2021年03月31日 19:51 弁護士ドットコム
大阪府内で新型コロナウイルスの感染者数が急増していることを受けて、大阪府は3月31日、新型インフルエンザ対策特別措置法(特措法)にもとづく「まん延防止等重点措置(まん防)」の適用を国に要請することを決めた。適用されれば全国初となる。
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大阪府の吉村洋文知事は、要請決定後の会見で、「遅くとも4月5日からの適用をお願いしたい」と話した。大阪市域を対象に、飲食店などへ20時までの時短営業を要請し、飲食店などにマスク非着用者の入店を拒否するよう求めるという。
まん防は2021年2月に改正された特措法で新設された。適用されると、都道府県知事は、事業者に対して、営業時間の変更などの命令や命令に伴う立ち入り検査が可能となる。事業者が命令違反や検査拒否をした場合は、20万円以下の過料となる。
大阪府は首都圏の1都3県より約3週間早く緊急事態宣言が解除されたが、3月31日にはコロナ新規感染者数が599人にのぼり、東京都の414人を上回るなど、感染が急拡大している状況だ。
まん防の適用について、特措法にくわしい楊井人文弁護士は、大阪府は「いつ適用されてもおかしくない状況」としたうえで、「一度適用すると、緊急事態宣言以上に解除の基準が不明確なため、長期化する可能性がある」と指摘する。
まん防が適用された場合の影響や課題について、楊井弁護士に聞いた。
——「まん延防止等重点措置(まん防)」とはどのようなものでしょうか。
まん防は、特措法が2月に改正された際に導入されたものです。感染状況等が緊急事態に至らない段階でも、「まん延防止等重点措置を集中的に実施する必要があるものとして政令で定める要件に該当する事態が発生したと認めるとき」に適用できるとされています。
「まん防」は、実質的には「ミニ緊急事態宣言」と言っていいものです。緊急事態宣言との実質的な違いはほとんどありません。
改正特措法のもとで、緊急事態宣言が実施されている都道府県の知事は、時短要請に加え時短命令ができるようになりましたが(45条2項、3項)、まん防が実施された場合も、知事は時短要請に加え、時短命令ができるようになりました(31条の6第1項、3項)。
——緊急事態宣言とはどう違うのでしょうか。
緊急事態措置では、施設使用や催物の開催の「停止」もできると明記されている一方、まん防には「営業時間の変更」などと定められています。
この点、緊急事態宣言では休業要請もできるが、まん防では時短要請以上のことはできないと言われていますが、主に夜間に営業している店舗にとっては、時短要請は実質的に休業要請と何ら変わらないはずです。
また、一部メディアは、「繁華街に限定して」おこなうものだと報じています。たしかに、まん防では、政府が実施範囲を市町村単位に限定することも可能となっており、現に大阪府の吉村知事は大阪市域に限定してまん防の適用を求める考えを表明しましたが、緊急事態宣言でも、知事が緊急事態措置を決める際に区域を限定することは妨げられません。
いずれの場合でも、権利の制限は必要最小限でなければならないという特措法5条の趣旨からすれば、必要最小限の区域に限定して実施すべきものと考えられます。
結局、わかりやすい違いは、「緊急事態宣言」という名称の「宣言」がなされるか否かという点と、措置命令に違反した場合の過料が30万円か20万円かという点しか見出せません。
——あまり違いがないようにもみえます。
緊急事態宣言とまん防の違いがはっきりしないということは、極めて深刻な法制度上の欠陥です。
本来、緊急事態における厳格な要件、手続きを経た場合にのみ許されるはずの権利制限とほぼ同じ権限を、緊急事態に該当しないときでも、知事に授権できる制度になっているからです。
緊急事態宣言の独自性はその「宣言」によるアナウンスメント効果くらいしかなくなります。そのアナウンスメント効果も繰り返しおこなわれ、長期化すると薄れると言われています。
ならば、より曖昧な要件で、緊急事態宣言下と実質的に同じ権限が与えられる「まん防」を使いたいと考える知事が増えてもおかしくありません。その結果、緊急事態に至らなくても権利制約が横行するということになりかねません。
——まん防の適用について、都道府県知事が政府へ要請することには、何か法的な意味合いがあるのでしょうか。
特措法31条の4第6項は、知事が政府に「まん防」の適用を要請することができる、と規定されています。
要請ですから、政府は応じる義務はありませんが、要請に応じないなら、なぜ応じないのかの理由の説明を求められる可能性があります。
政府が適用に前向きなら、知事からの要請は適用の根拠となり得ますが、逆に政府が適用に消極的なら、知事からの要請は政府にとってプレッシャーになると考えられます。
——吉村知事は会見で、飲食店などにマスク非着用者の入店拒否を要請する旨述べていました。
まん防が適用された場合に知事が事業者に対して要請できる内容は、営業時間の変更、いわゆる時短要請だけではありません。
特措法31条の6第1項で「その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置」も要請できると定められました。
要するに、政府が一方的に定められる「政令」で要請できる事柄を決めて良い、という内容になっています。
そして、改正された政令(施行令)5条の5で、「入場をする者に対するマスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の周知」「正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止」という項目が入りました。この要請に反した場合は「命令」もできるとされています。
つまり、まん防が適用されると、知事は「マスクの着用等をしない客の入場の禁止」を事業者に要請でき(特措法31条の6第1項)、その要請に応じない事業者に「命令」を出し(31条の6第3項)、命令に違反した事業者に20万円の過料を課せることになっています(80条1号)。
命令、罰則により強制的に禁止できる範囲を、国会の審議、議決を経ることなく、政府が一方的に決められる「政令」だけで決めてしまえるというのですから、私はこれも極めて大きな問題だと思っています。
実際、この「マスク非着用者の入場禁止」の罰則化は、特措法改正を審議した国会でまったく出ていなかった話で、政令でいきなり入ったものです。しかもこの政令改正のパブリックコメント受付期間は(通常30日のところ)たった3日間でした。
今後も、政府が「まん延防止」を名目に、命令・罰則規定を新たに作りたいと思えば、国会の関与なくいつでも作れる、そんな権限を政府に与える法律を国会(この改正特措法の修正協議を経て賛成した与野党)が作ってしまったわけです。
——遅くとも4月5日からの「まん防」適用を政府に要請するようです。
特措法の規定を読む限り、まん防の適用に関して、法律上の縛りはなきに等しいと思います。一言でいえば、政府がどんな客観的状況かにかかわらず「まん延防止のために必要」と判断しさえすれば適用できる、極めて緩い要件になっているからです。
政令に定められている要件は、「当該都道府県において新型インフルエンザ等の感染が拡大するおそれがあると認められる場合」で「当該都道府県の区域において医療の提供に支障が生ずるおそれがあると認められるとき」というものです(特措法施行令5条の3第2項)。
実際に感染拡大しているか、医療提供体制に支障が出ているかではなく、「おそれ」があると言えれば適用できてしまうわけです。
新型コロナがまん延している状況では、どこだって「おそれ」は否定できないので、その気になればいつ適用されてもおかしくないと考えたほうがいいでしょう。要は、世論やその影響を受けやすい知事、政府のさじ加減で決まるということです。
とはいえ、政府は、分科会のステージ基準に従って「ステージ3」相当なら、感染状況の拡大を勘案して適用するという考え方を基本的対処方針などで示しています。法律上の基準ではなく、政府の方針なのでいつでも変わる可能性はありますが、閣議決定されているので、一定の重みがあります。
大阪府は6つの指標のうち「陽性率」を除く5つの指標で「ステージ3」以上になっているため、いつ適用されてもおかしくない状況ではあります。
——同じく感染者が増えている宮城県の村井嘉浩知事は、3月29日時点では、まん防適用を要請しないと話しました。
6つのうち大半の指標が「ステージ3」以上になっている地域は、宮城県も含め、ほかにもたくさんあります。そうすると大阪府だけ適用した場合、ほかの県に適用しないのはなぜか、という議論が起きてもおかしくありません。
パンドラの箱が開いたように、各地でまん防が実施される事態もありえます。しかも、一度「まん防」を適用すると、緊急事態宣言以上に解除の基準が不明確で、解除判断に政治的リスクが伴うため、長期化する可能性があります。
——まん防のあり方について、どう考えればよいのでしょうか。
政府がまん防適用に慎重と報じられていますが、実は社会経済活動の犠牲をこれ以上大きくしたくないため、パンドラの箱を開けたくないと考えているのかもしれません。粗雑な制度設計により知事に強権を付与することに逡巡しているわけです。
それでも不安を煽る報道や世論、知事に押されて政府がまん防を適用する可能性は高いでしょう。緊急事態宣言の最中に慌てて曖昧な法制度を作ってしまった代償は、とてつもなく大きい。私たちの社会が、いよいよ出口のないトンネルに入ってしまうのではないかと、強く危惧しています。
では一体どうすればいいのか、と問われる向きもあるでしょう。
まず、従来の緊急事態宣言や措置、諸々の自粛要請も、目的達成のために本当に合理的かつ効果的な手段で、必要最小限であったかどうか、効果の薄い無駄な対策を過剰にやっていないか、いま一度、徹底的に検証すべきだと思います。
福島原発事故のときと同様、国会に独立検証委員会を設けるべきですし、国会がやらなければ民間でやるしかありません。特措法や感染症法の法体系も一から見直す必要があると考えています。
最終的には、新型コロナに対する私たちの意識を変えていくしかないと思います。メディアは今も「コロナ慣れ」がダメなことのように報じていますが、むしろいかに犠牲を抑えつつ「コロナ慣れ」できるかが課題だと思うのです。
私個人としては、新型コロナが一度まん延してしまった国で、人為的にゼロ近くまで抑え込むのは現行法体系で不可能ですし、新型コロナによる犠牲を超える多大な犠牲を払ってまで抑え込むことに人々が同意する可能性も極めて低いと思っています。
そうすると、「新型コロナのまん延」という現実を受け入れ、重症者・死者が爆発的に増えるような事態(日本はまだ一度もそうした事態に至っていません)を避けるための検査・医療体制の充実を急ぎつつ、通常の社会経済活動に伴う一定レベルのまん延に耐えられる社会を目指すしかないのではないか、と今は考えています。
【取材協力弁護士】
楊井 人文(やない・ひとふみ)弁護士
慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)事務局長。「緊急事態宣言に慎重な対応を求める有志の会」発起人として緊急声明に名を連ねた。
事務所名:ベリーベスト法律事務所
事務所URL:https://www.vbest.jp/