2021年02月03日 10:12 弁護士ドットコム
自民党の有志議員でつくるグループが、日本の国旗(日章旗)を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」を新設するため、刑法改正案を国会に提出する方向で動いている。
【関連記事:「歩行者は右側通行でしょ」老婆が激怒、そんな法律あった? 「路上のルール」を確認してみた】
産経新聞(1月26日)によると、改正案をまとめた保守系グループのメンバー、高市早苗前総務相は、「諸外国では自国の国旗損壊に重い刑罰が科される。日本の名誉を守るには、外国国旗と日本国旗の損壊に関して同等の刑罰で対応することが重要」と話したという。議員立法として今国会での成立を目指す方針だ。
現行の刑法は、侮辱を加える目的で外国国旗を損壊することなどについて、「2年以下の懲役または20万円以下の罰金」を定めているが、日本の国旗を損壊する行為を罰する規定はない。
自民党は、野党だった2012年にも「国旗損壊罪」を新設しようと改正案を提出していた。その際は廃案となったが、日本弁護士連合会(日弁連)が「国旗損壊罪」の法制化に反対する旨の会長声明を出すなど、強い批判もあった。
今回の改正案も物議をかもしそうだが、「国旗損壊罪」がこれまで設けられなかった理由や争点について、猪野亨弁護士に聞いた。
——新設が検討されている「国旗損壊罪」はどのような犯罪だと想定されますか。
侮辱を加える目的で外国国旗を損壊等する「外国国章損壊等罪」(刑法92条)と同じように処罰するということであれば、想定される構成要件や刑罰(2年以下の懲役または20万円以下の罰金)もおそらく同様のものになるでしょう。
国旗は単なる物でしかありませんが、外国国章損壊等罪では、他人の所有物ではなく、自分の所有物であっても処罰される可能性があります。他人の所有物を損壊する行為であれば器物損壊罪(刑法261条、懲役3年以下)で足りますが、それとは別に規定するところに最大の特徴があります。
外国国章損壊等罪の場合、外国の国家機関が公的に掲揚したものに限定すべきとする学説もありますが、今回の法案の趣旨はそうではないと思われます。
——外国国章損壊等罪はどのような趣旨で定められているのでしょうか。
外国国章損壊等罪が定められた趣旨は、国旗を損壊等することで、外国との紛争の火種となり外交問題になる可能性があることから、対外的安全と国際関係的安全を保護するためとされています。
——国旗損壊罪についてはどうでしょうか。
自民党議員らは「日本の名誉を守るという国家の使命を果たす」ためと述べたようですが、国旗損壊罪の保護法益とまったく異なります。
そこで対象となっているのは、国旗すなわち「日の丸」のことですが、日の丸に対する損壊行為が処罰の対象にされてこなかったのは、日の丸に対する損壊行為も一種の「表現の自由」の1つと考えられているからです。
日本国憲法では「思想良心の自由」(憲法19条)が保障され、国家に忠誠を尽くすかどうかなど問題にもなりえません。国家を批判することも自由であり、自分の所有物の日の丸をどのようなやり方で損壊しようと処罰の対象とすることなど、おおよそ考えられなかったわけです。
もちろん、それが共感を持つやり方なのかどうかという問題はありますが、少なくとも「表現の自由」の範疇というのが当然の前提でした。
ところが「日本の名誉」を侵害するといっても抽象的なレベルのものでしかなく、なぜこれを取り締まる必要があるのかもわかりません。
むしろ、日の丸(+君が代)に反対する表現行動を許さないということになれば、それは国家による統制につながります。国民のその程度の行為すら国家が黙認しない、などという状況になったらどうなるのかを考えてみたら良いと思います。
ご承知のとおり、日の丸は明治以降、戦争の歴史の中で常にその象徴としても用いられてきました。たとえば、日中戦争が始まった時期につくられた「露営の歌」(1937年)でも「進む日の丸 鉄兜」とあるように、その歴史的経緯からは決して価値中立ではありません。
国旗・国歌法(国旗及び国歌に関する法律)が1999年に成立したときも、教育現場での強制はしないと言いながら、入学式・卒業式で日の丸に向かって起立し、君が代を歌うよう文科省などが求めるなど実質的な強制が加速しています。国旗損壊罪が制定されれば、その実質的な強制がさらに加速するでしょう。
——仮に国旗損壊罪が制定されたとして、憲法との関係ではどうでしょうか。
他人の所有する国旗であれば器物損壊罪などで対処できるにもかかわらず、あえて新設する必要性もありません。また、自己の所有物に対しても罰則を設けるのであれば、「思想良心の自由」や「表現の自由」などを保障する憲法に違反するものと考えられます。
日の丸を損壊する行為を処罰するというのは、国民一人ひとりよりも国家を上に置く発想であり、全体主義的と言わざるをえません。
——フランス、ドイツなど諸外国では自国旗についての国旗損壊罪を定めている国も少なくないようです。
なぜそのようなことになっているのかという視点が問題です。国旗損壊罪を定めている国があることは事実ですが、アメリカでは連邦最高裁が1990年に国旗保護法の適用を違憲としており、この考え方のほうが表現の自由を保障する日本国憲法の精神にも合致しています。
このように考えていくと、実は外国国章損壊等罪についても問題がないわけではありません。
外国国章を損壊したことによって外交関係が壊れるなどという事態は想定しにくいし(星条旗を損壊したことによって日米関係がそれだけで揺らぐのでしょうか)、表現行為の一つとも考えられるからです。
前述したように、外国の国家機関が公的に掲揚したものに限定されるという見解に立つのであれば合理性はありますが、無限定になった場合、自己の所有物であっても犯罪とするならば、外国国章が対象であっても行き過ぎと考えます。
【取材協力弁護士】
猪野 亨(いの・とおる)弁護士
今時の司法「改革」、弁護士人口激増、法科大学院制度、裁判員制度のすべてに反対する活動をしている。日々、ブログで政治的な意見を発信している。
事務所名:いの法律事務所
事務所URL:http://inotoru.blog.fc2.com/