2021年03月03日 10:11 弁護士ドットコム
2019年10月に東日本を襲った台風19号。神奈川県川崎市の武蔵小杉駅周辺も浸水被害にあい、街には泥水があふれた。駅前のタワーマンション1棟が全館停電したことも記憶に新しい。
【関連記事:夫が無断で離婚届→愛人と再婚 置いてきぼりの「本妻」が逆襲】
この水害で被災した川崎市の住民約70人が3月9日、市に損害賠償を求めて提訴する。住民有志は被災2カ月後に「台風19号多摩川水害を考える川崎の会」を結成し、市へ要望書を提出したり勉強会を開いたりしてきたが、裁判で市の責任を追及することに決めた。
原告団の船津了(69)さんは「市は最後まで責任を認めなかった。これ以上行政を頼れないなら、司法に訴えるしかない」と語る。
「2019年9月の台風15号の方が、よほどひどい印象だったんです」と話すのは、多摩川にほど近い中原区上丸子山王町に住む川田操さん。住み始めて10年ほどになるが、2階建ての戸建てが床上浸水したのは初めてだった。
ペットがいるため自宅避難を選んだ川田さん。10月12日の夜、自宅は停電し車や携帯から警報音がピーピーと鳴り響いた。あれよあれよという間に床上浸水し、黒い水が床や壁の間、クローゼットの奥などあらゆる所から溢れ出して来た。タオルでふさぐも到底追いつかず、1階から必要最低限のものを2階にあげた。
翌朝、家の外に出ると、道路には泥が田んぼのように10~15センチほど溜まっていた。床裏の断熱材はびちゃびちゃになり、撤去に追われた。水につかった扉やクローゼットは歪み、自宅は半壊扱いになった。
「10年も住んでいると、土地に愛着もわいてくるし、戸建てなので近所付き合いもある。当初は市に対して感情的になっていたが、再発防止を求める気持ちがうまれてきた」と原告団に加わった。
冒頭の船津さんは、JR南武線向河原駅周辺の川崎市中原区下沼部に25年ほど住んでいる。台風19号により、3階建ての戸建てが半壊扱いになった。
あの夜、家の前を勢いよく流れていた水は、途中から流れが変わり、透明から濁った水になった。外に置いていた車はハンドルのところまで浸水し廃車。1階の洋間や寝室は、床上20センチまで浸水した。
有志で勉強会を開いていた船津さんらは2020年1月、市に対して原因究明と賠償、再発防止を求める署名活動をはじめ、7648筆もの署名が集まった。うち1780筆が、武蔵小杉駅周辺のタワーマンション計11棟から寄せられたものだ。
武蔵小杉駅周辺のタワマン管理組合などで構成するNPO法人「小杉駅周辺エリアマネジメント」(エリマネ)は、市に対して賠償を求めないとしている。原告団にタワマン住民はいないが、船津さんは「署名の数を見ると、それだけ市に対しておかしいと考えている人がいるのではないか」と話す。
川崎市は台風19号の際、内水氾濫の危険をかんがみ、排水管の水門ゲートを閉めなかった。その結果、川崎市内の多摩川沿い5カ所から逆流し、浸水被害が発生。その面積は、計約110ヘクタールに及んだ。
市は検証報告書で「ゲート操作の判断は、操作手順どおり行われていた」「内水氾濫の危険を考慮した判断はやむを得ない」と結論づけているが、原告団は「対応が間違っていた」と批判する。
裁判でも「ゲートを締めないという市の判断が正しかったかどうか」が大きな争点となる。 弁護団の川岸卓哉弁護士はこう話す。
「操作手順書には、内水氾濫を引き起こす恐れのある降雨予測だけでなく、逆流を引き起こす原因となる河川水位の状況なども見ながら総合的に判断するとありましたが、今回の市の対応は河川水位への視点が欠けていました。
本来、多摩川へそそぐ排水樋管の操作は河川課と下水道事務所両方の判断が必要ですが、今回、下水道事務所が内水氾濫をおそれるあまり、目の前で逆流が生じているにも関わらずゲートを締めないという判断に至っています。これは、川崎市の縦割り行政の中で起きてしまった不合理的な判断だったのです」
また、今回の台風19号の被害を受け、川崎市は操作手順書を改定。逆流が確認できた場合は、ゲートを閉めることとしている。
川岸弁護士は「これまでの操作手順書が誤りということを認めたようなもの。こうした水害が二度と起きないようにすることが裁判の大きな目的です」と話した。