トップへ

アディクション問題を抱えた人は「病人」ではなく、ひとりの「人間」 「オンブレ・ジャパン」の新しい支援のカタチ

2021年03月07日 10:51  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

アルコールや薬物、ギャンブルなどの問題で悩んでいる人やその家族の支援をおこなう自立訓練施設「オンブレ・ジャパン」が3月1日、東京都江東区に開所した。


【関連記事:先輩の母親と「ママ活」したら、地獄が待っていた…もらった「250万円」は返すべき?】



オンブレ・ジャパンは、スペインにある薬物使用者のための支援機関「プロジェクト・オンブレ」の取り組みを参考にし、さまざまなアディクション(依存症・嗜癖)の問題を抱えた人たちを「犯罪者」「病人」ではなく、ひとりの「人」として支援することに重きを置いている。弁護士をはじめ、多職種と連携したサポートや、学校、企業などでの予防教育活動などもおこなうという。



代表理事の近藤京子さん(53)に話を聞いた。 (編集部・吉田緑)



●「子も親も変わっていく姿を日本でもみてみたい」

「プロジェクト・オンブレ」は、1984年からスペイン全土で広まった非営利組織だ。薬物使用者とその家族に幅広いプログラムを提供するほか、予防から社会復帰のための包括的な支援をおこなっているという。



特徴的なのは「人」に焦点を当てた支援だ。プロジェクト・オンブレを直訳すると「人間(オンブレ)計画(プロジェクト)」となる。



プログラムが豊富にあるのは、1人ひとりに合ったプログラムを提供するためだという。また、アディクション問題を抱えた人を「病人」ではなく「人」として支援する点も特徴だ。プログラムの目的は「断薬」ではなく、「人」として、よりよい人生を生きるためのプロセスを進めていくことなのだという。



「プロジェクト・オンブレでは、本当の問題は薬物などのアディクションではなく、その『人』に起きていると考えます。アディクションは『氷山の一角』で、あくまで表面にあらわれた兆候や症状の1つに過ぎません。その人の生活や人生で、何かがうまくいっていないことのあらわれなんです」(近藤さん)





もともとスペインに滞在した経験がある近藤さんは、プロジェクト・オンブレに興味を抱き、パンフレットを見たり、スタッフの講演を聞いたりする機会があった。そのときは「あまりに日本と違うので、日本での実現は無理ではないか」と感じたそうだ。



しかし、2009年にスペインで研修を受けてからは「1つの選択肢として、日本でも実現したい」という強い思いを抱くようになった。



「7カ月滞在し、朝から晩まであらゆるプログラムを受けました。その後も何度か訪れ、人の生き方が変わる姿を実際にみることができました。



最初はイキがっていていたり、やる気がなかったりした当事者が、後にリーダーになる姿もみました。また、当事者だけではなくその家族が変わっていく姿もみることができました。親子関係がうまくいっていなかったケースもありましたが、後に当事者の親が『おまえの親でよかった』『自慢の息子だよ』などと声をかける様子もみてきました。



当事者もその家族も変わっていく姿を日本でもみてみたいと思ったんです」





近藤さんは、約20年ほど前から『季刊Be!』(アルコール薬物問題全国市民協会発行)の編集に携わり、アディクションに悩む当事者や家族の声を聞いたり、相談を受けたりしてきた。その中で、アルコールや薬物などが止まったとしても、その後さまざまな困難に直面する人たちを見聞きすることも少なくなかった。



「人」に焦点を当てるプロジェクト・オンブレの取り組みを参考にすれば、人はよりよく生きられるようになるのではないか。



こう考えた近藤さんは、回復施設や若年女性シェルターなどの職員もしながら2014年にプロジェクト・オンブレ・ジャパン設立準備委員会を立ち上げ、2019年4月に一般社団法人オンブレ・ジャパンを設立。ようやく条件をみたす物件がみつかり、今年3月1日、施設(自立訓練施設)の開所に至ったという。



●弁護士と連携、家族と裁判所などに同行するサポートも

オンブレ・ジャパンでは、当事者やその家族に対して、幅広いプログラムやサポートが用意されている。大人と若者とでプログラムの内容を分けたり、通所だけではなく、オンラインを活用した在宅サポートもする予定で、一人ひとりに合った支援をおこなっていくという。



たとえば、近藤さんがプロジェクト・オンブレで出会ったある男性利用者は、ほかのプログラムと併行して親子プログラムを受けていた。男性は、ほかのプログラムを進める中で、アルコール依存の父親から暴力を受けて育った経験が妻子との関係に影響していたことに気づき、親子プログラムを受けることで家族関係の修復を目指したのだという。



このように、人によって、必要としている支援や抱えている問題はまったく異なるため、その人に合わせたプログラムを綿密に考えていく。



対象となるのは、アルコールや薬物、ギャンブルなど、アディクションの悩みを抱えている人やその家族、関係者だ。





覚せい剤などの違法薬物のアディクションで悩んでいる場合、自己使用や所持などで逮捕され、司法の問題を抱えてしまう当事者や家族もいる。そのような当事者や家族に対しては、弁護士と連携した「司法サポート」もおこなう。



特に、家族は時間との戦いの中、警察や弁護士などの対応に追われ、心身ともに疲弊し、追い詰められてしまうこともある。近藤さんは「些細なことでも相談してほしい」と話す。



「家族からは、(当事者の)携帯電話や賃貸している部屋はどうすればいいのか?などの相談を受けることがあります。また、弁護士に聞きたいことがあっても、どう話せばよいか分からず、聞きたいことを聞けないという家族もいます。家族が不安になるのは当然のことです。どんな小さなことでも一緒に考えたい」



一人暮らしをしている当事者の家や裁判所に行くことに対し、不安や恐怖を感じている家族もいるという。オンブレ・ジャパンでは、そのような悩みを抱える家族とともに当事者の家や裁判所などに同行する「同行支援」もおこなう。





相談は逮捕されたり、裁判になったりしてからに限らず、どの段階からでも受け付ける。現時点では、アディクションに理解があり、薬物事件などを多く手がけている弁護士数人と連携しているが、引き続き協力弁護士を募っているという。



●当事者スタッフ「ともに歩んでいきたい」

弁護士に限らず、さまざまな職種の人たちと連携しているのもオンブレ・ジャパンの特徴だ。スタッフには、看護師や保護司もいる。





江東区で保護司として活動している田中弓子さん(58)もスタッフの1人。これまで、さまざまな当事者に出会い、「とりつくろわず、正直でいる」姿に心を打たれた。オンブレ・ジャパンを知り、「いろんなやり方があると教わった。私も勉強したい」という思いでスタッフを引き受けた。



当事者のスタッフもいる。石川晶啓さん(51)は、薬物から離れて23年になる回復者(リカバード)であり、家族の立場でもある。20年近く、いくつかの施設で当事者の支援をおこなってきたが、仲間の回復を見てきた一方で、厳しい現実も目の当たりにしてきた。



「ドロップアウトしてしまう人の方が多いんです。でも、僕はそういう人との関わりこそが大事だと思っています」(石川さん)



中には、当事者が薬物やアルコールなどを使っても、気に留めない施設もあったという。石川さんは、そのような施設の方針に疑問を抱き、支援の場から遠ざかった時期もあったそうだ。



そんなとき、いくつかの回復施設から「スタッフをやらないか」と声をかけられた。しかし、「今ある施設は自分でなくてもできる。別の場所でサポートしたい」と思い、オンブレ・ジャパンのスタッフになると決めた。



かつて、仲間に「楽なことと大変なことがあったら、後者を選べ」と言われてからは、それを実践するよう努めてきたという石川さん。当事者やその家族と「ともに歩んでいきたい」と語った。



●目的は「社会の中でよりよく生きていくこと」

これまで、薬物などのアディクション問題を抱えた人は、ときに「犯罪者」として刑事司法のレールに乗せられたり、「病人」として治療の対象とされたりしてきた。



しかし、問題を抱えた人すべてが依存症で治療を必要としているわけではない。また、薬物をやめることがゴールというわけでもない。「人」として支援をおこなうオンブレ・ジャパンの目的は「社会の中でよりよく生きていくこと」だ。



日本では、アディクション問題で悩んでいる人やその家族などが利用できる支援施設の選択肢は限られている。オンブレ・ジャパンは新たな選択肢の1つになるだろう。