2021年03月12日 21:11 弁護士ドットコム
「能率」を評価するため、歩合給(出来高)から残業代相当額を引いてもよいか――。
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タクシー会社でかつて採用されていた賃金体系をめぐって争われていた「国際自動車事件」。最高裁が違法と判断し、今年2月までに労使の和解が成立しました。
タクシーや運送業界では珍しくない仕組みとされ、業界的にもインパクトのある最高裁判決だったと言われます。
ところが、ある運送会社で用いられていた同種の仕組みについて、先ほど大阪高裁がこの判例を引用したうえで、控除を合法とする判決を出しました(2月25日)。
労働者側が3月10日付で上告しており、最高裁で「判例の射程」が審理されることになります。
判決を出した大阪高裁の清水響裁判長は、国際自動車事件の下級審で、労働者敗訴の判決を出した裁判官です。
最高裁でくつがえっており、見方によっては最高裁への“再挑戦”とも言えるかもしれません。
そして、労働者側の代理人は、これも国際自動車でドライバーらの代理人も務めた指宿昭一弁護士らという、因縁のある組み合わせでした。
問題になっているのは、日本郵政グループの物流会社「トールエクスプレスジャパン」(大阪市)の賃金体系です。
トール社では、時間的効率向上を考慮するとして「能率手当」を導入。業務量に応じて算出される金額(出来高)が通常の残業代(残業代A)よりも多いときに、出来高と残業代の差額が支払われます。
国際自動車が採用していた賃金の計算方法と異なる部分もありますが、出来高から残業代相当額が控除される点では共通しています。
この仕組みが、残業代について定めた労働基準法37条に違反するとして、労働者ら13人がそれぞれ約75万~220万円を求めています。
この事件の地裁判決は、国際自動車事件の最高裁判決の前にありました。
大阪地裁は2019年3月、賃金体系の設計は、法令による規制や公序良俗に反しない限り、基本的に労使の自治に委ねられるなどとして、制度を合法としました。
実は、国際自動車事件の下級審判決でも、同じロジックで労働者敗訴としたものがありました。その判決を書いたのが、当時東京地裁にいた清水裁判長でした(国際自動車二次訴訟・東京地裁判決)。
しかし、最高裁では勝敗が逆転。判断に当たっては名目だけでなく、賃金体系全体における位置付けなどにも留意すべきなどと判示されました。
そのうえで、最高裁は残業代の額がそのまま出来高から引かれるのは、その売上を得るためにかかった必要経費(≒残業代)をすべて労働者に負担させるようなものだとして、「労基法37条の趣旨に沿うものとはいい難い」などと判断しています。
トール社事件の控訴審では、この最高裁判決を踏まえて、労使双方の主張が展開されることになりました。
今回の高裁判決で清水裁判長も、最高裁判決を引用しながら、トール社の賃金制度を「名目だけではない」形で検討しています。
たとえば、業務に習熟すれば、業務時間を一定程度短縮できることや、過半数組合との合意があることなどをあげ、残業代の支払いを免れるための制度とは認められないと判断しています。
このほか、
・国際自動車と違い、残業代が増えて能率給がゼロになったとき、出来高部分についての残業代が発生しない設計なので、残業代とその基礎となる部分とを区分でき、残業の対価といえること
・固定給や残業代が賃金の6割程度を占めており、出来高払制の保障給を定めた労基法27条などに違反しないこと
などをあげて、トール社の仕組みは合法としました。
残業が増えても、控除により賃金総額が変わらないことについては、固定残業代を例に、それだけで違法とは言えないなどともしています。
一方、労働者側は、最高裁判決が示した、労基法37条の趣旨(長時間労働の抑制や労働者への補償)に沿った判断がされていないと批判しています。
結局のところ、労基法27条などの明文規定に反しない限りは自由ということであれば、最高裁でくつがえった国際自動車事件の下級審判決と同じではないのか、という指摘です。
昨今、「労働時間ではなく成果で評価すべき」というテーマをめぐり、労使の間で激しい議論が繰り広げられています。
トール社の仕組みについて、最高裁がどう判断するかは、こうした議論にも影響を及ぼしそうです。