スマートフォンは便利な反面、依存や子どもの学力低下など、さまざまな懸念材料を抱えたまま今日にいたる。わが子にどんな悪影響があるのか、不安なまま子どもに与えている親も多いだろう。
そんなデジタル時代の不安に答えたのが、スウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセン氏の著書『スマホ脳』(新潮新書/訳:久山葉子)だ。著者はここ10年、心の不調で受診する若者が急激に増えたことを「一気にデジタル化したライフスタイルにあるのではないか?」と懸念。膨大な数の研究結果をもとに、
「SNSには脳の報酬中枢を煽る仕組みがある」
「私たちのIQは下がってきている」
など、「スマホが人間に与える影響」をわかりやすく説いている。(文:篠原みつき)
「人間の脳はデジタル社会に適応していない」
本書の面白いのは、「人間の脳はデジタル社会に適応していない」という事実を示すために、「人類の進化の歴史」に基づいて解説していることだ。人類は、飢餓や捕食動物におびえて暮らした狩猟採集時代のほうが遥かに長く、その中で生き残るための進化を続けてきた。ゆえに、
・飢餓状態で生き残るためにカロリーの高い食べ物を好む
・仲間から疎外されたり殺されたりしないために「悪い噂話」が大好き
・毒蛇やライオンなど危険から身を守るため、常に周囲に気を配る必要から気が散りやすい
といった脳の特徴があるという。これらを"しようとするとき"、脳内の報酬物質であるドーパミンの量が増えるという。甘いものや噂話がやめられないのも、知識欲も、「不安、うつ状態」ですら、人類が生き残るために備えてきた基本条件なのだという。
これらを踏まえてスマホが人の「脳」に与える影響を見てみると、著者の「スマホは私たちの最新のドラッグである」という言葉がより明確に理解できる。なぜならスマホゲームやSNSは、開発者たちによって、私たちが手放せなくなるように巧妙に作られているからだ。
ビル・ゲイツは子どもが14歳になるまでスマホを与えなかった
本書によれば、脳内の伝達物質「ドーパミン」の役割は、「報酬物質」というだけではなく、「何に集中するかを選択させること」だという。ゲーム会社やスマホメーカー、SNSが、これを巧みに利用していると本書は次のように指摘している。
「SNS の開発者は、人間の報酬システムを詳しく研究し、脳が不確かな結果を偏愛していることや、どのくらいの頻度が効果的なのかを、ちゃんとわかっている。時間を問わずスマホを手に取りたくなるような、驚きの瞬間を創造する知識も持っている。『"いいね"が1個ついたかも?見てみよう』と思うのは、『ポーカーをもう1ゲームだけ、次こそは勝てるはず』と同じメカニズムなのだ。(中略)金儲けという意味で言えば、私たちの脳のハッキングに成功したのは間違いない。」
ゆえに、「スティーブ・ジョブズを始めとするIT企業のトップは、我が子にスマホを与えない」というエピソードにも納得だ。ジョブズは2010年、iPad の可能性を高らかに世界に発信したが、「自分の子どもの使用には慎重になっていることまでは言わなかった」と本書は指摘している。
ある取材で自宅の様子を訪ねられたジョブズは、「iPad はそばに置くことすらしない」、「スクリーンタイムを厳しく制限している」と話している。また、ビル・ゲイツは子どもが14歳になるまでスマホを持たせなかったという。著者のこんな言葉が皮肉に響く。
「現在、スウェーデンの11歳児の98%が自分のスマホを持っている。ビル・ゲイツの子どもたちは、スマホを持たない2%に属していたわけだ。それは確実に、 ゲイツ家に金銭的余裕がなかったせいではない。」
改善策もアドバイス、デジタル時代の必読書
「バカになっていく子どもたち」の章では、未発達な子どもや若者の脳に、依存性の高いデジタルデバイスを与えることの恐ろしさも説いている。
ほかにも、「スマホをポケットの中に入れているだけで集中力が落ちる」など、筆者も子を持つ親として、驚愕の研究結果が次々と示されていた。IT企業のトップがわが子にスマホを与えない理由は、この危険性を熟知しているからだと改めて分かるだろう。
ただ、本書は単なる警告で終わらず、睡眠や運動で改善へ向かうことも丁寧に解説されている。スマホを全否定するのではなく、バランスのとれた付き合い方もアドバイスしているのだ。
2019年にスウェーデンで刊行されるやベストセラーとなり、日本でも2020年11月に発売後、アマゾン売れ筋ランキング「情報社会」で長い間1位となっている(2021年2月2日現在)。子どもを持つ親はもちろん、スマホ依存を自認する大人たちにもぜひ読んでほしい。いまの時代、避けて通れないスマホとの付き合い方を正面から見つめ直す必読書と言えそうだ。