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『鬼滅の刃』煉󠄁獄杏寿郎の魂は燃え尽きない 今なお読者を熱くさせる理由

2021年02月21日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐』

※本稿には『鬼滅の刃』の本編およびスピンオフ(『炭治郎の近況報告書』、『煉獄零話』)の内容について触れている箇所がございます。未読の方はご注意ください(筆者)


 先ごろ発売された『鬼滅の刃 公式ファンブック 鬼殺隊見聞録・弐』(吾峠呼世晴・著)の内容が、ことのほか充実している。副読本の類(たぐ)いにはあまり食指が動かない、という漫画ファンも少なくないだろうが、本書については、(もし、原作を最後までおもしろく読んだというのなら)購入を検討してみてもいいかもしれない。


 というのは、同書には、吾峠呼世晴による「特別描き下ろし漫画」と「単行本未収録漫画」が7作ほど収録されているからだ(注・4コマ漫画などの短い作品も含む)。


 とりわけ注目すべきは、「特別描き下ろし漫画」のひとつである、『炭治郎の近況報告書』という短編だろう。ここでその内容を詳しく書くつもりはないが、同作では、原作の第204話(最終話の1話前)で、主人公の竈門炭治郎たちが懐かしい生家に還(かえ)った後の「近況」が、あたたかいタッチで綴られている。また、それだけでなく、鬼殺隊の仲間や柱たちの「その後」も描かれており、そういう意味ではこの短編は、いわゆる「外伝」というよりはむしろ、第204話と最終話をつなぐ、いわば「第204.5話」だと考えたほうがいいだろう。


 そしてもうひとつ、「単行本未収録漫画」の『煉獄零話』も見逃せない1作だ。こちらの作品は、以前、『週刊少年ジャンプ』2020年44号と、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の入場者特典(小冊子『煉獄零巻』)に掲載(収録)されたレアな短編だが、タイトルからもわかるように、主人公は鬼殺隊の「炎柱」――煉獄杏寿郎である。


※以下、ネタバレ注意


 ちなみに、『鬼滅の刃』の単行本の累計発行部数は、大ヒットした映画『無限列車編』公開直前の2020年10月2日の段階で、1億部を超えていた。となれば当然、この『煉獄零話』が執筆されていた時点でもすでに、煉獄杏寿郎と宿敵・猗窩座(上弦の参)の激闘の“結末”を、数え切れないほどの人々が知っていた、ということになる。それを承知のうえで、作者はあえて本作で、のちに「炎柱」となる漢(おとこ)の初々しい「初任務」の姿を描いた。その真意は何か。


 それはおそらく、剣士になりたての煉獄が、彼よりも先に逝ってしまった仲間たちの想いを背負い、肉体だけでなく心も逞しく成長していく姿を見せることで、『鬼滅の刃』のテーマのひとつである「継承」――すなわち、誰かの想いが誰かに受け継がれていくことの尊さを、あらためて広く世に知らしめたかった、ということではないだろうか。


 笛を吹いて相手の神経を狂わせる邪悪な鬼を斬った後で、煉獄杏寿郎は、彼の勝利に力を貸してくれた仲間たちの亡骸(なきがら)に向かってこう誓う。


“君たちのような立派な人に
いつかきっと俺もなりたい”


 この姿はどこか、何度強敵に痛めつけられようとも、「心を燃やせ」という彼の言葉を思い出して闘気を奮い起こす、竈門炭治郎のそれと重なりはしないだろうか。そう――人は誰かを守るためだからこそ、あるいは、誰かの想いを背負っているからこそ、強くなれるのである。


 いずれにせよ、『鬼滅の刃』全巻を通読してみればわかるが、この煉獄杏寿郎という鬼殺隊きっての剣士こそが、(炭治郎を最初に導いた冨岡義勇とともに)同作の最大のキーパーソンであることに間違いはないだろう。


 たしかに、彼が物語の中で実際に活躍するのは、全23巻のうちのわずか2巻(7巻と8巻)にすぎないかもしれない。しかし、単行本の最終巻――鬼舞辻無惨との壮絶な闘いを終えた炭治郎が、傷だらけの仮死状態になってもなお、右手から放さなかった日輪刀の鍔(つば)を見てほしい。いうまでもなく、それは、かつて煉獄杏寿郎の愛刀に取りつけられていた炎の形をした鍔であった。


 そう――熱き「炎柱」の魂は志半ばで燃え尽きることなく、彼の想いを受け継いだ頼れる後輩と一緒に、(9巻以降も)最後の最後まで「自分ではない誰か」のために闘い続けていた、といっても過言ではないのである。そしてその炎立(ほむらた)つ正義の心は、炭治郎だけでなく、きっと、桃寿郎、炭彦、カナタという未来を生きる少年たちにも受け継がれていくのだろう。


■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。