2021年03月03日 11:01 弁護士ドットコム
大学入試改革と定員数の削減により、首都圏では大学の附属校人気が加速する一方だ。ある大学受験予備校の講師は「あくまで感覚的な印象ですが、数年前なら早慶に入れたレベルの学生でも、GMARCHに進学が決まるケースは珍しくない。早慶は激戦です」と話す。
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そのため、附属の系列校からほぼ100%の内部進学となる私学の雄・慶應義塾大学の各附属校の人気は高い。早稲田大学の場合、内部進学が保証されない附属校もあり、附属校人気の早慶戦では慶應が一歩リードするようだ。
慶應人気の背景には「一度、慶應に入れば、不祥事を起こしたり、本人が他大学の進学を希望したりしなければ、大学入学が保証されている」(子どもを慶應義塾横浜初等部に通わせる父親)という安心感がある。
しかし、それだけに慶應生の肩書きを得るためには、親子の相当な努力(そして財力、時に運)が必要となる。
卒業後も「塾員」として慶應OB・OGたちは「三田会」を通して強い結束力と母校愛を育んでゆく。その結果、卒業生でなくとも三田会の結束力を知るからか、親となった暁には「我が子を慶應に進ませたい」と強く願うようになるのも自然なことなのだろうか。
三代目J SOUL BROTHERSの岩田剛典さんもその1人だ。テレビ番組(日本テレビ系、2021年1月22日放送「アナザースカイ」)にて、慶應出身の父親から「慶應に行け、三田会に入れと言われ続けた」小学生時代を回想している。
見事、普通部(中学)に入学した岩田さんだったが、番組では「絶対に慶應に合格しろ」と言われ続けた時代を「窮屈だった」と、振り返っていた。
勝者の陰には敗者もいるものだが、勝者に見えても当の本人が複雑な事情を抱えていることは珍しくない。子どもの教育をめぐり、親が子どもを追い詰める「教育虐待」という言葉が知られるようになっているが、受験エリートの勝者でも地獄を味わうことがある。
ある女性(30代)が親から受けたのは、「慶應虐待」と言えるものだった。
「小学生の頃から『慶應に入れ』と言われ続け、100点を取らないと家の中に入れてもらえませんでした。中学受験に失敗してからは『バカ』と言われる日々で、父親に1度も褒められたことはありません。
高校でようやく慶應に入りましたが、家族で合格祝いをするという日に、父に『慶應に入るのは当たり前。たいしたことないくせに、くだらないことで盛り上がるな』と怒鳴られ、用意されたケーキも食べられませんでした」
さらに、慶應に進学した後も地獄の日々は続いた。附属校では大学に進学する際、希望学部に入れるかどうかは成績順で決まる。中でもパイの少ない医学部進学できる生徒は、主要学科だけでなく音楽、体育といった総合的な成績でも優秀なまさに天才たちだ。文系でも、法学部や経済学部は優秀な成績をおさめなければ進学できない。
「父は私に行かせたい学部がありました。高3になって、その学部に進学できる成績でないと分かったとたん、父はほかの親族の前で『おまえは我が家の欠陥品! 恥だ!』と怒鳴り出し、テーブルをひっくり返し、大騒ぎでした」
驚くべきことに、家庭が地獄絵図になっているのは、この女性だけではなかった。同級生に相談すると、彼女も「うちも似たような感じ、分かるよ。うちは怒り狂った父親にペットを捨てられたから」と答えたそうだ。
女性は現在、一児の母となった。子どもの進学については「子どもが行きたければ反対しません。私自身は慶應で培った人脈や教育は財産となっていますが、うちの子には合わないような気がします。少なくとも、父のようにむりやり進学させることは絶対にないですね」と冷静に話す。
女性の父親は親族に慶應がチラホラいるものの、本人は慶應出身ではない。なぜそこまで慶應にこだわっているのか、理由はわからないままだ。父親とは現在、疎遠になっている。
親の意向が反映されやすい中学受験や、「本人の意思」とは言い切れない時期である小学校受験において、親の意向は大いに影響してくるだろう。その際、親の歪んだ「慶應愛」が暴走するケースは珍しくないようだ。
お受験をする子どもが多い幼稚園に通っていた保護者たちは次のように証言する。
「夫の家系が代々、慶應というお家のママが、小学校受験のストレスで体重が30キロ台になっていました。何でも義母から『孫ちゃんを慶應に入れなさい』と、教育費も提供されていたようです。幼稚園でも園長先生の前で泣き出したり、精神不安定になっていて心配になりました。最終的に慶應にご縁がなかったようで、引っ越してしまい、その後が気になっています」(30代女性)
「子どもの幼稚園の同級生が、両親からすさまじいプレッシャーをかけられていて、ハラハラしました。送迎時にお見かけすると、連日、父親が子どもに問題を出して『バカ。どうしてお前はわからないんだよ』などと罵倒。子どもは慣れているからか泣くわけでもなく『ごめんなさい』と。かわいそうでしたね。父親だけでなく、母親も子どもを責め立てていたのが気の毒でなりませんでした。最終的には幼稚舎(小学校)に入れたのでよかったですが…」(40代女性)
親としては「子どものため」なのかもしれない。しかし「子どものため」が時に、虐待につながることは、過去の事件からも明らかだ。
行き過ぎた親の「慶應愛」は、時に教育虐待にあたるのではないか。教育問題に詳しい高島 惇弁護士は次のように警告する。
「保護者が特定の学校への進学を希望するあまり、児童に対し過度の勉強を強いてときに罵倒すれば、児童は次第に自己肯定感を抱けなくなるとともに、『勉強さえできれば親に愛されるのだ』という歪んだ家族観を抱きかねません。
その結果、児童が将来親になったときに、生まれてきた子へ同様の価値観を押し付けかねず、不勉強を理由とした暴力や暴言も正当化してしまうおそれがあります。
いわゆる教育虐待は、児童福祉の世界では近年意識的に議論されていますが、児童虐待の防止等に関する法律上は、暴力や暴言を伴わない限り当然には児童虐待に該当しません。
しかしながら、教育虐待については、身体的虐待や心理的虐待、ネグレクトでは評価しきれない側面を含んでいるため、新たな児童虐待の類型として法律上規定する余地はあると考えます」
【取材協力弁護士】
高島 惇(たかしま・あつし)弁護士
退学処分、学校事故、いじめ、体罰など、学校内におけるトラブルを精力的に取り扱っており、「週刊ダイヤモンド」にて特集された「プロ推奨の辣腕弁護士たち」欄にて学校紛争問題が得意な弁護士として紹介されている。
事務所名:法律事務所アルシエン
事務所URL:http://www.alcien.jp