2021年03月31日 11:11 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染拡大により、この1年で人々の働き方が変わった。
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人と人の接触を極力減らす。その変化に対応可能な職種や業種もある一方、どうしても対応できない人もいる。
マッサージなどの仕事で働く視覚障害者にもそれは当てはまる。治療院ではなく、企業内で働くヘルスキーパー(企業内理療師)のなかには、会社方針に従って、自宅待機が1年続いている人もいる。
存在意義に悩み、仕事をやめるかどうか決断に揺れる視覚障害者ら。コロナ収束後も、企業がオフィスを減らせば、マッサージルームもなくなっていくことが予想される。(ニュース編集部・塚田賢慎)
雇用されている障害者の数(2020年6月1日時点)が、57万8292人(対前年比3.2%増)で、過去最高を更新したと、今年1月15日に厚生労働省から発表された。
民間企業に義務付けられている法定雇用率(2.2%、今年3月1日から2.3%)の達成企業割合は48.6%で、これも前年より増加した。
ただし、昨年6月の数字である以上、新型コロナの影響を確実に反映しているとは言えないだろう。
民間における雇用者のうち、知的障害者(4.5%増)と精神障害者(12.7%増)は前年からの伸び率が高いが、身体障害者は0.5%増にとどまっている。
「伸びが鈍化している身体のうち、単独の統計はありませんが、特に視覚障害は現在も、将来的にも伸び悩むと感じています」
そう話すのは、日本視覚障害ヘルスキーパー協会の星野直志会長だ。
ヘルスキーパーとは、理療の国家資格を持つ視覚障害者のうち、企業に雇用され、社員らをマッサージする業務にあたる人のこと。
協会では、昨年4月から会員のヘルスキーパーに対して、コロナ禍の出勤状況をアンケート調査している。
昨年5月上旬の調査(5月7日~5月16日実施・回答数34人)で、出勤していると答えたのは4人(12%)。
今年2月上旬(2月2日~2月8日実施・回答数37人)の調査では、出勤しているのは22人(59.5%)だったが、そのうち通常通りの出勤日数は8人。ほかは時短出勤や、週1~4日勤務だった。
ヘルスキーパーたちに、コロナの感染拡大で働き方がどのように変化したか取材した。
視覚障害者のAさん(30代)は、大手企業のグループ会社で、数年前からヘルスキーパーの正社員として働く。都内にある会社のマッサージルームが職場だった。
しかし、コロナによって、昨年3月ころから「自宅待機」を命じられた。
自宅では、音声ソフトを入れたPCで、簡単な事務作業をして過ごす。仕事が常にあるわけではなく、頼まれたときに随時動く。
マッサージルームの再開には、会社や部門責任者の考えが大きく反映される。フェイスシールドや使い捨てシーツを用意して、ヘルスキーパーを稼働させている会社もあるそうだ。
Aさんが自宅で過ごす生活はもう1年になる。基本給の支給は続いているが、今後の処遇はわからない。
「感染対策に取り組む会社の対応が決して間違いではないが、つらい。私はどうしてこの会社にいるんだろうかと考えてしまいます」
自宅で怠けているわけではない。自宅待機になった直後から、パソコンや資格学習等を進めながら、視覚障害者向けの職業訓練を受けたいと何度も会社に伝えている。公費でまかなえるため、会社負担はない。
「いずれヘルスキーパー部門がなくなっても働けるように準備したいのですが、会社はなかなか認めてくれません」
同業者の知り合いたちはというと、契約社員の知人は期間満了にともなう雇い止めを受けたという。正社員の知人も、事務職への配置転換があったそうだ。
「結局、視力がないために、仕事がうまくできず、やめさせる向きにあるという話も聞きます。私もそうならないか不安です」
Aさん自身も、昨年から今まで、上司から「他にやりたいことがあるなら、やめてもらっても構わない」などと複数回言われたという。持病の進行や雇用について、今後の不安を抱えながら、退職勧奨とも受け取れる言葉を聞き流した。
行政・関連団体などにも、状況について相談した。すると、自分からは辞めてはいけない、仕事への意欲を示すようになどのアドバイスを受けた。Aさん自身は、見えないから出来ないとは思わず、どうすれば会社や社会に貢献出来るか、そのための訓練・スキルアップは積極的に取り組みたいと考えている。
すでにヘルスキーパーとして働いていた会社を辞めた人もいる。
東海地方の男性Bさん(40代)は昨年10月、正社員として働いていた特例子会社(注:親会社やグループ全体の障害者雇用率にカウントできる)を早期退職した。
「昨年2月から2週間の出勤停止となり、出社後も4月の緊急事態宣言でマッサージルームの無期限休業と再度の出勤停止になりました」
3~4月の出社中は、会社のドアノブの消毒作業と、書類のシュレッダー係、電話応対を担当していた。マッサージ以外にできることを聞かれて、できたのがその3つだった。
片目は全盲で、残りの目もほぼ見えない(視力0.01未満)。スマホを近づけて、アイコンがぼんやり見えるレベルだ。
「郵便物の受け取りのサインは、署名枠がわからないのでかけません。読み取りも、印刷された活字は、スマホをかざしてOCRアプリで読み上げることができますが、手書き文字は読めません」
自宅待機中の仕事は全くなかった。上司から連絡があるのは「自宅待機がいつまで延びます」という指示があるときだけだ。
6月からの給料は4割減で、月の手取りは23万円から12万円になった。
「同じ障害を持つ妻は専業主婦。2人で月に16万円の障害者年金をもらっているので、困窮しているわけではないが、12万円では貯金ができません」
7月時点で、転職を考えていたBさんは、転職エージェントに登録。
「コロナも落ちつきつつあり、東京でもGoToキャンペーンが始まる。10~11月ころには募集も増えるはず」と楽観的に見ていた。
8月に募集された希望退職に応じて、約90万円の退職金を受けとり、10月に退職した。
ところが、予想は大きくはずれ、仕事はまだ見つかっていない。
「正直言って、かんばしくありません。11月からはヘルスキーパーどころか、マッサージ店の求人もほぼ出ていない。今は10分の1程度でしょうか。正社員待遇など望めません」
もはや、マッサージの仕事はあきらめ、事務職など他のこともできないか考え始めた。
「マッサージは、本当であれば、在宅でストレスを抱えた人に、立ち向かう力をあげられる仕事なんです。20年続けた仕事を捨てて、別の仕事を始めるのは心細いです」
マッサージの仕事につく視覚障害者が悩むなか、コロナで良い影響があったと話す視覚障害者もいる。
都内の企業で働くCさん(40代)は、片目は全盲、もう片方も視野狭窄で、ほぼ見えていない。障害者枠で入社した正社員だ。法務を担当している。
コロナで会社がテレワークに移行したことで「良い面、悪い面ありますが、メリットのほうが大きい」と新しい働き方に順応している。
「大変だった通勤時間がなくなりました。働く場所が自由になったので、障害の有無がある意味関係なくなりました。オンラインで会議もできます」
また、直接の業務ではないが、自分の仕事にかかわる研修に、自由に参加できるようになったことも喜ぶ。
「コロナ前であれば、行ったことのない会場での研修には、誰かと一緒でないとたどりつけず、行きたくても行ないことが多かった。今は、会場での研修と同時に、オンラインセミナーもある。リアルタイムで視聴できなくても、一定期間はアーカイブが公開される。思いがけず、学びの自由や機会がコロナで増えました」
コロナが収束したとしても、出社・リモート、両方の働き方の選択肢が残ってほしいと願っている。ただ、Cさんは、雇用について不安を抱える視覚障害者の存在も認識している。
「視覚障害のなかでも、リモートのできないマッサージ系の職業のかたにとっては、確実にネガティブな環境です」
Cさんは中途失明のため、健常者として入社した企業は、通勤やPCの操作ができなくなって、過去に退職している。
退職後、ほとんど見えない状態に苦労しながら、テープ起こしやゴーストライターの仕事をしてきたが、それも完全に難しくなった。
そんなとき、職業訓練施設の存在を知り、視覚障害者向けソフトの訓練を受けて、今の会社に再就職できたという。
Cさんが職業訓練を受けていたのは、社会福祉法人「日本視覚障害者職能開発センター」(新宿区)だ。
センターは、昨年の緊急事態宣言を受けて、4~5月の2カ月間、休業した。
6月からは再開したが、一度に教室に入れる人数を半減させるなどの感染対策を講じた。
オンライン受講を充実させるなどしたが、利用者の人数は8割ほどになったそうだ。
「相談者の数は減っていないので、視覚障害者に対する就労支援が必要と感じています」(センターの職業訓練担当者)
ヘルスキーパー協会会長の星野さんは、「障害者全般で見ると、積極的とは言えないまでも、企業の求人は減っていないと思う。しかし、視覚障害に関してはそうでもない。ヘルスキーパーの求人は例年、ハローワークに10件は出ているが、今現在、1件程度に減っている」と話す。
「障害の有無関係なく、雇用に不安はあるが、我々のように触れる職業はますます厳しくなるでしょう」
Aさんは、企業が都心のオフィス規模を縮小するなかで、コロナが収束しても、ヘルスキーパーの雇用は戻らないのではないかと不安に感じている。
シェアオフィスや、サテライトオフィスが導入されていくなか、1つの企業がヘルスキーパーを雇うのではなく、複数の企業が共同で雇うような形ができないかと期待する。
「健康保険組合でヘルスキーパーを雇用して、加盟の企業に派遣するというケースもあります。たとえば、10社の中小企業が集まって、共同で障害者を雇うことを可能とする制度がほしい」(星野さん)
星野さんは、15年ほど企業でヘルスキーパーとして働いていたが、2年前からは個人事業主として、契約した企業でマッサージをしていた。
「コロナで出社率が1割未満となり、僕が施術する場所はなくなりました。そのかわり、治療院で働くほか、昨年末から公立病院で働きはじめました」
東洋医学科で外来患者をみることが主な業務だが、空いた時間を使って、医師や看護師の体をマッサージしているという。
「私立病院ではなく、公立病院で、ヘルスキーパーのように働くのは相当なレアケースだと思います。民間企業での需要が減るなかで、コロナの状況でも医療従事者は病院に出勤します。公立病院での雇用が増えれば、ヘルスキーパーもこれまでの技術を捨てずに働きつづけられます」
全盲の大胡田誠弁護士は、視覚障害者を雇用する企業に対して、これまで以上に「障害者の活用」に取り組んでほしいと呼びかける。
「4月末以降、雇用調整助成金の特例措置が縮小される予定で、現在、企業から休業手当をもらいながら自宅待機している視覚障害者が解雇や雇止めになるケースが増えるのではないかと強い危機感を感じています。
コロナ禍は、マッサージを生業とする視覚障害者を苦境に追い込んでおります。その一方で、現在、ステイホームやリモート勤務での長時間のパソコン使用により、多くの人たちが心身の不調を感じており、今ほどマッサージが求められている時代はかつてなかったのではないでしょうか。
経営環境が悪化し、合理化が求められている企業も、安易に視覚障害者の解雇や雇止めを選択するのではなく、ヘルスキーパーの安全で有効な活用方法を一緒に考えてほしいのです。例えば、ヘルスキーパーの定期的なPCR検査実施など、徹底した感染対策を施したうえ、テレワーク中の社員宅を訪問してヘルスチェックとマッサージをするなどの『新しい日常』に即したヘルスキーパーの活用法を模索していくべきではないでしょうか」