2021年03月27日 09:41 弁護士ドットコム
退職を伝えると同時に、有給休暇の消化をはじめ、引き継ぎをしないまま退社してしまった――。東北地方の男性会社員(50代)は、そんな元部下に今も納得しない思いを抱えている。
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男性によると、この部下は退職を申し入れた際、あわせて未消化だった有給休暇を取得することも伝えたという。会社側としては、仕事の引き継ぎは言うまでもなく、当然のことと考えていた。ところが、退職日間近となっても引き継ぎをする様子はない。
そこで会社側が「引き継ぎはいつするのか」と連絡しても、元部下から音沙汰はない。そして、そのまま退社に至ってしまったというのだ。
男性は「これまでこんな社員はいなかったため、人事もお手上げ。しかし、有給休暇の消化は権利でもあるし、無理にでも出社させることはできなかった。どうすればよかったのか」と話している。
有給休暇を取得するのは、会社員として当然の権利だ。2020年からは年間5日の有休取得も義務づけられた。しかし、この有給休暇をめぐっては、退社時にトラブルになることも少なくない。
今回のようなケースで、会社側はどのように対応すべきだったのか。山田長正弁護士に聞いた。
——退職する際の引き継ぎは、組織運営上、かなり重要なものだと思います。従業員に引き継ぎをする義務はないのでしょうか。
退職するにあたっての引き継ぎは、「信義則上の義務」とされているため、従業員は、退職するにあたり、それぞれの事務処理を誠実におこなって、引き継ぎをする必要があるといえます。よって、従業員の責任でおこなうべきものです。 なお、会社としても、退職予定の従業員に「引き継ぎすべし」という業務命令を出して、引き継ぎをおこなわなければならないことを明確にしておくことが肝要です。
——引き継ぎは、従業員の責務とのことですが、それを理由に有給休暇の申請に「待った」をかけることは可能なのでしょうか。
有給休暇は、従業員より請求があれば、すべて取得させなければならないのが原則ですので、法的に有給休暇の申請を拒否することはできません。
ただし、会社側から、有給休暇の申請を取り下げるよう依頼(強制ではありません)することは可能です。これに従業員が応じてくれれば、結果として「待った」をかけられたといえます。ただし、従業員がこの依頼に応じなければ、「待った」をかけることは難しいです。
——法的に拒否できないとなると、休暇前に確実に引き継ぎをする必要がありますね。会社側はどうすべきなのでしょうか。
(1)就業規則で業務の引き継ぎを義務化する
就業規則に退職時の業務の引き継ぎについてのルールを定め、引き継ぎをしない場合、懲戒処分の対象になる旨を明記することは、意図的に会社側に迷惑をかけるような悪質な退職を防止する目的や、従業員に引き継ぎの責任を認識してもらうということにおいて、一定の効果はあると考えられます。
(2)退職金規程などに退職金不支給規定を設ける
従業員が「引き継ぎ業務をしなかった場合、退職金の一部または全部を支給しない」などの規定を退職金規程などで明示していれば、その違反の程度にあわせて、退職金の減額・没収があり得ることを警告して、引き継ぎ業務をうながすことは可能です。また、引き継ぎ完了を退職金支払いの要件とすることも可能です。
ただし、引き継ぎをしなかっただけで、退職金の全額(場合によっては一部)不支給とすることは通常困難です。仮に減額が認められるにしても、その幅については、引き継ぎ義務違反の重大性と、これまでの功労とのバランスで検討することになります。
(3)退職予告期間を伸長する
就業規則に、退職届の提出日について、「退職の30日前までに退職届を提出する」などのルールを定めておきます。それにより、民法627条に規定されている2週間の退職予告の期間を伸ばし、その間、引き継ぎに必要な日数を確保することが一定程度可能です。
ただし、期間の定めのない雇用について解約を申し入れた場合、解約の申し入れ日から2週間を経過すると、強制的に退職の効力が発生するとの見解・裁判例もあり、敗訴リスクは残ります。この点は留意しておいたほうがよいでしょう。
——有給休暇の申請したあとに、引き継ぎが完了しそうにないことが発覚したような場合、会社側として何とかする方法はありますか。
(a)有給休暇の申請を取り下げるようお願いする
先ほど述べたように、会社側より有給休暇の申請を取り下げるよう依頼することが挙げられます。
(b)退職日を後ろにずらす合意をする
従業員と合意することにより、退職日を後ろにずらすことも考えられます。ただし、従業員の合意がなければ実現できません。
(c)有給休暇の時季変更権を行使する
有給休暇については、労働基準法39条5項により、会社に「時季変更権」が認められており、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合は、有給休暇の取得をほかの時季に変更できます。
しかし、時季変更権を行使するには、従業員の指定した有給休暇を与えることによって、客観的に業務に支障をきたす、すなわち「事業の正常な運営を妨げる場合」が明らかであることが条件になります。たとえば、従業員全員が同時に有給休暇をとろうとしている場合などです。
また、時季変更権は、退職日を超えて行使できません。引き継ぎが終わらずに退職にともなう有給休暇の消化期間に突入してしまうような状況では、退職日を後ろにずらす合意などとあわせて行使することになるでしょう。
(d)損害賠償請求をする
一切の引き継ぎをしなかった場合、従業員の義務違反を問うことができるため、理論上は損害賠償請求ができることとなります。
ただし、損害が生じたことの立証、あるいは引き継ぎ未了と損害との間の因果関係は、会社側にそれぞれ立証責任があります。実質的には困難な場合が多いでしょう。
【取材協力弁護士】
山田 長正(やまだ・ながまさ)弁護士
山田総合法律事務所 パートナー弁護士
企業法務を中心に、使用者側労働事件(労働審判を含む)を特に専門として取り扱っており、労働トラブルに関する講演・執筆も多数行っている。
事務所名:山田総合法律事務所
事務所URL:http://www.yamadasogo.jp/