2021年02月27日 10:11 弁護士ドットコム
経団連の中西宏明会長は、1月27日の連合とのオンライン会議で、「日本の賃金水準がいつの間にか経済協力開発機構(OECD)の中で相当下位になっている」と語りました。それに対し、ネット上では、「他人ごとで自覚がないのか」とか「経団連のせいだろう」などと炎上しました。
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日本の企業がこれまで内部留保をため込み、賃金を出し渋っておいて、経団連の会長が脳天気に、このような発言をすることに驚かされます。見方を変えると、経営者の意識としては、「自分たちは正しいことをしてきたつもりだが、世界的に見ると日本の賃金水準は低かった」ということなのかもしれません。
経営者が、労働者に申し訳ないと思いながら、賃金の出し渋りしていたならまだしも、実際には、労働者の賃金は現状の水準で十分だと思っていたわけですから、もっとたちが悪いと言えます。日本の経営者はなぜ労働者に仕事に見合った報酬を払おうとしないのでしょうか。(ライター・メタルスライム)
(1)コロナ禍での賃金の状況
厚生労働省が2月9日に公表した「毎月勤労統計調査 令和2年分結果速報」によると、令和2年分の1人あたりの現金給与総額は、月平均で31万8299円でした。前年比で、1.2%の減少です。これは、コロナ禍によって業務の減少、あるいは、テレワークの増加によって残業代が減ったことが大きな原因と思われます。それは、所定外労働時間が「月9.2時間」で、前年比で13.2%の減少になっていることに表れています。
就業形態別で見てみると、前年比が1番下がっているのが「飲食サービス業等」で6.0%の減少、次いで、「運輸業、郵便業」で4.8%の減少となっています。結果は予想どおりですが、飲食サービス業は休業要請や時短要請の影響、運輸業は、旅行の減少が響いたのでしょう。
(2)世界の中での日本の賃金の状況
OECDの統計データによると、2019年の平均年収は、OECD加盟国の中で日本は25位、先進7カ国の中では最下位となっています。
先進7カ国の平均年収(100ドル以下切り捨てのUSドルベース)を比較すると次のようになります。括弧内は参考値として1ドル105円で換算しています。
1位 アメリカ:6万5800ドル(690万9000円) 2位 ドイツ:5万3600ドル(562万8000円) 3位 カナダ:5万3200ドル(558万6000円) 4位 イギリス:4万7200ドル(495万6000円) 5位 フランス:4万6500ドル(488万2500円) 6位 イタリア:3万9200ドル(411万6000円) 7位 日本:3万8600ドル(405万3000円)
ちなみに、日本は韓国(4万2200ドル)よりも低い水準になっています。
賃金が低い理由が、日本の経済力が下がったことによるならば、それはやむを得ないこと言えます。日本の経済力は下がっているのでしょうか。
経済を見る指標にはいろいろありますが、代表的な指標としては「GDP」があります。GDPとは、「Gross Domestic Product」の頭文字をとったもので、日本語では、「国内総生産」と訳されます。国内で新たに生み出されたモノやサービスの付加価値で、GDPが大きいほど経済的に豊かな国とされています。IMFの資料「International Monetary Fund」によると、2019年度の名目GDPは次の通りです。
(単位:億USドル) 1位 アメリカ:21,433 2位 中国:14,731 3位 日本:5,079 4位 ドイツ:3,861 5位 インド:2,868 6位 イギリス:2,830 7位 フランス:2,715 8位 イタリア:2,001 9位 ブラジル:1,839 10位 カナダ:1,736
これを見てわかるとおり、日本は世界第3位で、先進7カ国の中ではアメリカに次いで第2位となっています。国単位では依然として高い水準の経済力を維持しています。
それでは、 1人当たりのGDPはどうかというと、日本は、25位になります。先進7カ国の順位を見てみると、アメリカ(7位)、ドイツ(18位)、カナダ(19位)、イギリス(22位)、フランス(23位)、イタリア(28位)で、日本は下から2番目ということになります。
1人当たりのGDPは、個人の豊かさを示す指標と言われており、ここからわかることは、日本は国としては豊かだけれども、個人としては豊かではないということです。
1人当たりのGDPが少ないことは、労働生産性が低いことを意味し、労働生産性は、賃金と連動していることから、賃金の低さを示していることになります。
(1)労働組合が機能していない
厚生労働省が発表した「令和2年労働組合基礎調査」によると、労働組合の推定組織率は17.1%になっています。つまり、8割以上の人は労働組合に加入していないということです。
労働組合に加入していても、労働者が労働組合に期待していないところがあり、組合費だけ払っていて「組合が何をしているのかよくわからない」という人が多いのが現状です。
(2)非正規労働者の増加と役員報酬の高額化
非正規労働者の割合が、全体の4割弱となる中で、安い賃金で働かされている人が増えてきています。夫が外で働き、妻が専業主婦という世帯が、昭和55年当時は1114万世帯ありました。それが、令和元年では、582万世帯と半減しています 。
他方、共働き世帯は、昭和55年当時は614万世帯だったのが、令和元年では1245万世帯と倍増しています 。つまり、世帯単位で見ると1人では生活ができなくなってきているのです。
一方、役員報酬は高額化が進んでいます。デロイトトーマツが公表している「役員報酬サーベイ2019年版」によると、売上高1兆円以上の企業における社長の報酬総額は、中央値で2019年は9946万円になっています。2016年が9115万円、2017年が9387万円、2018年が9855万円なので、右肩上がりで増えています。
結局、役員など「勝ち組」と言われる一部の富裕層はどんどん報酬を増やして豊かな暮らしを楽しんでいて、庶民は低賃金で共働きを強いられ、どんどん貧困化してきているというのが今の日本の現状です。
(3)雇用流動性が低い
日本は長年の間、終身雇用制度がとられており、雇用流動性が低いという問題があります。雇用流動性が低いと何が問題なのかというと、経営者が給料を低く抑えていても、従業員は会社を辞めないため、経営者が賃金を上げようとしないということです。
日本では、無能な社員であっても正社員として雇った以上は余程のことがない限り解雇することはできません。そのため、リスクを取りたくない経営者は、期限が来れば簡単に解雇できる非正規労働者の採用ばかりするようになっています。皮肉なことに、正社員の雇用を強く守りすぎていることが、雇用の不安定な非正規労働者を増やしているのです。非正規労働者が増加すれば、賃金水準も当然下がります。
欧米のように、優秀な社員には高額の報酬を払い、無能な社員はクビにするということができれば、賃金は上昇するはずです。ところが、労働組合は「リストラは絶対に許されない」というスタンスを取るため、経営者にそれを見透かされて、「雇用を守るためには賃上げはできない」と言われると組合側は何も反論できなくなります。そのため、賃金が上がらないわけです。
(4)内部留保が大好きな日本の経営者
財務省の「法人企業統計」(令和元年度)によると、企業が蓄えた内部留保に当たる「利益剰余金」は、前年度比2.6%増の475兆161億円でした。利益剰余金の額は、8年連続で過去最高を更新しています。
企業は本来、積極的に投資をして利益を取りにいくものですが、日本の経営者は利益を上げることよりも、保身に走るため内部留保をしたがります。内部留保が潤沢にあれば、何か失敗して損失を出したとしても経営責任を問われずに済むためです。
本来なら、利益が出たら株主や労働者に還元すべきですが、残念ながら、日本では物言う株主がほとんどいないので、配当は低水準にとどまっています。また、労働者や労働組合は雇用を守ることだけに固執しているため、思い切った交渉ができず低賃金が続いています。
経営者と労働者は法律的には対等ですが、実際のところは圧倒的に労働者が不利な状況に置かれています。経営者としては、何の支障もなければ、自分たちの報酬を引き上げ、自由に使える内部留保をできるだけ増やそうと考えるのは当然のことです。これを批判するのは簡単ですが、自分がその立場になったら同じことをする人が多いのではないでしょうか。
だからこそ、労働組合があり、法律でも労働基本権が保証されているわけです。労働者側が賃上げの努力もせず、経営者の自主的な賃上げに期待しているだけでは、賃上げは実現しません。
高度成長期には数千件あったストライキが、令和元年度はたったの27件です 。身近で「ストライキが行われた」という話は、最近は聞いたことがありません。労働組合は、会社側と平和的に交渉するだけでなく、時にはストライキも辞さない覚悟で交渉すべきです。
労働者もあまりに待遇がひどい場合には、会社を辞めることも1つの選択です。優秀な社員が辞めていくような事態が増えれば、会社も危機感を覚え、賃金を上げる可能性があります。何が何でも正社員の地位にしがみつくという姿勢の人ばかりなら、賃上げは諦めるべきです。
残念ですが経営者の良心に期待しても何も変わりません。現状を打開するには何かアクションを起こさなければなりません。その覚悟がなければこの状態は変わらないでしょう。