2021年03月19日 10:01 弁護士ドットコム
東京五輪をめぐる森喜朗氏の発言と、その後の人事問題。ジェンダー・セクシュアリティ研究の専門家・福永玄弥氏は、森氏の発言は女性差別であり、徹底して批判されるべきと指摘します。
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そのうえで、森氏批判に表れた「男社会」や「わきまえない女」といった表現に登場する「男」や「女」から排除されている人がいないかについても検討すべきと問題を提起しています。
<前編:「男社会」「わきまえない女」から排除される人はいないか? 森氏批判から考えるジェンダー>
この「私たちの社会は誰かを排除していないか」という問いは、「多様性」という言葉のもとに準備されてきた東京五輪にも投げかけることができるといいます。今回は、東京五輪そのものが抱える「排除」の危うさについて、語ってもらいました。(物書きユニット・ウネリウネラ)
――森氏の発言に関連して、日本の政治組織が女性を排除してきた、という問題提起を行っていただきました。福永さんは同じ観点から、東京五輪そのものの意義についても疑義を示していると聞きました。
【福永】五輪はいったいどういうイベントなのか、日本中を巻き込んで東京で何をやろうとしているのか、そこを考えなければいけないと思います。
五輪は単なるスポーツの祭典ではありません。開催地やその時代にとって重要な意味を与えられたシンボルを身にまとうことを通じて、現代まで生き残ってきました。
――五輪と政治は切っても切れない関係にありますよね。アジア諸国の場合、これまで五輪開催は自国の成長を国内外にアピールする舞台になってきたと思います。では、東京五輪が身にまとったシンボルとはなんでしょうか。
【福永】五輪が近年、重視しているキーワードの一つが「ダイバーシティ」という言葉です。東京五輪も積極的にこれを使っています。
先進的で、流行的で、耳障りのよいこの言葉を身にまとうことによって、日本の社会に受け入れられるための雰囲気を作ってきました。
――「ダイバーシティ」を一言で言い換えれば「多様性」だと思います。オリンピック憲章は、人種、肌の色だけでなく、性別、性的指向、政治的な意見、財産や出自など、あらゆる種類の差別を否定しています。
東京五輪も、この「ダイバーシティ」、「多様性」を基本コンセプトの一つとして掲げていますね。
【福永】五輪が象徴しようとしている「ダイバーシティ」という言葉がこれまでどういう風に活用されてきたかを考えるべきだと思います。
日本では、たとえば性的マイノリティーの分野について言えば、「ダイバーシティ」という言葉は、「社会や経済に貢献できる、『役に立つLGBT』を承認しましょう」という文脈で使われてきた歴史があります。
私は「ダイバーシティ」という言葉の使われ方を調査したことがあります。「LGBT」と「ダイバーシティ」という言葉は今では当たり前のように関連付けて使われていますが、初期の段階でそれに目を付けた政治家の一人が、渋谷区の長谷部健区長です。
長谷部氏は非常に国際感覚をもった政治家、ビジネスパーソンです。彼は2010年代の初めの頃から、グローバル社会で勝ち残るためにLGBTというマイノリティーがいかに必要な存在か、そして企業にとって重要なマーケットであるか、ということをいろいろな場で話しています。
その延長線上にあるのが、2015年に成立した、渋谷区の同性パートナーシップ条例です。
――渋谷区の同性パートナーシップ条例は、長谷部氏が区議時代に提唱していましたよね。
【福永】長谷部氏は2015年に区長に就任しましたが、たとえば、区議時代の2012年、議会でこんな発言をしています。
≪世界に誇れる国際都市渋谷、多分、お金を稼ごうとか、いろいろもうけようと思ったら、やはり上海とかシンガポールにはかなわないんだと思うんです(中略)経済の争いばかりしていてもその辺は勝ち目がないし、もうちょい成熟というか、そういったステージに来ていると思うんです。そのときにやはりこのLGBTの人たちというのは非常にいい意味で戦力になると思いますんで、是非これ(同性パートナーシップ条例)も前向きに検討していただければと思います≫
――渋谷区の同性パートナーシップ条例は全国初でした。私は画期的なこととして受け止めていましたが……。
【福永】しかし、長谷部氏は、「LGBTを大切にしましょう」と言いつつ、それと同時に、渋谷区の宮下公園からホームレスを徹底的に排除してきた人です。ナイキジャパンとか三井不動産という巨大資本と結託して巧妙にホームレスを排除してきました。
――そう言えば、JR渋谷駅前にある宮下公園は様変わりしましたね。運動施設ができましたし、昨夏には高級ブランドショップなどが入った商業施設もオープンしています。
一方、再開発の過程において、公園で寝泊まりしていたホームレスの人たちはこれまでの居場所を失ってしまいました。各自治体でここ数年見られる「ホームレス排除」とオリンピックの関係は長らく指摘されていますね。
【福永】恐らくですが、長谷部氏にとってLGBTを認めることとホームレスを排除することとは、全然矛盾しない事柄だと思うんです。むしろ、つながっている。社会にとって役に立つマイノリティーは積極的に認めるけれども、役に立たないマイノリティーは排除する、ということです。
ここ2年くらいの間に、渋谷駅周辺は本当に、街の風景が一変するくらい変わってきています。どういう人間が渋谷にいることを認められ、歓迎されていて、どういう人間が渋谷にいることを歓迎されず、排除されてきたのか。そのことを考えると、本当に怖さしかありません。
――「この町にいるべき人」を選別してしまっている状態ですね。ダイバーシティ、多様性と言いながら、社会の役に立つか立たないかという「選別の物差し」をもってしまっているのが心配です。
【福永】東京の中心の一つである渋谷区で、こういう文脈の中で「ダイバーシティ」という言葉が使われてきた。そのことを考えるならば、東京五輪が非常に誇らしく掲げている「ダイバーシティ」という言葉も、はたして当のLGBTや障害者たちにとって、本当に人権を承認してくれるメッセージになっているでしょうか。
私はそうなっていないと思います。あくまで社会に受け入れられる範囲で、「ダイバーシティ」が語られているに過ぎません。私たちの社会がどういう人間を受け入れるのか。どういう人間を無視し、人権というカテゴリーから排除しようとしているのか。渋谷区の変貌や東京五輪を契機に、考えなければいけません。
「東京で五輪ができてよかったね」という話では終われない。東京五輪というメガイベントがどういうイメージを身にまといながら日本社会に受け入れられてきたのか、そして政治家やグローバル企業がどのように東京五輪にコミットして私たちの街の風景を変えてきたのかということを、きちんと問い直す作業をしなければいけないと思います。
【物書きユニット・ウネリウネラ】
ともに元朝日新聞記者の牧内昇平(=ウネリ)、牧内麻衣(=ウネラ)による物書きユニット(公式サイト https://uneriunera.com)。牧内昇平は2006年、朝日新聞社に入社。経済部、特別報道部を経て20年に退社。現在は福島に拠点を置き取材活動を行う。主な取材分野は過労・パワハラ・貧困問題と、東日本大震災と福島原発事故。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』『「れいわ現象」の正体』(いずれもポプラ社)。牧内麻衣を中心に出版業(ウネリウネラBOOKS)も始め、2021年2月第一冊目のエッセイ集『らくがき』を刊行。