2021年02月14日 10:11 弁護士ドットコム
若者が儲け話にのせられ勧誘される。マルチ商法といえば、まず先に浮かぶのはそんなイメージだろう。 しかし、なぜ、昔から注意喚起をされているにもかかわらず、マルチ商法にハマる人は後を絶たないのか。
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「マルチ商法の勧誘手法も被害の実態も、私たちの想像を遥かに超えているからです」。そう語るのは、元妻がマルチ商法にハマり家庭崩壊した経験をSNSで発信し、大きな反響を呼んでいるズュータンさんだ。
2021年1月、ズュータンさんは、自身の経験と、マルチ商法へハマった人達へのインタビューをまとめた『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』(ポプラ社)を出版した。
以下、本の一部引用とともに、「マルチ商法は誰しもがハマり得る」と警告するズュータンさんへのインタビューをお届けしたい。
(本文より)
妻がマルチ商法の製品を愛用していることに不安を覚えながらも、新築の家に引っ越した。新しい家に引っ越せば妻も良い方向に変わってくれるのではないか、X社もやめてくれるのではないかという期待があった。
だが現実は逆だった。製品がひっきりなしに届き、そのうち娘が宅配業者の人の物真似をするまでになった。家のなかはX社製品で溢れかえった。僕と妻と娘と3人で布団を並べて寝ていたが、寝室に置かれた空気清浄機の音が我慢できず、僕は寝室を別にした。
つきあいはじめた頃に妻とふたりで選んで買ったフライパンは、僕の知らないあいだに捨てられていた。
「X社の鍋セットや調理器具があれば、他のものは必要ない。X社の鍋で魚も焼けるし、ご飯も炊ける。温めることもできる。X社の鍋は他社製品と違って栄養も逃がさない」。
そう主張する妻は、電子レンジも電磁波が危ないからと捨てようとした。僕が使うからと懇願して捨てられずにすんだが、台所に電子レンジがあることが憎くてしょうがないようだった。
炊飯器も「ご飯はX社の鍋で炊けるからいらない」と捨てようとした。新築の家には魚を焼くグリルも備え付けられていたが、妻はX社の鍋で焼くことにこだわった。X社の鍋なら魚の栄養が逃げないからと。
しかしX社の鍋は魚を焼くのに適していなかった。いつも皮が鍋底にひっつき、身も崩れてしまう。僕はカリッときれいに焼いた魚が食べたかった。
もともと料理が苦手な妻に代わって、土日は僕が料理をしていた。フライパンを捨てられ、しかたなくX社の鍋で料理をしていたが、「X社の鍋は強火で使うと鍋が壊れるから」などと細かく使い方を言われるうちに僕は料理をしなくなってしまった。娘が好きな餃子やハンバーグを作ってあげることもなくなった。
妻は平泉さんの家で行われる料理教室で覚えた料理を振る舞うが、どれもおいしくなかった。調理器具も調味料もX社のものだったからX社の味しかしなかった。だけどおいしくないとは言えなかった。「おいしいね。がんばってるね」と嘘をつくしかなかった。
そうやって僕の家庭はX社一色になっていった。もう僕の身体はX社でできている……、そんな感覚に陥っていた。
(引用終)
もともとズュータンさんの元妻は、「コーヒー浣腸」や「ケーキを食べるとお乳が出なくなる」など「トンデモ」と言われる健康情報に興味があった。
出産後は毎日図書館に通うようになり、以前は手に取らなかった怪しい健康法の本を片っ端から借りるようになった。やがて、おむつはお尻がかぶれても布にこだわり、高熱が出ても病院に連れて行くことを拒んだりするようになった。
そんな中、民生委員の平泉さん(仮名)に紹介されたX社の商品に心酔するようになると、それに比例して、目つきや顔つきが険しくなっていったという。
「明るく穏やかな元妻でしたが、X社以外の他社の製品を悪く言うようになりました。コンビニに置いてある商品は身体に悪いもの、スーパーに並べられている野菜は農薬がぬられている。そんな話ばかりする元妻は、ママ友にも距離を置かれるようになりました」
マルチ商法にハマると、なぜ人格まで変わってしまうのだろうか。ズュータンさんは「価値観が固定され、良いか悪いかの二元論に陥るからではないか」とみている。
「マルチ商法のコミュニティに属すると、集まりに参加するだけでなく、一日中ラインが届いて生活の中心がマルチ商法になります。すると、そのコミュニティーの価値観に染まってしまい、それ以外の見方を受け付けられなくなります。
元妻で言えば、平泉さんに教え込まれた価値観が絶対的な真理と信じているため、それに合わないものは間違っているという風に考えるようになるんです」
ズュータンさんは別居後、マルチ商法で思うことをツイッターで発信し始めた。すると、同じように家族や恋人がマルチ商法にハマっている人からの声が届き始めた。ズュータンさんは「他人事ではなく、誰もが関係している社会の問題」と考えるようになった。
「ハマっている人は情報弱者や心に隙があったからだと言われがちです。ですが、ネットやアプリ上で知り合った人から勧誘されることも増えています。それに今はある程度関係を築くまではお金の話も製品の話もされません。
何年も何十年も勧誘しているプロに狙われたら、逃れるのはそう簡単ではありません。元妻が平泉さんに勧誘されたのも事故のようなものだと思っています。
勧誘する側は、相手が主婦であれば育児や健康、人間関係などの不安についていくつも質問パターンを持っています。たとえば、料理に苦手意識を持っている主婦であれば、『すごい素敵な人の料理教室に500円で参加できるよ』と誘われたら、行ってみようかなという気になるのは普通のことではないでしょうか」
ズュータンさんは「マルチ商法企業によって特徴は違うので一概には言えない」と前置きしたうえで、「勧誘パターンは一つではなく、それぞれの個人が抱えている満たされない思いや悩みに合わせて近づいてくる」と言う。若者には若者への、子育て中の主婦には子育て中の主婦へ、といった具合だ。
マルチ商法は特定商取引法で「連鎖販売取引」と定義づけられており、厳しい規制がある。具体的には、勧誘をおこなうという目的を明示しなければならないとされており、勧誘目的を告げずに公衆の出入りする場所以外の場所で勧誘をしたりすることなどを禁止している。
「身近な人がハマっている」と国民生活センターや弁護士に相談しても、「本人が好きでやっているなら難しいですね」と解決が難しく、相談者は地団太を踏むことが多いという。「本人が気づかないとやめることは難しい」とズュータンさんは言う。
「みなさんがイメージするマルチ商法と、その実態には大きなズレがあります。マルチ商法をめぐってこんな現状があると知ることが、予防につながると思います。自分や自分の家族がそんなのにハマるわけがないと思っている人にこそ、この本を読んで欲しいです」