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ラスト数ページで涙腺崩壊……ネコの「わたし」が経験した「げぼく」との日常

2021年02月03日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『わたしのげぼく』

 見つめられたら、すぐにご飯を献上し、特別な日ではなくてもプレゼントをせっせと貢ぐ自分は猫のげぼくだ。愛猫が喜んでくれるのなら、なんだってしたいし、なんでもできる。もっと笑った顔が見たい……。そう思って、より優秀なげぼくになれるよう、努力もしている。


 けれど、こんな自分は愛猫の目にどう映っているんだろう。「いつもニヤニヤしながら見つめてくる変なやつ」だと思われていたら、少しショックだ。


 そんなことを考えていた時、目に止まったのが『わたしのげぼく』(上野そら:著/くまくら珠美:絵/アルファポリス)。自分にぴったりだと思い、即購入した。


ネコの「わたし」が描く、どんくさい「げぼく」と生きた日々

 本作にはネコの「わたし」目線で、げぼくとの生活が描かれている。「わたし」はきょうだいと暮らしていた時、4歳の男の子に「この子がいちばんかわいい!」と言われ、家に迎えられた。


 男の子はその日から、猫のお世話をするように。自分を素敵な猫だと思っている「わたし」にとってそれは当然の行為。自分よりもどんくさい男の子のことを「げぼく」だと思うようになった。


 げぼくという言葉には、少なからずネガティブなイメージがあると思う。しかし、本作で「わたし」が口にする「げぼく」は温かい。なぜなら、そこにはたくさんの愛が込められているからだ。


 ある日、「わたし」はげぼくが買ってもらったロボットが気になり、自慢の肉球で動かしてみることに。すると、ロボットは机の上から落ち、壊れてしまった。それを知ったげぼくが泣きながら尻尾を掴んできたため、「わたし」も応戦。げぼくを引っ掻いた。しかし、翌日になっても泣き続けているげぼくの姿を見ているうちに、「わたし」の心に寂しさと罪悪感が。



まいにちなでてくれるのだが、きょうはまったくさわってくれない。まいにちあそんでくれるのだが、きょうはさそいもしてくれない。



 そこで、「わたし」はとっておきの獲物「ごきぶり」をプレゼント。仲直りを試みる。


 こうしたコミカルなやりとりは自分も経験したことがあったため、顔がほころんだ。愛猫を家に迎えて、まだ間もない頃。トイレに行った隙に、何時間もかけて必死に書いた原稿をボロボロにされ、喧嘩したことがあった。


 「もう知らない」と泣く私を愛猫は初め、遠くからじっと観察。興味なさそうにしていたが、やがて自分のおやつを咥えてきて、「悪かった」とでもいうように顔をペロペロ。その気持ちが嬉しくて、すぐに仲直りをした。共に笑い、時には喧嘩をし、私たちはゆっくりと家族になってきたのだ。


 そうした思い出が濃い分、どうしても想像してしまうのが、いつか来る別れの時のこと。本作には、その悲しみもしっかりと描かれている。家に来て18年もの月日が流れたある日、「わたし」は思う。



わたしはとても、かしこいネコだ。ゆえに、としをとったらどうなるのかはしっている。わたしはもうすぐ、しぬのだろう。



 命の終わりを悟った「わたし」は、げぼくにある約束をするのだが、そこからの数ページは涙なくしては読めず、気づくと愛猫をギュっと抱きしめていた。


 自分とは違い、どんくさくて泣き虫なげぼくを、どれほど「わたし」は大切に想っていたのか……。それがラスト数ページに描かれている手紙から伝わってきて、胸が締め付けられた。そして、その手紙は「愛猫の死をどう受け止めるか」という、長年の悩みを解決してもくれた。


 飼い主にとって、喜怒哀楽を共有してきた愛猫との別れほど怖いものはない。一緒に過ごした時間が長く、思い出が濃いほど、その気持ちは強くなるもの。筆者も時々ふと、「もし、この子たちがいなくなったら……」と考え、泣いてしまうことがある。いつか来る “その日”の受け止め方に、私たち飼い主は悩んでいる。本作は、そんな私たちに肉体が亡くなっても、ずっとげぼくでいてもいいという答えを授けてくれているように思えた。


 共に泣き笑い、たくさんの「かわいい」を贈った日があったことは、愛猫が旅立ってもかわらない事実。死という現実は苦しいが、これまで築き上げてきたものがゼロになるわけじゃない。いつか同じ世界に行った時にまた優秀なげぼくとして役に立てるよう、忠誠心を磨き続けながら、ずっと愛猫の下僕でいてもいいのだ。


 そう思わせてくれる本作は、猫を迎えた日や共に暮らしている最中、そして別れを経験した時と、何度も手に取りたい一冊。



すこしくらいはもてなしてやるから、こちらのせかいでわたしとあうのを、たのしみにしているがよい。



 いつか来るその時、自分も愛猫にこう言ってもらえるようなげぼくであり続けたい。


■古川諭香
1990年生まれ。岐阜県出身。主にwebメディアで活動するフリーライター。「ダ・ヴィンチニュース」で書評を執筆。猫に関する記事を多く執筆しており、『バズにゃん』(KADOKAWA)を共著。


■書籍情報
『わたしのげぼく』
著者:上野そら
絵:くまくら珠美
出版社:アルファポリス