2021年02月08日 14:21 リアルサウンド
『Dr.STONE』(集英社)の第19巻が発売された。稲垣理一郎(原作)とBoichi(作画)が「週刊少年ジャンプ」で連載している本作は、全人類が突然石化して文明が滅びた後の世界を舞台にした科学漫画。
石化から目覚めた高校生の天才科学者・石神千空は科学の力で文明を復活させ、仲間たちと共に人類を石化した謎を究明するために冒険の旅に出る。
以下、ネタバレあり。
第19巻では、アメリカ大陸を舞台に、千空率いる科学王国と、天才科学者・ゼノが率いるアメリカの科学王国の対決が描かれる。
科学王国は科学船ペルセウス号で移動する千空たちと、特殊部隊に別れて行動。特殊部隊は千空の指示で、ゼノのいる敵本陣の城に地下トンネルを掘って忍び込もうとしていたが、敵の狙撃によって千空は負傷し動けなくなってしまう。急遽、クロムが作戦までのロードマップを組み立て、土木採掘輪転式ループナイフこと“ドリル”を発明し、城へと向かう。一方、アメリカの特殊チームはペルセウス号を襲撃。千空は七海龍水と共に敵から奪った飛行機に乗り、敵国隊長のスタンリーが操縦する飛行機を迎え撃つ。
この巻はアクションが多く、戦闘機同士の空中戦や大ゴマで銃を構える場面など、派手な画が多い。これまでは発明の面白さを見せるための説明が多く、読み物としての側面が強かった本作だが、空母、飛行機、銃火器といった近代兵器が多く登場するようになったアメリカ編では、バトルアクション漫画的な面白さが強まっており、Boichiの筆が乗っているのがわかる。
激戦の末、敵戦闘機を撃沈させた千空と龍水だったが、実は操縦していたのはスタンリーの部下だった。その隙にスタンリーは潜水艦でペルセウス号を制圧。科学王国の仲間たちは捕まってしまう。しかし、クロムたち特殊部隊もゼノの拘束に成功。戦いは引き分けだったが、ペルセウス船を制圧されたことで千空たちは退路を絶たれてしまう。
戦いは劇中に登場するチェスに象徴されるように、大将の千空とゼノがお互いの思考を探り合う頭脳戦となっていた。千空にとっては師匠とも言える存在との対決だったが、同じ天才科学者でも、千空とゼノでは根底にある価値観が真逆だったと言える。
拘束されたゼノは、少しも怯むことなくクロムに「僕が衆愚を導く」と答える。
「21世紀ですら」「倫理だの政治だのゴミのような御旗をかざす愚者たちが」「人類の進歩を阻害し続けていた」「君の周りにもいただろう?」「科学の価値を理解できず拳を振り回すだけの人間が」
科学の力で独裁者になろうと目論んでいたゼノらしい熱弁だ。しかし、大ゴマで持論を主張するゼノのバックには黒い影に口元だけが映っている人々が描かれており、その指先から伸びる糸によってゼノが操り人形のようになっている姿が、心象風景として描かれている。そのため、口調に反してゼノの姿は弱々しく、どこか哀れだ。
ゼノは千空の師匠にあたる天才科学者として登場した。科学的思考を武器にじわじわと詰めてくるゼノは、千空を超える最強の存在に見えたが、同じ科学的思考の持ち主でも、ゼノには、他人を見下し支配しようとする傲慢さがあった。
科学を理解しない人間を愚者と見下すゼノに対し「俺は人の好きなモンを」「下に見るほど偉くねえよ」と反論し、カッコよく見栄を切るのが千空ではなく、千空の影に隠れて頼りなく見えていたクロムだというのが、この場面の面白さだ。双方の力が拮抗した名勝負だったが、最終的な勝敗を分けたのは、クロムを信じて意思を託した千空の「他人を認める心」だったのかもしれない。
その後、ゼノの前に現れた千空は「Dr.ゼノは世界トップクラスの科学屋だぞ」と讃える。見開きで2人の顔のアップが並ぶ印象深い場面だが、死んだと思っていた千空が生きていたことが嬉しかったのか、ゼノの顔は子どものようになり、目は潤み、口元は少しだけ笑っている。千空の射殺命令を下す瞬間、ゼノは迷いを見せていたが、本当は殺したくなかったのだろう。対立しながらもお互いを認め合っていたことがわかる名シーンだ。
ゼノは拘束したものの、大勢の仲間がスタンリーたち敵陣営に拘束されている千空は、外交と称して、意外な行動に打って出る。新世界最初で最後の日米首脳会談と言って、ゼノに代わって交渉相手となったメカニックのブロディに「石化復活液」のレシピを伝える千空。そして、復活液の原料となるコーンを大量生産するコーンシティを建造して、とりあえず100万人の人類をいっしょに蘇らせようと提案する。
その後、千空たちは、過去に石化光線が発信された南米へと向かい、ゼノ奪還を目論むスタンリーたちは千空たちを追いかける。アメリカチームと科学王国の本体は一時休戦となり、コーンシティは両者の平和特区となる。
実に大胆な展開である。交戦を続けながら平和特区を作り共存するという顛末は、理知的かつ大胆な科学漫画を展開してきた『Dr.STONE』ならではの落とし所だと言えよう。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『Dr.STONE』既刊19巻(ジャンプコミックス) 原作:稲垣理一郎
作画:Boichi
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/drstone.html