2021年02月20日 08:21 弁護士ドットコム
「ライブハウスにとって、最大の危機の1年でした。その状況が今も続いています」。坂本龍一や山下達郎など、数多くのアーティストの原点となった老舗ライブハウス「ロフト」を運営するロフトグループ社長、加藤梅造さん(53)はそう語る。
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ロフトは1971年、東京・烏山で「ジャズ喫茶」として始まり、1973年の「西荻窪ロフト」オープンを機にライブハウスへとかたちを変えていった。現在は、都内を中心にグループ全体で12店舗を構えている。
2020年4月、新型コロナによる緊急事態宣言によって、長期休業をやむなくされた。政府の緊急支援融資などで2億円を借り、運営資金にあててきた。宣言解除後は、オンライン配信や、観客数を限定してのライブが中心となった。
そのような状況下で、同年12月には「ネイキッドロフト」(東京・新宿/2004年オープン)を移転のために閉店することになった。ネット上では、過去に出演したことのある人やファンたちから惜しむ声があがった。
そして年が明けた2021年1月、ふたたび緊急事態宣言が発令された。ライブハウスはいまだ渦中にあり、先行きが見えない状況にある。今年で50周年を迎えるロフトは今後どうなっていくのだろうか。加藤社長に聞いた。(ライター・土井大輔)
――ネイキッドロフト閉店の報を受けて、ネット上では「このままなくなるんじゃないか」という声もありました。実際のところどうなんでしょうか?
完全に閉店したわけではなく、あくまで移転なんですよ。(ロフト創業者の)平野悠がフェイスブックでいろいろ書いていましたけど、現在入居しているビルの老朽化がひどくて、前から出たいと思っていたんです。
新型コロナ感染拡大予防ガイドラインで、ライブハウスは現在、キャパシティの半分以下しかお客さんを入れられません。ネイキッドロフトは20人くらいです。それでは商売にならないというのもあって、もう少し広い物件に移ろうと考えています。
――移転先や再開時期は決まっているのですか?
まだ、決まっていません。移転しても、すぐに営業できないというのがあります。春以降に発表できたらと思っています。都内、近郊でいろいろ探しています。
――ロフトにとって、2020年はどんな1年でしたか?
長いような短いような・・・。みなさんにとってもそうでしょうけど、ライブハウスにとって2020年は最大の危機の1年でした。それが今も続いている状況です。
まさかこんなに毎日のようにオンライン配信をやることになるなんて、想像もしていませんでした。それまでも配信イベントはあったんですが、無観客の配信なんて考えられなかったです。
お客さんを入れるというのが、ライブハウス本来の姿ですからね。お客さんがいないところで配信をやっているのは、不思議な光景でした。
もちろん、ネットの向こう側にはお客さんがいるんですけど、拍手も歓声もありません。通常のライブなら、演者が観客をあおったり、MCだったりとコミュニケーションがあるんですけども、それもやりづらい。
――ネガティブな気持ちになることもあったのではないでしょうか?
もちろんネガティブにもなりましたけど、どんなかたちであれ、店を続けていこうというのは、当初からの方針でした。
2020年4月7日に最初の緊急事態宣言が出て、そのときは新宿・歌舞伎町とか渋谷とか、都心に行っただけで感染するおそれがあると言われるような雰囲気だったので、無観客ライブすらできませんでした。
だから、アーティストの自宅から弾き語りをやってもらったりしていました。そんなにお金にはならないんですが、何かやりたいという人はいるんです。そんなふうに模索していたのが、最初の緊急事態宣言のころの状況でした。
そのあと宣言が解除されて、6月末から営業を再開できたんですけど、ライブはすぐにできるものではなくて、何カ月も前から準備するものなので、7月、8月は営業できない日も多かったですね。
9月下旬にガイドラインがさらに緩和されて、秋ごろから(キャパシティの)5割まで入れていい状況になりました。だから10月、11月はちょっと回復していたんです。なんとかかたちにはなってきたなと思っていたら、また感染者が増えだして、結局、1月にふたたび緊急事態宣言が出て、何もできなくなりました。
――10月、11月の回復期には、前年比でどれくらい売り上げが戻ったのでしょうか?
それでも5割はいかないですね。全店舗で、20~30%ぐらいでしょう。
――2度目の緊急事態については、どう受け止めましたか?
もともと、冬になれば感染者が増えると言われていましたから、そういう最悪の事態はあるだろうなと思っていましたが、予想していたとはいえ、やっぱりショックですよね。
4月の緊急事態では、クラウドファンディングを立ち上げたライブハウスがありましたし、政府が緊急融資を始めたので、そこで借りられたというのもあったんです。
でも、2度目はそれがない。融資を受けた分も返さなければなりませんから、これ以上は借りられない。そういう意味では今回のほうが厳しいですね。
――その中で、加藤さんは「文化を守らなければならない」と訴えられていますね。
その理由は2つあります。1つには、自分たちの生業(なりわい)なので、生き死にの問題として、声をあげなければ、政府は何もしてくれないということです。
ライブには、音響や照明という技術者がすごく大事です。専門職なので、もしいなくなったらすぐに補うことはできません。何年も何十年も技術を磨いてきた人たちです。その人たちが廃業することになれば、すごく大きな損失になる。だから、彼らの生活も守らなければならない。
もう1つはもっと広い意味で、文化・芸術は簡単にできあがるものではないということです。
50年前には「ライブハウス」という言葉自体ありませんでした。(ロフト創業者の)平野悠がロフトを始めたのがきっかけで、日本にライブハウスが広がっていきました。バンドブームがあったりして、今では全国に5000~6000店舗あるといわれています。
そんな文化資産が失われようとしています。すでに閉店したライブハウスもたくさんあります。このまま状況が悪くなれば、閉店するところは増えていく一方です。また1から作るのはすごく大変です。
文化は、生活の潤滑油であり、心の栄養です。文化がなければ、人間は生きるのがつらいんじゃないかなと思います。憲法の「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(25条)を持ち出すまでもなく、守るべきものです。
――ライブにこだわる理由はなぜですか?
ライブの良さというのは、リアルにその場の雰囲気を感じられることです。演奏を観るだけでなく、顔と顔を合わせて、コミュニケーションすることが一番大事だと思うんです。そういう場がなくなるというのは考えられません。
今後、すべてオンライン配信になるかといえば、僕はならないと思います。会議だって、オンラインだとうまく伝わらないことってありますよね。やっぱり大事なときは、顔を付き合わせて話したい。コミュニケーションって、五感を使うものだと思うんです。配信だと映像と音声だけで、それ以外のものが伝わわりづらいんですよね。
それにライブって、会場に着くまでもライブなんですよね。新宿駅を降りて、歌舞伎町に踏み入ってくる間も、居酒屋のキャッチとか、いろんな人が歩いている。映画館もたくさんある。
そういう景色を見ながら、店前に着いて、怪しげな階段を降りて、重い扉を開く。そうしたら空間が広がっている。開演を待つ間にほかの人と話してみるとか、いろんな情報があるんですよね。ライブが始まる前だけでも。
始まったら始まったでやっぱりそれはすごい情報量。音の圧力というか、まさに「体感する」ということですよね。終わった後は「今日よかったね」とか話してみたり、ほかの人が話しているのも意外と面白い。「いやー、最高でしたね」とか「あそこが良かったよね」とか。
そういう豊かなコミュニケーションがあると思うんです。やっぱりオンライン配信とはまた違うというか、置き換えられないものですよね。そういう空間は失くしたくないので、今は無理にでもやっている気持ちもあります。商売は二の次みたいなところもありますね。
――国の対策に思うことはありますか?
たとえば「GoToトラベル」なんかもそうでしたけど、景気がV字回復してからの政策だと思うんですよね。「コロナ禍が終わったあと、こういうことをしましょう」という。
(令和2年度の)2次補正予算で出た文化庁の「文化芸術活動の継続支援事業」もそうですし、3次補正予算で出ている「ARTS for the future!」もそうなんですけど、「コロナ後にこういう新しいことをしたら助成しますよ」という仕組みなんです。
けれども、今を生きながらえないと、われわれには未来がない。今を生き抜く補償をしてくれというのが、一番思っていることですね。
――これまで「環境問題」を訴えるなど、ロフトだけでなく、より広い範囲を守ろうとしていますよね。
自分ひとりで生きていけるわけじゃないですからね。人間は、基本的に周りの人たちに生かされていると思んです。それを広く考えていくと、街を守ろうとか、空間を守ろうとか、もっと言えば、地球を守ろうみたいになりますよね。
環境問題がようやくみんなの身近な問題になってきたのもそういうことだと思うんです。SDGs(持続可能な開発目標)という言葉が急速に普及したのもそうですよね。「人間って一人じゃ生きていけない」という危機感があると思いますよ。