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表現の現場でハラスメント横行 「アニメ監督にホテルに連れ込まれた」「レッスン室でレイプ寸前」

2021年03月24日 12:41  弁護士ドットコム

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アートや演劇、映像など、さまざまな表現活動に関わる人に対するハラスメントについての調査結果をまとめた報告書「『表現の現場』ハラスメント白書2021」が3月24日、公表された。


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調査を実施したのは、現代美術家の岡田裕子さんらアーティストや研究者11人でつくる「表現の現場調査団」。2020年12月から2021年1月にかけて調査を実施して、アート、演劇、映像、デザイン、音楽、文芸、アニメ、マンガなど、さまざまなジャンルで表現の仕事をしている1449人が過去10年以内に経験したハラスメントについて回答した。



「レッスン室に連れこまれ、レイプされそうになった」という女性音楽家や、「編集者に処女かどうかと聞かれた」という女性漫画家など、指導的地位を利用した女性に対する性的なハラスメントがジャンルを問わず広く見られた。また、回答者のうち、フリーランスは5割を超え、労働問題に絡んだハラスメントも多かった。



女性やフリーランスという弱い立場につけこんだハラスメントが多いという特徴があったが、泣き寝入りせざるをえず、対処されないまま、放置されてきた業界の構造的な問題や法整備の遅れが浮かび上がった。



調査団は、引き続き調査をおこなうとともに、ジェンダーバランス(性による差別解消)の啓蒙活動やフリーランスに対する法的保護を求める活動を5年にわたり継続していくとしている。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●「表現の現場を変えたい」

調査団はこの日、東京・霞が関の厚労記者クラブで会見し、メンバーの1人で、アーティストのホンマエリさん(キュンチョメ)が、調査の目的を次のように語った。



「表現の現場では、ハラスメントがたくさん起きていますし、隠され続けています。たとえば、表現の機会をもらうために、暴言や長時間労働に耐えなければけない。作品のためだということで、性行為を強要されることもあります。そんなことはあってはいけない。許されてはいけないことです。



ハラスメントの横行する現場を変えるため、どのようなハラスメントが、どのような現場でおこなわれているのかを調査しました」



回答者1449人のうち、女性が約6割、男性は約3割で、残りの約1割は回答がない、あるいは、「どちらでもない」と回答した。年代は10代から70代以上まで幅広かったが、20代から40代までに回答は集中、30代が最も多く約9割となっている。



アート、演劇、映像、映画、デザイン、音楽、文芸、アニメ、マンガ、建築、研究など、多くの分野から声が寄せられた。



●ギャラリーで女性作家にストーキング、レッスン室に連れ込まれレイプ直前

分野別では、次のようなハラスメントがあった。白書から抜粋して紹介する。



【美術分野】女性作家に対し、男性客がしつこくつきまとう「ギャラリーストーカー」が非常に多く見られた。中には深刻化して展覧会や表現活動を控えるケースもあったという。また、展示や企画の権限を持つギャラリーオーナー男性からのハラスメントも多かった。



・「20代で展示したとき、アート好きというおじさんから、しつこくデートなどの誘いを受けた」(30代、女性、デザイナー)



・「展覧会に来た男性客から無料のキャバ嬢として作品に関係ない話の相手をさせられることが多々ある。女性というだけで見下しマウンティングしてくる男性客が多い」(20代、女性、美術家)



・「打ち合わせと称してギャラリーオーナーの家に呼ばれ、何度も性的関係を求められた」(20代、女性、美術家)



【演劇分野】指導的立場の人が「演劇指導」といってハラスメント行為したり、プロデューサーや監督など現場で影響力ある肩書きの人がハラスメント行為をするなどがみられた。また、非日常的な空間を演出することが多い演劇では、社会から逸脱した不等な行為も許容されるケースが少なくない。



・「演出家に仕事先でホテルの部屋に呼び出され、「稽古」と称して身体を触られた。恐怖心があったが、変だと思っても何も言えなかった」(40代、女性、俳優)



・「アニメ監督が開催している演技講座のあと、ホテルに連れ込まれ、性的関係を求められた。尊敬している相手で、かつ明らかな上下関係があり、早い段階で拒むことができなかった」(30代、女性)



・「客演の男優に、舞台本番中、セクシャルなシーンでもないのに、胸や股間を含む体を触られた。演出家に訴えても改善されず、距離をとって演技するようにしたところ、わがままだと言いふらされた」(40代、女性、俳優)



【音楽分野】商業的成功をエサにした音楽家へのハラスメント、特に音楽家への性的アプローチがみられた。また、アイドルなどは客からのダイレクトなハラスメントも起きるが、相手に強く言えないなど対応も難しさが見られた。



・「ライブハウスで演奏する際に、見知らぬ女性から体をむやみに触られることが多いです。お客様なので強く言えません」(30代、男性、ミュージシャン)



・「広報宣伝担当者に『愛人になる覚悟はあるか』と問われた」(20代、女性、音楽関係者)



・「個人レッスンでだんだん接触が増え、卒業祝いといい酒を飲まされ、レッスン室に連れ込まれてレイプ直前までされた」(20代、女性、演奏家)



【漫画・イラスト分野】個人的な作業と思われがちだが、漫画スタジオなどでは集団で仕事をおこない、編集者とも日常的に打ち合わせがあるなど、人と顔をあわせる場面においてさまざまなハラスメントがあった。



・「編集者から『作品がつまらないのは、作者の人格や人生がつまらないから』『 漫画家は社会のゴミ』など言われた。報酬が事前に提示されないことは日常茶飯事で、単行本出版にともなう書き下ろしなど報酬の発生しない仕事も当然のこととして要求される」(30代、男性、漫画家)



・「オタクコンテンツにありがちな女性キャラクターの過度な露出や際どいセクシー表現などを、求められているから当たり前のようにデザインさせられる。フリーではなく会社所属のデザイナーなので断ることができない」(30代、性別欄未記入、ゲーム関係者)



・「アシスタント先の漫画家から、飲み会の最中に身体を触られた。勤務していた2年間、交際のアプローチを受けた」(20代、女性、漫画家)



●ハラスメントに背景にひそむジェンダーバランス

「白書」では、寄せられたハラスメントのケースを分析、類型に分けている。表現の現場では、いわゆるセクハラやパワハラがみられたほか、「テクハラ」(テクスチュアル・ハラスメント)と「レクハラ」(レクチャリング・ハラスメント)の被害体験が多く集まるという特徴があった。



「テクハラ」は、作品について作家が女性であることなどを理由に不当な仕方で評価すること。「レクハラ」は今回用いられた造語で、レクチャー(指導)の際に生じるハラスメントで、師弟関係や指導関係が生じるあらゆる場面で指導を装った、あるいは指導的地位を利用したハラスメントが広くみられたという。



また、表現の現場でジャンルを問わず共通しているのは、「密室・隷属性のある環境」「泊まり・合宿・出張」「飲み会・打ち上げ」などでハラスメントが起きやすかった。



特徴的な現象としては「ストーカー被害・つきまとい・プライベートへの介入・SNSでの誹謗中傷」「契約書なし」などがあった。



調査団では、こうしたハラスメントが常態化・横行する背景として、「高い役職や地位についている層のジェンダーバランスの不均等」を指摘する。また、多くがフリーランスであり、「法的保護の対象外であることも大きな原因」とする。



●今後は法改正やジェンダーバランスの啓蒙求める

労働者保護という視点から、今回の調査に関わった労働弁護団の笠置裕亮弁護士は、次のように指摘した。



「今回の調査で、フリーランスの女性や若い世代の回答が多く、不安定雇用の中、労働法の保護が受けられないという特徴がありました。仕事を失わないためにハラスメントを甘受しなければならない状況があり、雇用体制の構造的な問題があると考えています。



また、ジェンダー的な観点からすると、若い女性が年上の男性から指導をうける師弟関係の中で、男性側からの加害されるケースが多かった。契約上、不安定な立場に置かれている上に、ジェンダー的な偏りが問題の背景にあり、性差別的な格差是正は急務です」



調査団では引き続き、ハラスメントの実態調査をおこなうとともに、表現の現場におけるジェンダーバランスの調査、フリーランスが法的保護の対象となるよう、法改正への訴えを進めていくという。



調査団のメンバーで、アーティストの笠原恵美子さんは、「調査団は、さまざまなハラスメントを可視化させて、仕方ないとあきらめていた被害者の現場を変えたいということを目的にしています」と話す。



「今後、表現の現場に多く従事するフリーランスの法的保護のため、法改正を求めていきたいです。また、男性が決定する、指導するという構造的な問題として、ジェンダーバランスを啓蒙していきます。ジェンダーバランスを実現するために活動していきたいです」



この白書は、調査団の公式サイト( https://www.hyogen-genba.com/ )で公開されている。



【訂正】



白書からの転記に一部、誤りがありました。「フリーなので断ることができない」ではなく、「フリーではなく会社所属のデザイナーなので断ることができない」に訂正いたします。申し訳ありませんでした。(2021年3月24日19時30分)