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1歳児に半身麻痺・言語障害で「懲役4年」は軽い? 裁判例でみる「量刑判断」の実態

2021年03月17日 10:31  弁護士ドットコム

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幼い子どもに暴行を加え、半身麻痺と言語障害を負わせた男に下されたのは「懲役4年」——。そんな判決が報じられ、話題となった。


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この判決について、ネットでは「刑が軽すぎる」との意見がほとんどだったが、司法統計や最近の類似する裁判例からは、必ずしも裁判所は「軽い」と考えていないことがうかがえる。



司法の世界で「量刑」はどのように判断されて決められているのか。そして、実態はどうなっているのだろうか。



●全治不明のケガで「懲役4年」

1歳5カ月の女児に暴行を加え、重傷を負わせたとして、傷害罪に問われた男性の裁判で、大阪地裁は2月16日、懲役4年(求刑懲役6年)の実刑判決を言い渡した。



関西テレビ(2月16日)によると、男性は3年前、大阪市内の自宅で同居していた女児のあごを殴って転倒させ、頭に全治不明のケガをさせた疑いで起訴されていた。女児は左半身の麻痺と言語障害の後遺症が残っており、今後も歩行や会話はできない見込みだという。



男性側は裁判で、女児が押し入れの上から転落したことをあげて、暴行の事実は認めたものの、後遺症の原因ではないと主張。しかし、裁判所は「転落した事実があったとしても、頭とあご以外に目立ったケガがないことから、転落の外力が重い傷害を生じさせたとは考え難い」と判断し、男性の暴行が後遺症の原因になったと認定したという。



懲役4年という量刑については、「幼児にとってはやむを得ない『失禁』というできごとに立腹し、怒りに任せて犯行に及んでいて、短絡的で理不尽な動機と経緯に酌むべき余地はない」との理由に基づく判断だったようだ。



●ネットでは「刑が軽すぎる」との声が多数

この量刑に対して、ネットでは、「その子の人生を奪ったに等しい傷害」「懲役たった4年なの?」「刑が軽すぎ」など、批判的な意見がほとんどだった。また、「なぜ求刑の段階で懲役6年なのか」といった求刑の軽さを指摘する意見も見られた。



刑法204条は、傷害罪の罰則について、「15年以下の懲役または50万円以下の罰金」と定めている。複数の罪に問われているなどの事情がなければ、「最長15年」の枠内で量刑を判断することになる。



量刑の判断はさまざまな要素に左右されるが、一般的には、「犯行の方法や手段」「結果の程度・大小(人数や数量)」「犯行の動機や計画性」「被害の補償の有無」「前科・前歴」などの要素から判断される。



今回のケースにおける傷害は「左半身の麻痺および言語障害の後遺症」だ。傷害の中でもかなり程度の重いものといえるが、大阪地裁が下した量刑は「懲役4年」だった。



●「傷害罪で懲役4年」は重い量刑判断



では、傷害罪が成立して「懲役4年」との量刑判断は、司法統計上、どれほど重い(軽い)ものなのだろうか。



最高裁によると、「通常第一審における有罪(懲役・禁錮)人員の刑期別構成比」(2019年)において、傷害罪で有期懲役刑を言い渡された者は「2257人」だった。



「2257人」のうち、刑全体の執行を猶予された者(全部執行猶予)は「1523人(67.4%)」。傷害罪で起訴され、有罪だとして有期懲役を言い渡されても、3人に2人が全部執行猶予されたことになる。



そして、傷害で有期懲役刑を言い渡された者のうち、執行が猶予できる上限にあたる3年以下の刑期の者は、実刑となった者を含めて「2181人(96.6%)」。3年超5年以下は「65人」、5年超7年以下は「8人」、7年超10年以下は「2人」、10年超15年以下は「1人」だった。



今回の「懲役4年」は、2019年の統計でいえば、全体の上位3~4%に相当する重さの量刑ということになる。賛否はともかく、傷害罪で有罪となった事案として「司法の世界で考えられる重い刑罰を科した判決」とみることはできそうだ。



●「懲役4年」はあらかじめ想定しうる量刑

量刑には「相場」があるといわれる。



過去の裁判例で、同じ罪名で類似の事案であれば、法的安定性および公平の観点から同じような量刑が期待される。その類似の量刑が集積することで、相場が形成されるわけだ。



今回のケースのように、乳幼児にとって身近な人間が重傷を負わせ、傷害罪のみが成立した事件について、最近の裁判例では、どのような量刑判断がされたのだろうか(上記統計と同様に、第一審段階での量刑判断に着目したもので、確定した事案とは限らない)。




(1)父親が自宅で、当時生後1カ月の実子を揺さぶったり、顔面を両手のひらで殴るなどして、身体の機能障害、視覚障害等の後遺症が残存するおそれのある脳出血、眼底出血、重度脳浮腫、急性呼吸不全、高度脳神経障害等の傷害を負わせた事案(鹿児島地裁平成31年1月31日判決)
→「懲役3年」(求刑懲役5年)



(2)父親が自宅で、当時生後3カ月の実子の身体を放り投げ、その頭部を床に打ち付けさせるなどで、全治不詳の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせた事案(横浜地裁令和元年9月6日判決)
→「懲役3年・執行猶予5年」(求刑懲役5年)



(3)父親が自宅で、当時生後3カ月の実子の頭部に強い外力を加え、回復の見込みがない重度の意識障害を伴う全治不能の脳軟化症等の傷害を負わせた事案(静岡地裁沼津支部令和元年11月28日判決)
→「懲役2年10月」(求刑懲役5年)



(4)母親が自宅で、当時1歳6カ月の実子の頭部に強い外力を加え、全治不能の急性硬膜下血腫等の傷害を負わせ、意識が戻らなくなった事案(横浜地裁令和元年12月3日判決)
→「懲役5年6月」(求刑懲役8年)



(5)父親が自宅で、当時生後1カ月の実子の身体を前後に激しく揺さぶり、高度の脳機能障害を伴う全治不詳の硬膜下血腫、大脳実質びまん性損傷等の傷害を負わせた事案(横浜地裁小田原支部令和2年7月29日判決)
→「懲役3年・執行猶予5年」(求刑懲役5年)




繰り返しになるが、量刑の判断はさまざまな要素に左右される。上記5つの裁判例は、親という「主体」、乳幼児1名という「被害者(数)」、全治不詳レベルの重傷という「被害の程度」などに一定の共通点はあるが、その態様や事情がそれぞれ異なることは考慮する必要がある。



とはいえ、どの事例も傷害の程度は極めて重い。(4)の判決では、量刑の理由で、「回復の見込みはないとされており、虐待の疑いがあるため脳死判定はできないが、ほぼ脳死状態」と述べている。しかし、それでも「懲役5年6月」だった。また、(2)・(5)では執行が猶予されている。



(1)~(5)の事例だけで「相場」を測るのは早計だが、少なくとも、今回の「懲役4年」はこれらの事例とそれほどかけ離れておらず、「あらかじめ想定しうる量刑」だったといえるだろう。



●「市民感覚」をどう反映させていくべきか

概して、今回の傷害罪で「懲役4年」という量刑は、「あらかじめ想定しうる範囲内で、司法の世界で考えられる重い刑罰を科したもの」と評価できそうだ。



この量刑に対し、もし多くの人が「軽すぎる」と考えていれば、そこには「司法の判断」と「市民感覚」にズレが生じていることになる。



もっとも、傷害致死事件は裁判員裁判の対象となるが、傷害事件は対象ではないため、傷害罪で起訴された事件については、現在、「市民感覚」を直接反映させる手段はない。



最高裁が2019年5月にまとめた「裁判員制度10年の総括報告書」によれば、殺人未遂、傷害致死、強姦致傷、強制わいせつ致傷および強盗致傷については、実刑の場合、量刑が重くなる傾向にあったという。



一方で、殺人既遂、殺人未遂、強盗致傷および現住建造物等放火については、執行猶予となる割合が上昇する傾向が見られ、また、保護観察となる割合も大きく上昇したという。裁判員が加わったからといって、必ずしも「厳罰ありき」の判断がされているわけではないことがうかがわれる。



ズレが生じていようがいまいが、健全な「市民感覚」に耳を傾けるのは、司法のあるべき姿だ。裁判員裁判の対象とならない事件に、「市民感覚」をどう反映させていくのか。今後の課題といえそうだ。