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Awesome City Club、きのこ帝国、フレンズ……映画『花束みたいな恋をした』彩る音楽 物語を動かす重要なカギに

2021年02月11日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

映画『花束みたいな恋をした』より

 1月29日公開の映画『花束みたいな恋をした』がヒット中だ。監督はドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』映画『罪の声』の土井裕泰、脚本はドラマ『最高の離婚』『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』の坂元裕二。先鋭的な作品を生み出し続ける両名がドラマ『カルテット』以来のタッグを組み、菅田将暉と有村架純を主演に迎えた話題作である。菅田将暉演じる山音麦、有村架純演じる八谷絹の2015年~2020年の恋模様を描いた王道の恋愛映画であると同時に、その時代の映画、小説、演劇、漫画、そして音楽といった大衆文化=ポップカルチャーが物語を動かす重要なカギとなっている。本稿では物語を彩る音楽を紹介していきたい。


(関連:Awesome City Clubが語る、5年のドラマを経た自由度のある表現「音楽に対して誠実でありたい」


 麦と絹が出会った日、2人で入ったカラオケボックスで絹が歌ったのはきのこ帝国「クロノスタシス」だ。2014年にリリースされたアルバム『フェイクワールドワンダーランド』の収録曲であり、この前後にきのこ帝国に表出し始めたポップさとこれまでになかった横揺れのリズムが混ざりあったメロウな1曲。終わりたくない夢のような時間を〈時計の針が止まって見える現象〉になぞらえて歌った歌詞も、2人の関係の始まりを甘美に演出している。


 麦と絹はともにこだわりの強いポップカルチャー好きであり、自分だけが知っている世界を強く愛し続けてきた人物として描かれる。2人は出会ったことで互いの持つ密かな喜びを共有し、気持ちが通じ合っていく。〈誰も知らない場所に行きたい/誰も知らない秘密を知りたい〉という言葉が紡がれる「クロノスタシス」の詞世界ともリンクし、日常に光が差し込むようなシーンに仕上がっている。


 後半のカラオケのシーンではフレンズの「NIGHT TOWN」を麦と絹がデュエットで歌う場面もある。2017年のEP『プチタウン』に収録されたこの曲はもどかしい恋模様を小躍りしたくなる曲調で歌うフレンズの持ち味が凝縮されている。〈君の感覚を頂戴〉や〈同じ体温で眠りたいよ〉といった切なる願いが、おかもとえみとひろせひろせのツインボーカルで交わされるラブソング。この映画では甘い夢の場面ではなく、現実へと戻されていく場面においてわずかな温かさを演出している。この曲のロマンチックさを踏まえた上で、スクリーンでカラオケシーンに宿る切なさを堪能して欲しいと思う。また、フレンズはもう1曲とあるカットに登場しており、その場面との対比も心に残るはずだ。


 Awesome City Clubはこの映画で最多の5曲が登場。2015年のデビューから、その時間軸に沿って楽曲が流れることで経過する年月を示唆している。様々なポップカルチャーに囲まれ、スマートな暮らしを育んでいく麦と絹の暮らしにAwesome City Clubのスタイリッシュなダンスナンバーはとてもよく合う。スマホから、PCから、スピーカーから流れるAwesome City Clubの音楽やミュージックビデオは生活を小粋に彩るアイテムとして抜群の演出効果をもたらす。


 代表曲「アウトサイダー」は2015年リリースの楽曲であるが、劇中では2018年の世界で流れることになる。麦と絹が出会った頃の2015年、そして関係性に変化が訪れる2018年。その2つの世界をつなぐ「アウトサイダー」は、この映画のカギとなる時間の不可逆さを伝える役割を果たしている。また、Awesome City Clubはこの映画の予告編などにインスパイアソングとして「勿忘」を提供。物語を回想するかのような歌詞をドラマチックなメロディで届ける、映画の余韻に浸るにはうってつけの見事なバラードソングだ。


 その他にもcero、羊文学、崎山蒼志、長谷川白紙といったミュージシャンの名前も登場し、麦と絹の嗜好を色濃く映し出す。単にオシャレで聴き心地が良いからであるとか、話題作りとしての選曲では決してない。麦と絹のキャラクターを強く印象づけるのはもちろんのこと、大切に思っているものとの向き合い方/大切にしたいことの変化、というこの作品の主題を描くためには誰もが知っているヒットソングではなく、個人の日常やささやかな青春の風景に息づく音楽である必要があったのだ(SMAPでも「たいせつ」に言及しているのが印象的)。ポップカルチャーを愛する者にとっては、むずがゆい気持ちや複雑な感情が渦巻く瞬間もきっと多いであろう本作。しかしだからこそポップカルチャーへの愛が際立ち、自分の大切なものを通じて誰かと心を通わせる喜びや儚さを再確認できる映画ではないだろうか。純度の高い恋愛映画でありながら、様々な意味を持って噛み締めることのできる点が多くの人の心を揺さぶっているのだと思う。(月の人)