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「じゃ、やっちゃうか」「ww」保険金目当てで仲間を殺害、男たちのあまりに軽いノリ

2021年03月13日 10:41  弁護士ドットコム

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映画や小説で殺人事件が描かれるのは、その背景事情が好奇心や問題意識をくすぐるからだろう。しかし時に、あまりにも単純な動機で、人は誰かを簡単に殺害してしまうのが現実でもある。


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2019年に起きた、ある殺人事件の裁判に感じたのも、そんなやるせなさだった。(ライター・高橋ユキ)



●養父に多額の死亡保険金をかけられた被害者

2019年1月に千葉県富津市の漁港で、内装工のXさん(23=当時)の遺体が見つかった。当初は釣りをしていたXさんが海に落ちた事故とみられたが、Xさんには多額の死亡保険金がかけられており、警察は保険金殺人事件として捜査を進めていた。



事件から7カ月後に、殺人容疑で逮捕されたのは、Xさんが亡くなった際に現場にいた3人の男たちだった。養父で内装会社社長のA(50)、彫師のS(33)、内装工のK(51)である。Xさんには多額の死亡保険金がかけられており、受取人はすべて、養父のAになっていた。



3人に対しては千葉地裁で2020年末からそれぞれ裁判員裁判が開かれていた。



Kに関しては2020年12月16日に懲役10年(求刑懲役15年)の判決が言い渡されすでに確定、Aには3月2日に求刑通りの無期懲役判決が言い渡されている。Sについては、1月から裁判員裁判が開かれていたが、証人として出頭予定だったKが出頭せず、公判期日が取り消しになっている。



彼らの裁判を通して明らかになったのは、Xさん殺害は突発的な犯行ではなく、ある程度練られた計画のもとに実行されたものであるということだった。Aの目的はXさんの死亡保険金だったと、一審判決では認定されている。



●養子縁組直後から契約、合計4800万円

検察側冒頭陳述によると、事件の首謀者はA。内装業を営んでいた。Sは彫師で、かつてAの元で働いていた時期があり、事件の実行行為を担った。



Kは事件前年から、Aの会社で働いており、Xさんと同居していた。一緒に釣りに行く仲でもあり、事件当日は車を運転し、ともに港で並んで釣りをして、Sの実行行為を手伝った。



Xさんは2015年から、Aのもとで内装工として働いていたが、事件前年の8月、養子縁組をしてAの養子となる。直後に、Xさんの生命保険契約に大きな動きがあった。これに関わった保険外交員は、Aの中学時代の同級生だ。



まず養子縁組3日後、Xさんを被保険者とする保険契約が締結される。死亡保険金の受取人はAだった。その後も複数の保険の新規加入や契約変更により、AはXさんの死亡保険金、合計4870万3600円の受取人となる。



●「じゃ、やっちゃうか」


「おれ今日すげーリアルに●●●(注:被害者を)殺す夢見ました」
「あと2ヶ月だからねww」




昨今の刑事裁判ではLINEの通信履歴が証拠採用されることが珍しくない。上記のやりとりは、事件前の10月に、SとAとの間で交わされたものだ。この日、裁判では検察官が「ww」を「わらわら」と読み上げた。



本来は年末に忘年会を開き、そのあとに実行する予定を組んでいたが、Xさんが遠方の現場から戻れなかったため、新年会へと仕切り直された。



「その日、Xさんと3人はは焼肉屋ののちキャバクラで飲酒し、Kの運転するワンボックスカーで海岸等に立ち寄り現場となる漁港に到着しました。Aだけ車に残り3人が岸壁に移動し、Sは釣りに興じていたXさんを背後から岸壁に突き落とし殺害しました」(S公判での検察側冒頭陳述より)



Xさんは勤務中にスマホを触っていたことなどから派遣先から出入り禁止を言い渡されたり、また車を運転中に事故を起こすなど、いくつかトラブルを起こしていたという。そうした出来事をうけ、Aはたびたび、Xさんを「殺したい」と発言していたことが、証拠などからわかっている。




A「頭来ちゃってさ、殺してやりたいよ」
S「実は俺もなんですよ」
A「じゃ、やっちゃうか」




こうした会話をしたこともあるという。



●「殺してやりたいと言ったとしても、本心ではありません」

だが、事件について、KとSは起訴事実を認めていたが、Aは「共謀の事実自体認めてないです」と共謀してXさんを殺害したことを否認し、無罪を主張していた。弁護人も、冒頭陳述で次のように述べる。




「『あいつ、殺してやりたい』『あいつ、殺っちまおうぜ』……そんなセリフを直接聞いたり、ネットで見たりしたことがあるかもしれません。こうした言葉は繰り返したり、または悪ノリで拡がっていきます。



しかし、そのセリフを言っている人が皆、本当に殺したいと思って言っているわけではありません。意志までは持っていないことは、少なくありません。Aさんは『殺してやりたい』と言ったことはありますが、本心ではありませんでした。しかし、Sがその言葉を真に受け、それに乗じて殺してしまったのが、今回の事件なのです」




Aの“殺してやりたい”発言は、冗談であり、本心からのものではなかったという主張だ。本人も尋問の際に「そこまでは言ってません」「そこまでの話はしていません」など、繰り返し述べた。だがこの言葉を聞いて、犯行の実行役を担ったSの証言は全く異なっている。




「Xさんが仕事場から飛んでしまったとき、保険金の話が出ました。保険金をかけるとか、得ようというようなニュアンスのことを……『もう、あいつやるしかないでしょ』と言ってたので、Xさんのことを言っているのだと思いました。それより前に『やる』という話は何回かありました。でもこのとき、保険金というワードが出て来たので、そういうことだったのは、分かりました」(Aの公判に証人出廷したSの証言)




さらにその後「Kを実行役にして、水難事故に見せかけて殺害する」と聞かされたともいう。ところが、もともとXさんと仲の良かったKは実行役を拒否。事件直前に、Sが実行行為を担うことが決まった。




S「ほんとにやるんですか」
A「やるよ」
S「本当に大丈夫なんですか」
A「大丈夫」




●「時間的にもアレだし、そろそろやんないと」

そして事件前日の忘年会の日。焼肉店で食べ放題メニューを食べたのち、キャバクラで飲酒。ほろ酔いの中、漁港の岸壁で釣りに興じるXさんとKを見ながら、AはSに言ったという。




「時間的にもアレだし、そろそろやんないと」




これを聞いたSは、やらなければならないなと思い「わかりました」と返事をして、車を降りた。




「気づいたらKが、自分の後ろに移動して来てたんで、『いってきます』と言って、Xさんを押して、海に落としました。そのあと車に戻り、Aさんに『やりました』と言ったら『了解』と……驚いた様子はなかったです」(同)




Aは共犯らによるこうした詳細な証言があっても、否認を続けた。被告人質問では生命保険の契約に関して問われ「外交員が応接室で何かやってると思いましたが、契約までしてると思ってないです」と返答、自分からXさんに持ちかけた養子縁組の話も「言っていません」と、事件までの重大な局面での自身の関与をほぼ否定した。



K、Aの判決では、検察官の主張の通り、Aが主導して事件を起こしたことが認定された。




「事故を偽装して殺害し、死亡保険金を得るためにSと共謀し、埠頭でXさんをその背後から背中を押して海に突き落とし溺死させ殺害した」(Aの判決より)




Aは結局、死亡保険金を受け取ることはできていない。なぜ自分が海に突き落とされたか理解できぬままに亡くなったXさんの命も、戻ってはこない。