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「地方の不動産王」実は借金まみれ…相続放棄した息子が見た「“負動産”のその後」

2021年03月16日 10:21  弁護士ドットコム

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「負動産」という言葉を知っていますか。両親から相続した地方の土地など、所有しているだけでマイナスとなる不動産のことです。寄付や譲渡しようとしても、なかなか受け取ってもらえません。


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そうした使いみちのない土地を、国に引き渡せる制度(国庫帰属)の導入が現在検討されています。



今国会に提出される所有者が分からない土地対策の改正法案(民法と不動産登記法など)のことで、可決すれば2023年度にも始まる見通しです。





ただし、不動産登記を請け負う司法書士業界からは、制度ができても、「土地を捨てる」のは難しいとの声もあります。



現行法でも、相続放棄などで法定相続人がいなくなった不動産は国庫帰属となる(民法239条2項)のですが、国が条件をつけて、なかなか受け取ろうとしない実情があるからです。



改正法案では、この民法上の制度とは別に「相続登記の義務化」に伴う別ルートでの国庫帰属が検討されているのですが、どうやらハードルが低くなるわけではないようです。



実際に相続放棄をへて、現行法による国庫帰属手続きを経験した男性は、「制度ができても、相続した方が安上がりということで、利用されないのでは」と語ります。体験談を取材しました。(ライター・野林麻美)



※特定を避けるため一部の数字等を変えています



●ボンボン不動産王の急逝

人口20万人の地方都市。ここで生まれ育ったAさん(40代男性)は、幼い頃から贅沢三昧の暮らしをしていたと振り返ります。



「広い自宅に、外車が何台もあって、お手伝いさんもいました。お嬢さん育ちの母はいつも着飾って外出して、父は毎晩飲み歩いていました」



戦後の混乱期に祖父が一代で築いた財産を、一人っ子の父親はそのまま引き継いだいわゆる“ボンボン”。街の誰もが知る「不動産王」となりました。



豪傑な父親が末期がんに侵されていると知ったとき、Aさんは20代半ばでした。父の右腕の専務から「長男だから、後継者はAさんですよね?」と尋ねられたそうです。



Aさんが、会社の状況を調べよう、と考えあぐねているうちに、あっという間に父親は亡くなりました。





●抵当権だらけの不動産、価値のある財産はゼロ

突然の父の死に、母はオロオロするばかり。葬儀等の手配は、長男であるAさんが取り仕切らなければならなかったそうです。



「最期は、不動産王の名に恥じないように盛大に送ってあげようと、その一心でした。まさかお金がないなんて思っていませんでしたから」



Aさんが知る限り、父親は莫大な資産を保有しているはずでした。豪華な自宅はもちろんのこと、テナントビル3棟、アパート2棟、市内のあちこちに複数の土地。しかし、その目論見は見事に外れます。



「税理士が書類を見せながら説明してくれたのですが、体じゅうから変な汗がとめどなく流れたことを覚えています。



不動産の登記簿謄本では、確かに父の名義です。しかし目ぼしい不動産には、すべて銀行から根抵当権(※1)が設定されていました




※1 根抵当権が設定されている不動産を相続するメリットは、被相続人の事業が順調で、かつ引き続き資金調達が必要な場合などです。



しかし相続開始から6カ月以内に登記をしなければ、根抵当権の元本が確定し、通常の抵当権になってしまいます。こうなると、繰り返して借り入れを行うことはできず、単なる負債としてマイナスの相続財産に含まれてしまいます。






●相続人が口をそろえた…「相続放棄しかない」

亡くなった人(被相続人)の名義の財産は、自動的には相続人のものにはなりません。遺言書がなければ、相続人全員で遺産分割協議を行います。



しかし、今回のAさんのケースでは、預貯金等の金融資産はほとんどなく、不動産を担保にした負債ばかりだったのです。



「僕は長男だし、会社を継ごうと覚悟していましたが、借金だらけでどうしようもなかった。税理士からも相続放棄を勧められました



家族全員で相続放棄をすることにしたAさん。もちろん会社も清算結了に向けて動くことになり、住み慣れた豪邸からも引っ越すことになりました。





●そして、相続人は一人もいなくなった

Aさんのケースでは、相続人全員で相続放棄をした結果、父親の負債から逃れることができました。しかし、相続放棄から10年も経過して、土地家屋調査士から手紙が届いたというのです。



評価のつかない土地には抵当権もついていなかったので、それらだけは父名義のままだったのですが、隣地のかたが土地を売却するために、境界立会(土地の境界を確認すること)を要望されているということでした」



Aさん一家が相続放棄をしている旨を伝えると、数カ月後に司法書士から連絡が来たといいます。



「念のためにお伝えしておきます、と前置きされ、お父様の相続財産管理人(※2)に選任されましたと言われました」



Aさんは、父の負債から逃れられなかったのかと恐ろしくなり、司法書士に説明を求めました。




※2 相続人の存在、不存在が明らかでない場合、または相続人全員が相続放棄をして、相続人がいなくなった場合には、家庭裁判所は申立てにより相続財産管理人を選任します。






●申し訳なさから…手続きを見届けることに

その司法書士は、今後Aさんら法定相続人に一切義務は発生しないので安心するように告げたそうです。



「だけど、本来の僕らの義務を、代わりに相続財産管理人が負うのかと思うと、なんだか逃げ出したようで、申し訳なくて…」



そんな気持ちが芽生えたAさんは「わかる範囲だけで構いません、父の財産がどうなっていくのか教えてくれませんか?」と申し出ました。相続放棄によって義務からは解放されているものの、見届けることにしたのです。





●いよいよ国庫帰属の手続きへ

民法959条によると、相続人不存在が確定した相続財産は、国庫に帰属することが定められています。つまり、国が財産の引き受け手になるのです。



Aさんは言います。



「司法書士から【国庫帰属】の話を聞いて、安心したんです。国がもらってくれるなら、もう誰にも迷惑をかけずにすむんだな、と」



しかし、予想に反して大変な現実が待っていました。Aさんは手続きをこう振り返ります。



「僕の場合は、先に相続放棄をして、法律のプロである司法書士が相続財産管理人になりました。それでも国庫帰属手続きのハードルは、本当に高くて難しいのです」



●国庫帰属を甘く見るべからず。国は簡単に引き受けない!

Aさんによると、国庫帰属の窓口になる財務省の担当者は、相続財産を一通り調査して、司法書士に、とても厳しい条件を突き付けてきたそうです。



提示されたのは、50以上の項目にも及ぶ調査と改善の措置依頼。簡単にできる調査もありましたが、そのほとんどが土地家屋調査士による本格的な調査報告が求められました。



「相続財産の中には劣化が激しいという理由で、補修工事まで指示された土地もありました。司法書士は何度も抵抗したそうですが、【それなら帰属は無理】(※3)と突っぱねられ、最終的に折れていました」




※3 国に帰属できないと、名義は亡くなった人のままです。つまり存在しない人の土地として宙ぶらりんの状態が続き、近隣住民や利害関係者が迷惑を被ることになります。




Aさんのケースでは、それらの費用は、父親の財産がなかったため裁判所による「保管金」から賄われましたが、これらをすべてクリアし、国庫帰属にたどり着くために要した時間は2年。一般の相続人が簡単にできるとは到底思えません。



●国に引き取ってもらうためには、高い高い壁がある

今回新設が検討される「国庫帰属制度」には、いくつかの条件が見込まれていますが、それぞれに国からの要求がつくことが予想されます。




(1)更地であること
→建物があれば解体してね。費用は相続人負担で!



(2)抵当権が設定されていないこと
→抵当権は抹消してね。そのための弁済や登記費用は相続人負担で!



(3)境界の争いがないこと
→境界確定をしてね。土地家屋調査士の費用は相続人負担で!



(4)土壌汚染がないこと
→土壌汚染がないか証明してね。地歴調査やレポートは相続人負担で!




一読しただけで「ムリムリ!」と叫びたくなりませんか?



●法案の一番の肝は「相続登記の義務化」

Aさんは言います。



「これほどの手間と費用をかけるなら、普通に相続する方がマシだよ、と誰もが思うんじゃないでしょうか。



国庫帰属の難しさを実感した僕から言わせれば、これらの条件は【国が絶対に相続登記をさせようとしていることの裏付け】ではないでしょうか」



実は今回の法改正の一番の軸は相続登記の義務化です。



いくつもの必要書類をそろえ、登録免許税を払って、法務局に申請して…。こうした相続登記の煩わしさから、何代にもわたって放置され、所有者不明となった土地が九州の面積と同等まで膨れ上がっていると言われます。



所有権がわからない土地を自由にするわけにもいかず、公共事業等に大きな影響を及ぼしてきました。



そこで法案では、相続時の登記を義務化し、3年以内に登記をしていなかった場合、10万円の過料(行政罰)もかす案を検討しています。



「国が引き取らなくて済むように、つまり国民が自発的に相続登記をするように、わざと困難な条件を出していると感じました」



経験という重みが響くAさんの言葉です。



●司法書士も同意「解決策というより予防策」

次村憲二司法書士(司法書士法人ハート・トラスト)もAさんの見解に同意します。



過料もかすという厳しい措置がきっかけになり、積極的な相続登記がなされることが期待されるといいます。



「今回の法改正は相続登記未了土地問題の解決というより、むしろ予防策につながると思います。そして不動産登記に対する国民の意識が高まり、さらに突っ込んだ法改正がされることで、解決につながっていくのではないでしょうか。



今回の法改正をの流れをうけて、不動産登記の促進に努めたいと思います」(次村司法書士)