2021年02月07日 09:41 弁護士ドットコム
脱正社員化の流れの中で、兼業・副業やフリーランスなど、「雇用によらない働き方」が注目されている。
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上位層にとっては、雇用されているときよりも、自由も収入も増える可能性があり、魅力的な仕組みと言えるかもしれない。
一方でより多くの“そうでない人たち”にとっては、フリーになってしまったがために、現状からはい上がるのも難しい「アリ地獄」にはまってしまう恐れもある。
そんな特徴がよく表れている業界の1つが、アナウンサー、特に年齢で区別されやすい女性アナウンサーの世界だ。
正社員アナは高収入で、知名度を生かしフリーで活躍することも多い。一方、正社員になれなかったアナたちは弱い立場ゆえに「やりがい搾取」にさらされることも珍しくない。
まずはアナウンサー業界の構造を見ていこう。
例年アナウンサーになれるのは、年間で120人~130人ほどだという。
このうち、キー局やNHKの無期雇用(正社員)での採用は30~40人といったところ。この狭き門を狙って数千人が受験するとされる。
志望者は、キー局がダメなら、民放ローカル局やNHKの地方放送局など、全国を転戦しながら就職活動をする。
こうして厳選された正社員アナの待遇は厚い。
元フジテレビで現在フリーアナの田中大貴さんは、「局のアナウンサーは、比較的安定的していて、将来設計がしやすい」と振り返る。
深夜・早朝の仕事もあり、結婚や出産、育児で退職する女性も多かったそうだが、少しずつ働きやすい仕組みが整えられてきているという。
現在フジのアナウンス室のトップは女性(佐藤里佳さん)だ。
在京キー局ともなれば、取材先は各界の一流どころ。人脈や知名度などを生かして独立するアナウンサーもいる。
田中さんもネット配信やアナウンスに留まらないメディア全般の仕事に魅力を感じてフリーになった。
「もう一度、お客さんがテレビ側に戻る時代がくると考えています。それに向けて準備している。テレビを裏切るのではなく、新しい世界で学ぶことが恩返しになると思っています」
と語るように、前向きなフリー転身と言えるだろう。
<関連:キー局男性アナ、知られざる出世への不安と葛藤とは? 元フジ・田中大貴が語る「脱・会社員論」>
一方、正社員アナには落ちたけど、それでもアナウンサーになりたいという人たちは、民放ローカルやNHKの地方放送局で契約社員や業務委託のアナウンサーになることが多い。
具体的に見ていこう。未経験で入ったNHK契約キャスターの年収は300万円程度。業務委託なので、社会保険もない。衣装も自前だ。
元契約キャスターの吉永恵理子さん(仮名・30代)もNHK時代は厳しい生活を余儀なくされていたという。
「新米なので、同期の職員(正社員)アナと仕事内容はそんなに変わらないんです。でもボーナスの時期になると、こっちには一切出ないのに、職員には月給3カ月分出たと聞いて、頭が沸騰しそうになりました」(吉永さん)
契約は1年更新。「使い捨て」だから、職員アナが入局後半年間は研修なのに対し、契約キャスターはすぐに実地投入される。
<関連:非正規格差の象徴「女性アナ」が赤裸々に語りあう「キラキラ貧困」の実態 「飲み会で頭が沸騰しました」>
契約キャスターという存在は、女性アナに何が求められているかを如実に表していると言えるのかもしれない。
NHKでは、女性アナの多くは20代後半から東京に異動する。これに対して、男性アナは各地を転々とする。
この結果、東京アナウンス室の男女比はざっと100人対50人。これが地方になると、たとえば、NHK札幌放送局は17人対1人。福岡放送局でも12人対1人だ。女性がゼロの地方局もある。
こうした女性の少ない地方局に、契約キャスターが投入されている。たとえば、札幌放送局のキャスターの男女比は1人対11人。福岡放送局も1人対7人で圧倒的に女性が多い。
つまり、意図してかどうかはともかく、年配の女性アナの比率を低く抑え、常に若い女性アナを一定数抱えるための仕組みとして契約キャスターが機能している。
年齢の関係で、有期の契約社員アナウンサーも常に雇止めリスクを抱えている。
契約更新を繰り返せば、「5年ルール」で無期転換の可能性はあるが、若い志望者が毎年供給されるだけに、3年以内で契約満了となることが多い。
元地方ローカル局の契約アナウンサーで、現在はフリーアナの山川美帆さん(仮名・30代)は、こう証言する。
「私がいた局では、給料などの格差はそこまで気にはなりませんでした。
ただ、重要な番組を担当していたのに、契約だからと切り捨てられてしまった。そのとき、すごい格差があったんだなと実感しました」
歳をとると、女性アナは賞味期限が切れたと言われる。男性アナは味が出たと言われる――。
アナウンサーは、昔から女性がもっとも目立つ職業のひとつだ。一方で、だからこそ、「女性として」の魅力が未だに強く求められる仕事でもある。
<参考:30代女性アナ「おばさんは間引かれる」 変わらぬ「若さ信仰」、技術軽視にモヤモヤ>
山川さんは、年齢的にローカル局での転職は難しいと考え、レギュラー番組の内定を得てからフリーに転向した。しかし、その番組もほどなく終わってしまった。
番組の視聴率がふるわなければ、出演者が代えられる。そのとき対象になるのは、契約やフリーのアナウンサーだ。番組そのものが終われば、仕事もゼロになってしまう。
山川さんは現在、副業をしながら、アナウンサーの仕事を続けている。同じフリーでも、活動の幅を広げたくてフリーになった元フジの田中さんとではかなり異なる。
アナウンサー業界に限らず、仕事がほしくてたまらないフリーランスは、労働市場で買い叩かれ、劣悪な条件を飲まされる可能性もある。
元テレビ朝日プロデューサーの鎮目博道さんによると、女性の場合は性的な被害に遭うこともあるようだ。
「とても残念なことですが、キー局での出演を目指す地方局出身のフリーアナを狙って、性的な関係を持とうとする番組制作者の話は少なからず聞きます」
正社員ではない女性が多く、その立場が弱いことからセクハラやパワハラなどの被害に遭いやすいという点では、一般の非正規労働者やフリーランサーなどにも通じる部分がある。
<参考:女性アナに迫る「卑劣な権力者」、セクハラ被害でも「泣き寝入り」の制作現場>
こうしたアナウンサー業界の仕組みを、フリーアナの髙橋絵理さんは「ピラミッド」にたとえる。
「ピラミッドの頂上にはキー局の有名アナ、その下には地方局アナや知名度のあるフリーアナ、契約アナウンサーがいます」
チャンスは最上位に集まる。これに対して、非正規や下位のフリーは必死にもがくものの、足場は時間(年齢)とともに崩れ落ちていく。
改宗(異業種転職)しないと、現在いる“カースト”から抜け出すのは困難だ。
髙橋さんは、この構造をどうにかしようと、アナウンサーらによる映像制作会社「カタルチア」を立ち上げ、アナウンサーの仕事を増やそうとしている。
映像制作全般にくわしく、アナウンスまで一括で受注できるため、コスト面でも他の制作会社より優位に立てるという特徴がある。理念に共感して仕事も集まっている。
一方で、「隙間時間でできる2~3万円の仕事では、一瞬は潤っても、本質的には変わりません」との葛藤もある。
<参考:“底辺女子アナ”たちがつくった「制作会社」に仕事が集まるワケ 「ピラミッドは登るな、建てろ」>
思い切って、別のピラミッドに移るというのも手段のひとつだ。
NHK契約キャスターと民放の契約アナウンサーの両方を経験した滝沢愛さん(仮名・20代)は、キャリアの限界に危機感をおぼえ、営業の仕事に転職した。
「頑張って“女子アナ”でいられる35歳くらいの限界まで働いても、そのあとで転職をするのは無理でしょう。
原稿をきれいに読めるだけの能力を欲しがる会社はきっとありません」
現在では、急に仕事がなくなる恐れがなくなって精神的に安定しているという。元アナという経歴は、営業に有効で収入もアップした。
<参考:年収300万の元NHK女性アナ、「異業種転職」で年収2倍に 「非正規アナは、みんな辞めるべき」>
また、資格を取得するという手もある。青木美佳さんはケーブルテレビの契約キャスター時代にロースクールに進学。現在は弁護士としても活動している。
きっかけは「女性アナウンサーは30歳で定年だ。長く続けたいなら+αの武器が必要だ」という番組ディレクターの言葉だったという。
<参考:“アナウンサー弁護士”が見てきた、キラキラした世界の裏側 「30歳で定年」と言われ… 青木美佳弁護士>
ただ、なかなかやめる決意がつかず、副業をしながらテレビ出演する人や、アルバイトをしながら、オーディションを受けている人もいる。
だが、その機会も時間がたつとともに減っていく。そして、転職のチャンスも…。
中には、先々を見通して、「計画的に」婚活をする人もいるのだそうだ。年齢とともに仕事が減るという状況に最適化された選択とは言えるかもしれない。
だが、結婚が過度にキャリアに組み込まれているという点では、やめるにしても、継続するにしても、テレビなどでの活躍具合に反して、女性にとって必ずしも働きやすい仕事とは言えないのかもしれない。
スタジオに入ったときやカメラを向けられたときの高揚感、著名人から直接話を聞ける喜びーー。
アナウンサーの仕事には魅力も多い一方で、これまで見てきたように、特に立場の弱い非正規やフリーは、「やりがい搾取」と隣り合わせの現状もある。
とはいえ、希望者を全員正規雇用にすれば、アナウンサーになりたいという人の新規参入を制限することになってしまう。容姿・年齢にしても、若さだけが基準なのはマズいとしても、表に出る以上、無関係とも言い難く、一朝一夕でどうにかなる問題でもない。
加えて、半ば芸能人のように認識されているため、その労働環境がかえりみられることも少ない。「そういう世界だと納得して入ったんだろう」と自己責任で片付けられてしまう傾向がある。
ただ、このようなリスクは必ずしも志望者に周知されているわけではないらしい。
「アナウンサーを志望する学生は、こうした事情をわかっていません。もしくは、わかってていても、アナウンサーになりさえすれば、どうにかなると思っている」(前出の滝沢さん)
企業側が使いやすい人材をほしがるとき、リスクの説明はおろそかになりがちだ。そして、働く側もまたリスクに目をつぶり、自分なら大丈夫と、華やかな部分へのイメージを強くしているのかもしれない。
同じことは「脱正社員化」の中でも懸念される。フリーランスなどの働き方には、もちろん良い面もある。一方でリスクについて適正な周知が求められる。