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5歳児餓死、母親とママ友が「殺人罪」で逮捕されていないのは何故? 弁護士が解説

2021年03月03日 18:01  弁護士ドットコム

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「ママ友」に生活を支配されていた——。福岡県で5歳男児が餓死した事件について、にわかには信じがたい内容が報道されている。


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読売新聞(3月2日)によると、当時5歳の男児にご飯を与えず餓死させたとして、母親(39)と知人の女性(48)が保護責任者遺棄致死容疑で逮捕された。



5年ほど前に子どもが通う幼稚園の「ママ友」として知り合った2人だったが、母親は次第に女性の指示通りに行動するようになったという。



不可解なことも多いこの事件。ネットでは「餓死させるのも殺人だ」という声も上がっているが、今後容疑が殺人に変わる可能性はあるのだろうか。神尾尊礼弁護士に聞いた。



●線引きはかなり難しい

——幼い子どもの命が失われる虐待事件が起きました。容疑が殺人になる可能性はあるのでしょうか。



裁判例上も、保護責任者遺棄致死罪と殺人罪の区別が問題になることがあります。基本的な考え方としては、殺意があれば殺人罪、殺意がなければ保護責任者遺棄致死罪になります。



ただ、いわゆるネグレクト事案では「十分なケアを与えなかった」ことが問題になります。「すべきことをしなかった」という外見が同じで、「殺意があったかどうか」という内面によってのみ区別されることになるわけですから、線引きはかなり難しくなります。



——では、何が決め手になるのでしょうか。



私の経験上、大きく分けて2つの要素が決め手となるように思います。



(1)検察官の起訴がどちらの罪名か



日本では、検察官の起訴罪名を判決で超えることは原則として許されていません。



したがって、検察官が保護責任者遺棄致死罪で起訴した場合、裁判所が殺人罪もあり得ると判断したとしても、勝手に殺人罪の判決を下すことは許されません。そして、保護責任者遺棄致死罪で起訴されているのであれば、殺意に関する審理が行われることはまずありません。



他方、殺人罪で起訴された場合、殺意を争ったとしても多くの事案で殺人罪が認定されてきています。



このように、(元も子もないですが)検察官がどちらの罪名で起訴するかでおおよそ決まってくるのではないかというのが1つ目の経験知です。



(2)日頃から虐待行為があったか



検察官の起訴をみていると、日頃から虐待行為があったかどうかを重視しているように思います。



身体に傷があるなど虐待があったと思われる場合には殺人罪(傷害致死罪を含む)で起訴する傾向にあり、傷がないかあっても程度が軽い、あるいは因果関係がよく分からない場合には保護責任者遺棄致死罪で起訴する傾向にあるように思います。



なお、量刑の面でも、虐待行為の有無は結論を大きく左右する要素です。ただ、ネグレクトはそれ自体十分に悪質であり、虐待がなかったからといって許されるものではなく、相対的に軽く処罰されるというだけです。



ですので、弁護人としては「虐待がないから軽くしてほしい」などとストレートに主張するのは避けるべきでしょうし、実際に避けています。



虐待行為以外にも、被害児の年齢、施錠の状況、放置期間などにも左右される場合があります。



ただ、おおむね虐待行為がなく検察官が保護責任者遺棄致死罪で起訴するようなケースでは保護責任者遺棄致死罪、苛烈な虐待行為があれば殺人罪(傷害致死罪)となる傾向にあると考えてよいと思います。



●今回の事件はどうなる?

——今回の事件では、どう考えられますか



有罪になったわけでもない現時点で第三者が確定的に判断すべきでもないのですが、起訴されるとすると、起訴罪名は保護責任者遺棄致死罪と殺人罪の両方があり得るという程度しか分かりかねます。



亡くなられたお子さんの胸腺に萎縮がみられる、実母の供述からママ友が暴行を加えていた可能性も浮上している、などの報道もあるようです。



ただ、これらが事実かどうか分かりませんし、ママ友の暴力が直接的に立証可能かどうか(例えば身体に傷があるかなど)も不明です。



(直接的な)死因が餓死であるならば、暴行があったか不明あるいはあったとしても因果関係がよく分からないという理由で、殺人罪の適用は避けられることは十分に考えられると思います。



いずれにせよ、ネグレクトは時間的な幅があるものであり、捜査もかなり慎重に行われるものです。例えば、粉ミルクなどの食料の購入状況やごみの状況などもかなり念入りに捜査します。



ですから、現時点で起訴罪名がどうなるか、ましてや起訴された場合にどのような罪が成立するかなどを予測するのは困難です。



●「ママ友」でも「保護責任者」?

——今回の事件では、親ではない「ママ友」が「保護責任者遺棄致死容疑」で逮捕されました。「ママ友」が「保護責任者」と判断されることはあるのでしょうか。



保護責任者遺棄は、「保護責任者」でなければ罪に問われません。例えば虐待を疑っただけの近隣住民が保護責任者遺棄に問われるわけではありません。法律などによって保護しなければならないとされている者、例えば両親や内縁関係にある者、交通事故であれば加害者などが対象になります。



ママ友が支配的であったとして保護責任者遺棄致死で逮捕したとのことですが、亡くなったお子さんとの関係では第三者であり、「保護責任者」に当たるかは微妙なところです。



実際に暴力を振るい放置したとか、食事を取り上げたなどの事情がないと「保護責任者」には当たらないと思います。



ただ、刑法には教唆犯というものがあり(65条)、「保護責任者」でなくても、指示などをすれば処罰されることになります。「保護責任者」の法的性質については諸説ありますが、今回の事件のような不保護のケースでは、親と同じ罪が成立すると思われます(65条1項を適用)。



そして、現時点で正確に判断するのは難しいですが、当事者である母親と同じくらいかさらに重く処罰される場合もあり得ます。




【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。

事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com