2021年02月27日 10:11 弁護士ドットコム
罪を犯した人の更生をサポートする保護司の数が減っている。この4月から保護司の再任年齢の上限が実質的に引き延ばされる。国も危機感を持っているが、なり手不足が課題だ。
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その理由を、保護司になった弁護士は「やりがい搾取が限界を迎えている」「保護司会ってPTAみたいなもの。保護司会が負担となり、保護司を辞めてしまった人もいる」と話す。
「ボランティア」としての成立に、限界が近づいているのではないだろうか。
保護司とは、法務大臣から委嘱を受けた非常勤の国家公務員のことだが、保護司法(第11条)で「無給」と定められているため、実質的には民間のボランティアである。ただし、交通費などの実費弁償金は支給される。
保護司になると、居住エリアの保護観察所に配属され、その地域の保護司会に所属する。
罪を犯して保護観察を受けることになった少年や大人に、地域のなかで更生の助けをするのが仕事だ。話を聞いて助言を与えたり、釈放後の就労や住居の手助けなどもする。
法務省によれば、保護司の数は年々減り、2021年1月時点で、4万6358人。平均年齢は65.0歳。高齢化も大きな問題だ。
総務省行政評価局は1月、人材の確保や、後進の育成など保護司の人数増を、法務省に勧告した。
また、2021年4月1日からは、保護司の再任年齢上限が変更される。
保護司の任用期間は2年ごとに更新されていく。保護司活動ができる定年は、満78歳の誕生日前日だ。これまで、委嘱予定日の時点で76歳未満でなければ再任できないとされていた。そのため、更新のタイミングによっては76歳で引退する場合もあった。
4月の改正によって、本人の希望があれば、全員が78歳になるまで従来通りに働けるようになった。この規定によって再任された保護司を「特例保護司」と呼ぶ
法務省によれば、およそ3000~3300人の保護司が毎年退任している。再任の上限年齢が来る前にやめたり、死亡等で退任したりした者も含まれるため、再任の上限年齢を理由に退任する数がどれだけかはわからない。
「特例保護司によって、保護司の定年を一律に伸ばそうということではなく、誕生日と委嘱日の関係で、期間が変わるのは不公平であり、公平にするためのものです」(法務省保護局)
しかし、今後10年で全体の約半数が退任する見通しとなっている。
「この定年に引っかかって、保護司がいなくなってしまうような、切羽詰まった地域・現場があるのではと思います」
そう話すのは、保護司でもある菅原直美弁護士(42)だ。
改正により、当面の人数は確保できるものの、高齢化は進む一方だ。課題はどこにあるのか。
菅原弁護士は、5年ほど前に保護司になった。
刑事弁護に取り組むなかで、担当した被疑者(被告人)が裁判所で判決を下されたあとに、どのような経験をしているのか気になっていた。
「保護観察付きの執行猶予という判決が出ることがあります。保護観察ってどんなことをしているんだろうと思っていて。そんなとき、保護観察所の保護観察官と話す機会があり、誘っていただきました」
一部執行猶予の導入による保護観察の件数増加にともない、保護司を増やす必要があったという。また、高齢化が進み、対象者との世代間ギャップが広がるなかで、若い保護司が求められていた。
菅原弁護士が奈良県で活動していたときのことだ。当時30代。
保護司の年齢分布(2021年)は、70代(35.4%)、60代(43.6%)、50代(14.9%)、40代以下はわずか6.1%に過ぎない。60代以上が8割を占める。50代でも若手と呼ばれる世界だ。
東京に弁護士としての拠点を移してからも、保護司を続けている。「若手中の若手」として保護司の世界を内部から見る経験によって、多くの課題を見つけた。
「裁判官が、判決で保護観察に付せば、しっかりと監督してくれると思っているのであれば、実態はそうではありませんでした」
取り組みへの積極性には、保護観察所や保護司会によって、その保護司個人によって濃淡があったという。
ボランティアであるゆえに、保護司の立場を「保護観察のお手伝い業務」とも表現する菅原弁護士だが、法務省のなかでは大事な位置付けにされているとも話す。
「法務省はよく『世界に冠たる保護司制度』と言うんです。国際的にも、ボランティアによる矯正システムは珍しく、それを誇っている表現なのではと思います。
ボランティアが矯正や教育など、犯罪をした人の下支えを担う。それが成立しているから、日本は治安がよいと法務省がアピールしていると感じます」
少々大げさな"世界に冠たる制度”において、保護司が所属するのはローカル色の強い「保護司会」である。
菅原弁護士は、保護司の人数が増えない原因は、保護司会によるところが大きいと指摘する。
「私は3年前に、奈良から東京の立川に移ってきました。立川エリアだけでも複数の保護司会があります。
簡単に言えば、学校のPTAのようなものです。保護司会でも、さらに総務委員会や研修員会などの部会にわかれています。人材不足なので、なにかしらの役職につかないといけないのです。
東京に移り、保護司会の集まりに顔を出したときのことですが、役職の押し付け合いで揉めている場面を見てしまい、嫌だなと思ってしまいました。そんな私の様子に気づいたのか、私の次に若い50代くらいの男性が隣で『嫌にならないでね』と申し訳なさそうにしていました」
基本的には、保護司同士の情報交換、集会やイベント、研修などを実施する団体だ。
保護司会による定期的な啓発運動「社会を明るくする運動」では街頭でティッシュを配るなどしており、社明運動とも呼ばれている。
ただ、啓発運動のやり方などに疑問を持つ若手保護司も多いと聞く。
高齢の保護司らが、活動後に打ち上げでカラオケに流れるなど、「老人会」のような色合いも強いそうだ。
菅原弁護士は、「行かないと陰口を言われると聞いたこともあり、保護司会との距離感が難しいと感じています。保護司会がイヤで、保護司をやめてしまった人もいます」と打ち明ける。
「保護司会では、面接技法やカウンセリングの研修があり、奈良の保護司会では非常に熱心におこなわれていました。
東京の今の保護司会では、研修は年に1回。しかも、開催の告知が往復葉書で1カ月前に届き、予定が入って行けないということが多いです。そもそも連絡手段がいまどき往復葉書か…と感じています。
昔ながらの連絡網も健在で、自宅の連絡先を提供しないといけないのですが、もう少しプライバシーに配慮した制度設計が必要とも思います。
さらに言えば、保護司会では1万円の年会費が取られます。ボランティアなのに、おかしくありませんか。
保護司同士の連携に価値を感じる保護司もいます。しかし、入会不要と考える人の選択肢がほしいです。たとえば、保護司が保護観察所と直接やりとりできるような形を選べたらと思います」
保護司会でも人数増加に取り組んでいる。しかし、面倒臭いと思われて、志望者に敬遠されるのであれば、本末転倒だ。保護司会への関与の深さを、自ら決めることができる制度設計が理想的と言えそうだ。
保護司は、本人がなりたいと思って、なれるものではない。保護司に必要とされるのは「余裕」だ。
「当事者との面談は原則として、自宅に呼ばなければいけません。私は女性で、かつ弁護士なので、保護観察所に申し出をして、事務所に呼んでいます。
また、家族にも対象者のプライバシーを守らないといけない。時間的な余裕だけでなく、自宅のスペースなど、経済的にあらゆる意味で余裕がないとできないボランティアです。
今、そのような余力のある人が減っています。
保護司へのモチベーションを持つかたのなかには、私のように法律系の知識を持つ人や、福祉の専門的知識を持ち、また、過去に保護司の世話になった当事者や準当事者で、その恩を社会に返したいというかたもいます。でも、その家族が同じ考えかといえば、違うこともありますよね。
保護司自身のプライベートが尊重されるような制度設計が必要で、例えば法務省のなかに保護観察に使えるオープンスペースを設けるなど工夫すべきです」
面談場所として、現在の保護観察所は小さいのだという。また、更生保護サポートセンター(サポセン)も各地にあるが、保護司会の開催場所などに使われるものの、面談場所としての活用はまだ十分ではないそうだ。
「余裕」のある人がなってきたからこそ、無給でも成立していた保護司制度だが、ほころびが出ている。
保護司には、いわゆる地域の名士と呼ばれるお金持ちや、定年退職した教師、公務員、僧侶などが多い。長年勤めると、勲章がもらえる。地域の名誉職で、そのような表彰目当てで、情熱もなく委嘱を受ける人がいるという。
関東で活動する50代の保護司は「勲章欲しさに保護司を引き受けて、活動は全くやらない人がいる。面談も、自宅に呼びつけて、中には入れず、玄関先で話を聞いて帰すような保護司もいる」と憤慨していた。
菅原弁護士も、そのような保護司がいることに同意する。
「私も昨年、表彰されました。表彰式が気になって参加してみると、大きなホールで日本舞踊が披露されたりで、こんな世界がまだあるんだと驚きました。
立派な(漆塗りの)おちょこをいただいたんですけど、こんな表彰イベントや記念品にお金をかけるくらいなら、保護司の活動に費用を支払うほうがいいと思います」
「世界に冠たる保護司制度」は、そろそろ無給で成立しなくなるのではないだろうか。罪を犯した人の更生支援という意義深く、それでいて、物心両面の負担が大きい仕事に、正当な対価を支払ってもよいのではないか。
「委嘱のときに、ボランティアだと説明されるため、当事者内部から『お金を支払うべき』という声はあげにくいと思います。
なにも、お金がほしくて、保護司をやっているわけじゃありませんが、地域社会が力を失うなかで、やりがい搾取のスキームが限界を迎えていると感じます」
本業を持ちながら、なんとか時間を割いて、保護司として活動する人が多い。保護司の活動のみならず、そこに保護司会への参加まで求められる。
「ケースを担当するのは大変です。何度連絡しても、全く折り返さない当事者もいます。面談の予約が何度もドタキャンされると、(有償の)弁護士の仕事を削ってやっている負担感が強くなり、保護司をやめたくなる時期がありました」
そのようなときに、弁護士としての知見からうまくアドバイスができたケースがあることで、また踏みとどまった。刑事弁護で被疑者被告人と接してきた経験や、彼らに役立つ社会資源についての知識を提供できるからだ。
また、保護司としてのバックグラウンドがあるおかげで、弁護士業務において、裁判所や法務省に何かと働きかけやすくなることがあるという。
「東京五輪のボランティアもそうですけど、やりがい搾取に社会が慣れているのでしょうか。しかし、定年の延長や、保護司の引き止めによって、減少に歯止めがかからないとしたら、インセンティブは必要だと思います。たとえば、多少なり、時給やケース給があってもよいのではないでしょうか。お金を支払って、社会福祉士や弁護士など専門職保護司、また熱意のある保護司を増やすべきだと思います」
理想は、ボランタリーベースの良さを残しつつ、保護司として多様な活動を選択できることだ。
「刑務所から社会に戻るときに、民間の人と接して、ソフトランディングするのはよいことです。たとえば、完全に法務省の職員のみで構成された保護司では、治安維持の色合いが強まります。
保護司制度とは、一般社会の常識を裁判に反映しようとした裁判員制度の『出所版』ともとらることができますね」
高齢化の影響により、4月から保護司の定年が実質的に延長される。
「私は一本釣りで保護司になりましたが、保護司が引退するときに次の保護司を見つけるのが従来のやり方で、親から子へ続いたり、同じ系統の人が連綿と続く地域もあります。
保護観察を受ける人たちにとって、定期的に『社会』の人たちと接するのが保護観察です。
ですので、保護司は社会そのものとも言えます。接し方ひとつで、『こんな社会なら、戻りたくない』と思われてしまうことだってあると思います。保護観察で、保護司側が試されているわけであり、それはすなわち、保護司会や法務省が試されているということです。
保護司って、ご存知でしたか? 犯罪が身近にあるような暮らしでもなければ、保護司って誰で、保護司って何かわからないでしょう。私も弁護士になるまで、保護司を意識していませんでした。
なりたいと思った人が、アクセスする連絡先を周知することです。
保護司という仕事をしたいけど、従来型のやり方では、余裕がなくて務まらない人が増えている。それでも興味を持ってくれる人たちが保護司になり、続けることができるような制度設計の見直しが必要だと思います」
【取材協力弁護士】
菅原 直美(すがわら・なおみ)弁護士
2010年12月弁護士登録。刑事弁護(薬物やギャンブルなどの依存症者の弁護、治療や支援の必要な弁護活動)に力を入れている。日本弁護士連合会・刑事法制委員会 委員。成城大学「治療的司法研究センター」客員研究員。
事務所名:多摩の森綜合法律事務所
事務所URL:http://www.tamanomori.com/