2021年02月02日 17:02 弁護士ドットコム
アメリカ発の音声SNSアプリ「Clubhouse」(クラブハウス)の利用が、国内で急速に広がっている。
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Clubhouseは、米サンフランシスコのベンチャー企業が昨年春にリリースした。招待制ということもあり、国内では今年1月に入ってから、スタートアップ界隈などから広がっている。
「音声版ツイッター」とも呼ばれて、文字(テキスト)ではなく、音声(トーク)でやり取りする。ユーザーは「ルーム」をつくったり、別のユーザーがつくった「ルーム」に入ったりして、独り言や会話を楽しむ。
規約上は、録音やメモが禁止されており、アーカイブもされないことから、"オフレコ"の自由な会話が繰り広げられている。基本的には「楽しい場」なのだが、一方で行き過ぎた発言も発生しやすいといえる。
これまでツイッターなどSNSは、誹謗中傷の温床になってきた。もしClubhouse内で、そうした権利侵害が発生した場合、どう対応すればよいのだろうか。インターネットの権利侵害問題にくわしい中澤佑一弁護士に聞いた。
――Clubhouseではどんな権利侵害が発生しますか?
ツイッターなどと違って、"記録されない音声の会話"とはいえ、行きすぎた発言による名誉毀損やプライバシー侵害は十分起こりうるだろうと考えています。
招待制ということで、今のところは、顔の見える範囲のユーザーしか登録していませんが、いずれは「なりすまし」が問題になってくるでしょう。
――もし、名誉毀損やプライバシー侵害が発生した場合、どうすればよいのか?
現実的には、誹謗中傷やプライバシー侵害が発生した際、証拠を残さなければ、権利救済はむずかしいです。
プロフィール画面のbio(自己紹介文)やアイコンであれば、記録化は容易ですが、記録されない音声での誹謗中傷等について、その場で録音・記録化ができるかというのが一番の問題になるでしょう。
ところが、Clubhouseの利用規約では、録音やメモといった発言内容の記録化が禁止されています。そのため、いざ権利行使をしようとした場合、利用規約との抵触が問題になります。
そもそも利用規約の拘束力は、Clubhouseとユーザーとの間で発生するものです。他人の権利を侵害するような発言をおこなったユーザーが、この利用規約を盾に「録音することは規約違反だ」「録音は違法に収集した証拠だ」と主張しても、被害者に対する反論として有効になることはないでしょう。
結論としては、権利侵害に対抗するための正当行為として、録音やメモが認められることになります。
――録音やメモで十分なのでしょうか?
たしかに録音だけでは、どのアカウントが話しているのかわかりませんので、証拠としては不十分です。録画も必須になるでしょう。できれば、対象のアカウントをタップして、IDを表示させるところも録画しておきたいです。
――録音・録画できたとして、そのあとの手続きはどうなりますか?
ネット上で権利侵害が発生した場合、プロバイダ責任制限法にもとづく発信者情報開示で投稿者を特定する仕組みがあります。
ただ、リリースされたばかりのサービスなので、実際にやってみなければわかりませんが、私の経験から予測をいえば、Clubhouseは音声通信について、発信ログは保存しない仕様になっていると思います。
ツイッターやフェイスブックなど、アメリカ発のSNSはそういう仕様となっているからです。おそらく通信記録があるとしても、アカウントへのログイン記録に限られるのではないでしょうか。
Clubhouseは「携帯電話番号」の登録が必須になっています。ちょうど、2020年8月のプロバイダ責任制限法省令改正で、新たに開示対象として電話番号が発信者情報に加えられました。
そこで、IPアドレス等の通信記録を開示請求するよりも、対象アカウントが登録した電話番号の開示請求をおこなう方法がより確実だと思います。
――どんな手順を踏むのか?
まず、Clubhouseを運営する米カリフォルニアのスタートアップ企業に発信者情報の開示をもとめることになります。
この企業は、連絡先のメールアドレスなどが公開されていますが、メールや書面による問い合わせで、発信者情報を開示してくれるかは未知数です。ただ、一般論としては、情報開示には慎重であり、裁判所の令状や命令がなければ応じないところがほとんどです。
そこで、民事裁判で、プロバイダ責任制限法に基づく発信者情報開示請求をおこなうことになります。ツイッターやフェイスブックについても、この手法で情報開示をおこなっています。
しかし、大きな問題として「国際裁判管轄」があります。つまり、日本の裁判所の権限が及ぶかどうかという問題です。
ツイッターやフェイスブックなど、グローバル企業に対する発信者情報開示の裁判は、国内で当然のように認められていますが、これは「日本において事業を行う者」については日本に国際裁判管轄を認める、という法律(民事訴訟法3条の3第5号)があるためです。
「日本において事業を行う者」は、国内に支社があるかどうかのほか、ウェブサービスの場合は、日本語のウェブサイトがあるか、日本語の利用規約があるか、などの要素から判断されています。
ツイッターやフェイスブックも、日本語のウェブサイトと日本語の利用規約があるので、「日本において事業を行う者」にあたるとされています。
――Clubhouseの利用規約は英文です。
運営企業のウェブサイトに日本語はなく、日本向けに正式なサービス提供は現時点でされていないようです。このため、おそらく現時点では、日本の裁判所に持ち込んだところで、国際裁判管轄が否定されて、日本の裁判所では判断が下せないということになりそうです。
以上のように、日本の裁判所での発信者情報開示請求は不可能にちかいと思われます。そのため、米国の証拠開示制度「ディスカバリー」を利用することになると思います。
なお、「声」で本人であることがわかったり、招待した人経由でわかる場合、情報開示不要です。最初は少ない人数なので、実際はそのような方法で相手がわかるケースが多いと思います。
【取材協力弁護士】
中澤 佑一(なかざわ・ゆういち)弁護士
発信者情報開示請求や削除請求などインターネット上で発生する権利侵害への対処を多く取り扱う。2013年に『インターネットにおける誹謗中傷法的対策マニュアル(中央経済社)』を出版。弁護士業務の傍らGoogleなどの資格証明書の取得代行を行う「海外法人登記取得代行センター Online」<https://touki.world/web-shop/>も運営。
事務所名:弁護士法人戸田総合法律事務所
事務所URL:http://todasogo.jp