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映画『花束みたいな恋をした』、Awesome City Club「勿忘」ロングヒットの要因

2021年03月05日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

映画『花束みたいな恋をした』より

 Awesome City Club「勿忘」がロングヒットを記録している。


(関連:Awesome City Clubが語る、5年のドラマを経た自由度のある表現「音楽に対して誠実でありたい」


 映画『花束みたいな恋をした』のインスパイアソングとして制作され、映画の特報や予告編に起用された同曲は、映画のヒットと共にSpotifyのバイラルチャートでも上位に躍り立ち(※1)、同曲のミュージックビデオはYouTubeで900万回再生超え(2021年3月2日時点)を記録、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)や『CDTVライブ!ライブ!』(TBS系)への出演も果たすなど、今最も注目されている楽曲のひとつとなっている。


 「勿忘」のヒットの要因とはなにか。例えばAwesome City ClubのYouTubeの使い方の巧みさや、今やヒットソングには欠かせないTikTokの存在なども挙げられるが、やはり一番は前述した『花束みたいな恋をした』という物語との親和性の高さにあるだろう。すでに各所で語られている通り、この映画は観客が自分自身を投影し、「これは自分の物語だ」と思わず入り込んでしまい、鑑賞後は自身の経験や考えとセットで語り合いたくなる点が注目を集めている。そしてやはり物語の主軸は菅田将暉演じる山音麦と、有村架純演じる八谷絹の2人の恋の行方だろう。そんな2人の恋の結末に、「勿忘」はそっと寄り添ってみせるのだ。


※以下、『花束みたいな恋をした』のネタバレを含みます。


 『花束みたいな恋をした』は、甘い恋を描くだけの映画ではない。運命的と思える恋の始まりから、あまりにも苦しい恋の終わり、そしてその恋を糧にして新しい道を歩む2人の若者の、他に代わりの効かない花束のように美しくも儚い5年間を描く物語だ。「勿忘」は、そんな2人の恋の終わりに丁寧に共鳴する。〈君との日々は記憶の中 滲んでく〉という冒頭のフレーズでは、すでに別々の道を歩みだした2人の歌であることが示唆される。物語と重ね合わせるとすれば、まさに麦と絹のためにあるような歌なのだ。


 麦と絹は、好きな音楽や小説というたくさんの共通点を見つけたことをきっかけに、互いを運命のパートナーと確信して恋が始まる。しかしそんな2人の間にもいつしか否定しがたい価値観のズレが生まれる。安定した絹との生活を望み趣味をなげうって仕事に努めた麦と、質素な生活でも2人で楽しく生きていきたいと願った絹。そんな2人のすれ違う様に、「勿忘」の〈何かを求めれば何かがこぼれ落ちてく〉という歌詞を重ね合わせた人も多いだろう。


〈願いが叶うのなら ふたりの世界 また生きてみたい〉


 絹と麦が重なり合うように趣味を共有した日々、大学や就職説明会を放り出して互いを求めあった日々、同棲を始めて2人しかいない時間を重ねた日々。あの穏やかで青い日々こそが〈ふたりの世界〉だったのだろう。物語終盤のファミレスのシーンで「ずっと好きでいるなんて無理だ」と口にした麦も、2人で過ごした日々を否定することはなく、サッカーブラジル代表のキャプテンの言葉を引用しながら美しい日々だったと肯定してみせた。もしかすると麦も絹も、願いが叶うのならばあの日々をまた生きてみたいと最後まで願っていたのではないか。


〈触れられなくても 想い煩っても 忘れないよ〉


 勿忘草の花言葉は「私を忘れないで」。花束のように美しく芽吹いた2人の穏やかな日々は、願っても戻っては来なかった。ならばせめて、お互いのことを心の片隅に置いて、忘れないでいてと別々の道を歩み出した。これは、そんな2人の想いが刻み込まれた「勿忘」の中でも最も切実なフレーズだ。私は忘れないよ、だからあなたも忘れないでいてね。そんな絹の声が聞こえてきそうな一節。別れた後の麦と絹がたまたま街中で再会したことをきっかけに、2人で過ごした日々の記憶が溢れたシーンをこの一節に重ね合わせてしまう。


〈この恋をひとつずつ束ねいて 君という光があるのなら〉
〈咲かせるさ 愛の花を 花束を〉


 麦も絹が別々の道を歩み出した後に、共に新しい生活の中で新しいパートナーを見つけて過ごしていることが物語のラストで示唆される。麦は絹と、絹は麦と、それぞれがお互いと過ごした5年間を糧にして、その先の人生に活かしていることが彼らの服装や言動でどことなく感じとることができる。2人で過ごした時間という光で、新しい未来という花を咲かせているのだ。


 「勿忘」は、映画主題歌として制作された訳ではない。映画にも出演しているAwesome City Clubがストーリーや映画そのものに感銘を受けて制作したとメンバー自身が各所で語っている。観客がつい自身を投影してしまう映画からインスパイアされて生まれたからこそ、こんなにも作品に、そしてリスナーに寄り添う曲に仕上がったのだ。前述の通り、この「勿忘」という曲は予告編などに使用されている一方で、映画のエンドロールなどで流れることはない。しかし映画を見終わった後、例えば帰り道に電車に揺られながらこの曲を聴けば、麦と絹のかけがえのない5年間と、その5年を糧として歩む未来に想いを馳せることができるだろう。


※1:https://spotifycharts.com/viral/jp/weekly/latest(ふじもと)