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「養子後進国」の日本、大半が施設へ ジョブズら養子活躍するアメリカから学ぶヒント

2021年02月06日 10:11  弁護士ドットコム

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元TBSアナウンサーの久保田智子さんが特別養子縁組制度で養子を迎え、子育てをしていることが話題になっている。2020年12月、Newsweek日本版が養子縁組の特集の中で大きく取り上げた。


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ニューヨーク在住の私は、この記事を読んで少々違和感をおぼえた。アメリカでは養子は決して特別なことではなく、イチイチ特集に組まれることはないからだ。また、記事中にある数々のネガティブなワードにもショックを受けた。「劣等感」「葛藤」「先入観」――。



国連子どもの権利条約前文には次のように書かれている。




「子どもが、人格の全面的かつ調和のとれた発達のために、家庭環境の下で、幸福、愛情および理解のある雰囲気の中で成長すべきである




つまり、子ども達は家庭の中で育てられる権利があるのだ。なのになぜ、日本では特集を組まなくてはならないほど「特別なこと」になってしまうのだろうか。(ライター・打木希瑶子)



●日本は「養子大国」で「子ども養子小国」

実は数字だけを見ると日本は「養子大国」である。日本政府の戸籍統計によると養子縁組数は年間約11万人(2019年度)、アメリカは年間約14万人の養子縁組があり、両国は世界有数の養子大国である。



しかし、その内訳が違う。養子縁組問題に詳しい一橋大学経済研究所の森口千晶教授によれば、日本の養子縁組の約70%は「成年養子」で、残りの約30%が「子ども養子」なのだ。



それでも「なんだ結構多いじゃないか」と思いきや、その内訳は婚姻による連れ子が約79%、孫や甥・姪などの血縁養子が約20%、なんと血縁関係のない他児養子は1%に満たない





それと比較してアメリカはどうかというと、養子縁組といえば「子ども養子縁組」をほぼ100%意味している。



また、内訳は親族養子が50%(連れ子40%と血縁10%)で残りは他児養子。つまりアメリカの場合、養子の半分は血縁関係がない





他児養子の数で比べると、日本はアメリカのざっと100分の1でしかないことになる。



※参考:森口千晶「日本はなぜ子ども養子小国なのか」、2012年



●日本は施設養育が多く、里親や養子が少ない

何らかの理由で親から適切な保護を受けられず、養子や里子の対象となる子ども達は「要保護児童」と呼ばれている。



その数はアメリカでは約68万人(2018年米国保健社会福祉局)、日本では約4万4千人(2018年度総務省発表)にのぼる。



アメリカの場合、要保護児童の90%が家庭裁判所の判断による強制的な保護であるため、日本と比較して桁違いに多い。それでもアメリカの子ども達の80%以上が里親制度や養子制度により、家庭での養育がなされている



日本の場合、家庭に戻される子どもがいるものの89%は施設で養育されることになり、里親や養子制度により家庭で養育される子どもは僅か9%だという(厚生労働省「社会的養護の現状について」)。



●養子は教育水準高い傾向 ジョブズらの例も

森口教授によると「養親家庭で養育された子どもは、里親家庭や施設で長期的に養育された子どもに較べて、より健康で教育水準も高いことが明らか」だという。



実際に養子として育ち、成功している著名人は多い。アップル創業者のスティーブ・ジョブズ、ウェンディ―ズ創業者のデイブ・トーマスなどアメリカでは上げればきりがない。



スティーブ・ジョブズは自伝の中で、「両親(養親)は私が実親から見捨てられた子どもではなく、特別に選ばれた子どもであると言い、私は愛されて育った」と語っている。



養育者を必要とする子ども、親になりたい大人、子どもの人権を守りたい国や行政。結果的に養子縁組は、ウィンウィンどころか、トリプル・ウィンであり、みんなが丸く収まる制度としてアメリカでは捉えられている。



●アメリカの養子マッチング

これだけ養子が多いから、アメリカではマッチングの仕組みも整っている。たとえば、私の住むニューヨーク市のウェブサイトの中に「Administration for Children's Services」というページがある。日本でいう児童相談所のような部署である。





そこには養育者を必要としている子ども達のデータベースがある。養子を持つことに興味のある人は、そのページに書かれているいくつかの質問事項に回答し、データベースから希望にマッチする子ども達を見ることができる



質問項目には、子どもの性別・年齢・人種に対する問いがある。日本人からすれば「なんだか大人が子どもを選別しているようではないか」と思われるかもしれないが、多民族国家のアメリカでは大事なことだ。



新生児ならば問題ないかもしれないが、宗教の違いによって食事の習慣が違う場合もある。



あるいはアフリカ系アメリカ人で保守的な考えを持っている夫婦であれば、自分たちと同じ肌の色の子どもを探す方が良いと考える。



その逆もあって、全く肌の色を気にしないという夫婦もいるので、その場合は「人種にこだわらない」にチェックを入れれば良い。



年齢は養親の年齢を考えてのことである。あまり歳をとった夫婦が新生児を育てることは難しいだろう。性別はたとえば既に実子で男の子がいる場合、同じ部屋を使うようにするならば、男の子が良いだろう。



また、きょうだいがいる子どもの場合は、そのきょうだいを何人まで受け入れられるかという項目もあった。国連はきょうだいは引き離さずに育てるべきだという子どもの権利を示している。





サイトには子ども達の写真やプロフィールも掲載されていて、非常にオープンで明るい印象がある。



ニューヨーク市の児童相談所を通した場合(今回はNPOなどの民間斡旋団体は除外)、子ども達の養子縁組にかかる費用はゼロ。つまり、誰でも希望すれば親になれるということだ。



もちろん、養育希望者の審査や勉強会もあるので、厳密にいえば「誰でも」というわけではない。が、一人でも多くの子ども達が、いち早く家庭で育つことができるようにという工夫がみられる。



●法改正後も日本の養子はあまり増えていない

女性の社会進出と共に、アメリカでも妊娠や出産の時期を逃してしまう女性は多くいる。しかし、妊娠や出産を諦めたとしても、やはり子どもは欲しいという女性は多くいる。



私自身もシングルマザーとして子育てしてきたが、子どもから学んだことは多い。子育てを経験し、人として成長したいと望む気持ちは、とても良くわかる。



その点、日本はどうだろう? 日本でも民法改正により、子どもを家庭で育てることを目的とした欧米型の「特別養子制度」が1988年に施行(2019年一部改正)された。しかし、子ども養子はあまり増えていない





調べてみると、日本の養子縁組はNPO法人などを通すことが多く、料金は80万から150万円とのことだったが、やはり児童相談所を通せば基本は無料だ。よって原因は費用面ではないらしい。



●アメリカの養子制度も苦難の歴史だった

では、アメリカと日本は何か歴史的背景が違うのだろうか。そこで今度はアメリカの養子縁組の歴史をみてみよう。



米国保健社会福祉局が示しているアメリカ養子縁組の歴史よると、アメリカは1851年に「養子縁組を成人の利益ではなく児童福祉に基づく社会的および法的活動」として認める法律を施行した。



それまでは「大人の都合」による養子縁組(たとえば労働力や跡取りが欲しいなど)が多かった。これは「成人養子」の多い日本の考えと似ている。



そして興味深いのは、アメリカでも法が整ってもすぐに現在のような養子縁組の形は浸透しなかったということだ。国民の中に養子に対するネガティブな印象があったからだ。



まず過去の奴隷問題から黒人団体からの反対があった。労働力のために養子を取るというイメージが、法が変わってもなお続いたのだ。また「実の親に育てられることが理想だ」という考えが一般的であった



問題が起きる度に様々な試行錯誤が行われるものの、なかなかスムーズに理想的な養子縁組はアメリカ全体として進まなかった。



そこで、1980年アメリカ政府は養子縁組のための補助金プログラムを開始し、子どもを守ることに力を入れる州に多額の資金を提供した。1989年の国連子どもの権利条約と比較しても、アメリカはかなり早くから「家庭での養育」を推進しようとしていたことがわかる。



つまり、アメリカも養子縁組が今のようになるまで、1世紀以上の時間がかかったということだ。子どもの権利条約が示す通り、全ての子どもは家庭で育てられる権利を持っている。そのためにアメリカは努力を続け、国も行政も養子縁組に取り組んできたということなのだ。





●不妊治療中、同時並行で養子も探すアメリカ

また、森口教授は論文の中で興味深い内容を指摘している。不妊治療についての記述だ。



子どもに恵まれない夫婦は、まず不妊治療を考える。これは日米共通している。しかし、アメリカの場合は不妊治療をしながら、養親としての登録もする人が多いというのだ。



日本の場合は不妊治療が上手くいかない場合に養子を考える人が多い。どちらかというと「自分の子どもが欲しい」という気持ちが強く、アメリカのように同時進行して「確実に親になりたい」という人は少ないのかもしれない。



しかし、アメリカ市民も時間をかけて少しずつ「血の繋がり」にこだわる考えから「子どもは家庭で育てられる人が育てるべき」という考えに変化していったのだ。



「子どもの幸せとは何か」を追求しながら努力を続け、その結果として今の「子ども養子大国アメリカ」があるということなのだ。



●近年、日本でも特別養子縁組が急増

日本は確実に少子化に向かっている。日本の未来が減少していっているのだ。私は10年前から「オレンジゴスペル」という活動を通して「合唱のように子育てはみんなで」のメッセージを日本全国に呼び掛けている。



必ずしも実親がベストな養育者とは限らない。実際に活動の中で虐待されて育った人たちの声を毎年何件も聴く。彼らの多くは「自分も同じことをしてしまうのではないか」と子どもを持つことに消極的である。





日本も法律が改正されて間もない。きっとアメリカのように時間がかかるのだろう。先に示した厚生労働省のレポートの中でも「より家庭的な養育環境を」と書かれており、日本政府もまずは里親やファミリーホームを増やそうとしている。



こうした中、森口教授は「最近は少しずつ養子縁組が増えてきている」と変化の兆しも感じているという。



司法統計2019によると特別養子縁組の成立件数は、1988年の導入時から年々減少し2007年には289件まで落ち込んだ後、2019年には711件まで増加している



人口が減少し出生数も減少している中で、近年の上昇は明確な新しい変化だと思います」(森口教授)





日本でも養子縁組がアメリカのように身近なものとして浸透するには時間がかかるだろう。しかし、アメリカのように徐々に国民も子育てや家族の在り方に対する価値観も変わっていくだろう。



この記事を読んだ人が一人でも多く他児に関心を持ち、合唱のように楽しく明るく「みんなで子育て」できるような社会を望んでくれるよう願う。




【打木希瑶子 (うちき・きょうこ)】
米ニューヨーク在住のゴスペル音楽プロデューサー。日本の「オレンジゴスペル」の企画者でもあり、2010年よりゴスペル音楽を使って「子ども虐待防止オレンジリボン運動」の啓発に協力。ハーレムのベッセル・ゴスペル・アッセンブリー教会所属のクリスチャン。コロナ禍をきっかけに、56歳で大学進学を決意。2020年9月よりニューヨーク市内にあるナイアック大学にて心理学を専攻している。