映画やアニメや舞台でやろうとすると白けちゃう危険が大きいんですよ。特に物語クライマックスの、地球規模(!)の大きい巨人がたくさん出てくるトンデモ展開のヴィジュアル表現とかは、これは漫画でしかできないと思います。手塚治虫が漫画の本質を誇張・省略・変形だと言っているんですね(『マンガの描き方』)。例えば、コマ割りや構図、キャラの体型の面でパースがおかしいところ、歪な部分があっても、不思議なことにそれが漫画だとおかしく感じない、むしろ「自然」に見えるということがありうるんです。大きさの対比が現実離れしていても、自然に面白く読めてしまう。その点で、『進撃』は他のメディアでは十分に表現しきれない、すごく「漫画らしい」物語・素材だと思います。


倉田:たしかにその通りだと思います。さらに読みやすさでいうと、コマ割りがすごくうまいんですよね。アクションシーンは、キャラクターの位置関係を示す引きの絵を効果的に入れて、わかりやすく構成しているし、ここぞという時に大ゴマや見開きを効果的に使用している。だから漫画力がすごく高い人なんだと思います。先ほど、渡邉さんがアニメや映画では表現しきれないとおっしゃっていましたが、アニメの場合はフレームが固定されているから、そうした諌山先生の演出意図をダイレクトに表現できるという意味では、漫画が『進撃の巨人』の世界観にふさわしいメディアだったんだろうと思いました。


■『進撃の巨人』のボリューム感・スピード感・終わりのタイミング


杉本:『進撃の巨人』の連載開始は2009年で、人気作品は長期連載するのが普通という風潮でした。今始まったとしたら、この一大サーガを最後まで描けなかったのかもしれないと思っています。


渡邉:私も最近その問題は結構考えるんですが……それこそ『鬼滅の刃』とかも割とあっけなく終わってしまって、「あれ?これで終わり?」みたいな消化不全感があったんですよね。でもそれは、80年代ジャンプ漫画の感覚が身に染み付いちゃっているから、私がおかしいのであって、最近の漫画が普通なのかもしれないと思いはじめて(笑)。


杉本:僕も同世代なので、その気持ちはよくわかります。


倉田:でも、考えてみたら、『あしたのジョー』は20巻、『デビルマン』に至っては、5巻で終わるんですよ。そう考えると、80年代のジャンプ漫画のように、引き伸ばす方が確かにちょっとおかしかったのかもしれません。もしかしたら、漫画作品が作家主導に戻りつつあるのではないでしょうか? 『進撃の巨人』も終盤は、編集部はむしろ「いつ終わるのか」と急かしていたそうですし。


杉本:やはりこれだけ壮大な話を書くには、それなりの分量が必要ですからね。『鬼滅の刃』も『呪術廻戦』も、もっと風呂敷を広げることができそうな気がするんだけど、あえてコンパクトにまとめている印象を受けます。


倉田:漫画の寿命が伸びているということもあるかもしれないですね。特にストーリーものは、その場しのぎで話を続けていくと齟齬が出たり、展開がだらけてしまい、全体の完成度を損ねてしまう。最近漫画は、通常の単行本だけでなく文庫や愛蔵版など、形態を変えて出す機会が何度もありますが、そこで売れるのはやはり完成度の高い漫画です。継ぎ足しでやって破綻してしまった漫画は、完結してしまうともう売れなくなったりするということもありますから。


杉本:二次利用しにくいということですよね。


倉田:そうですね。長く残る漫画にはなりにくいという事ですね。


杉本:なるほど。そういう意味において『進撃の巨人』は非常に全体が美しく構成されているので、末永く残る漫画の古典になりそうなポテンシャルのある作品ですよね。


渡邉:非常に密度が高い漫画だし、やっぱり2010年代という時代を反映している物語でもありますからその通りだと思います。


■改めて連載を振り返る


杉本:『進撃の巨人』は、人間が争いを止められない、そのメカニズムをちゃんと描いている作品だと思います。「あらゆる戦争は防衛のために行われる」と言った人がかつていましたが、この作品の登場人物の誰もが、仲間や国を守るために戦っているだけなんです。仲間を守らないといけないので相手を殺してしまう。すると殺された相手も、仲間を守るために殺し返す。この繰り返しが人類の歴史なのだとすれば、『進撃の巨人』が描いているものは、人類の歴史そのものです。それくらい大きなものに挑んだ諫山先生が最後にどんな結論を出すのか、非常に楽しみです。


倉田:私からは簡潔に(笑)。あと1話で終わりますが、未読の方でもまだ間に合うので、みんな一緒にリアルタイムでこの壮大な作品の終わりを見届けましょう! 多分、漫画史に残る体験ができると思います。


渡邉:『進撃の巨人』はすごく緻密な世界観の中で、いろいろな話が展開されるという壮大な作品です。ここで詳細に解説することは難しいですが、これはマーベル映画をはじめ、Netflixなど今のデジタルコンテンツ時代特有のストーリーテリングの作り方とすごくフィットするような作品と言えます(ご関心ある方は都留泰作さんの『の研究』などをお読みください)。あと、この作品は「巨人が人を食う話」じゃないですか。巨人は人間に似ているんだけど(なおかつその正体は実際に人間だったわけですけど)、一方でコミュニケーションできない異物です。いま人工知能やドローンなど、そういったノンヒューマン・エージェンシーと人間とのコミュニケーションの可能性が問題になる時代になってきていて、この作品はそういったテーマとの関連もあります。例えば、現代の著名な人類学者エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロはそういう機械や動物が人間の領域を脅かしたり干渉しあったりする状況を「捕食」や「食人」というキーワードで考察していますが(『食人の形而上学』)、まさに『進撃』をそういう「食人」の物語として解釈することもできるでしょう。これも諫山先生の天才がなせる技だと思います。やはり2010年代を代表する、象徴する物語として、今後も読まれていくと思いますし、ちょうど同じく時代を象徴する作品で、比較されることも少なくない『エヴァ』の完結と時期的に重なったのも運命的なものを感じます。倉田さんもおっしゃったように、みんなで結末を見届けたいですね。僕も最終回が一体どうなるのか楽しみです。