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500万円以下のEVは約4割がフランス車? なぜ多いのか

2021年02月01日 08:11  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
日本には500万円以下で買える新車乗用車の電気自動車(EV)が8車種ある。そのうち3車種はフランス車だ。欧州で昨年、最も売れたEVもフランス車だった。なぜこの国はEVに強いのか。その裏には、長年にわたり電気に強いこだわりを持ってきたこの国のエネルギー政策がある。

○キュリー夫人とEVの関係

なぜフランスはEVに熱心なのか。その答えを導くには、半世紀近く前に世界を揺るがしたオイルショックの頃まで、時計の針を戻す必要がある。

それまでのフランスは多くの先進国同様、エネルギーを石油に頼っていた。日本よりも産油国の中東地域に近い地理的条件を考えれば、当然の判断だったと思う。なので、欧州初の高速鉄道として開発が進んでいたTGVも、当初は飛行機のジェットエンジンと基本的に同じガスタービンエンジンで走らせる計画だった。

そこに突如として勃発したのがオイルショック、つまり、第4次中東戦争に端を発した原油価格の大幅値上げと供給量の削減だった。北海油田を持つ英国や北欧諸国に大きな影響はなかったが、原油を輸入に頼っていたフランスは日本同様、大パニックになった。ここでフランスが選んだのが、原子力発電だった。

もともとフランスは、放射線研究の先進国である。放射線を発見し、1903年にノーベル賞を受賞したアントワーヌ・アンリ・ベクレルの名は放射線放出量の単位になったし、1903年のマリーとピエールのキュリー夫妻、1911年のキュリー夫人、1935年の長女イレーヌ・ジョリオ=キュリーと夫フレデリック・ジョリオによるノーベル賞は、いずれも放射線に関するものだ。

もちろん、放射線には負の側面もあることを、日本人は広島と長崎の原爆、福島第一原子力発電所爆発などでよく知っている。しかし、フランスが原子力を自分たちが産み育てたエネルギーだと感じ、積極的に利用しようと決めた判断は、尊重すべきものだ。

フランスは次々に原発の建設を進め、今では全発電量の7割以上を原子力で作りだしている。発電量に占める原子力の割合が世界で最も高い国だ。さらに、安定した発電量をいかして周辺国に電気を売るまでになった。エネルギー輸入国から輸出国へと転換したのである。

これにより、TGVは電車へと設計を変更。1981年に走り始めると、化石燃料に頼る国内の航空路線を置き換えるべく、路線を伸ばしていった。
○1990年代からEVシェアを模索

しかしながら、自動車のEV化は当時、あまり進まなかった。その頃はリチウムイオンなどの高性能バッテリーが存在しなかったことも、EV化を阻む要因となったはずだ。

それでも1990年代に入ると、地球環境対策もあって、ルノー「ルーテシア」(本国名:クリオ)、プジョー「106」、シトロエン「AX」などをベースとしたEVが少量作られ、官公庁や電力会社などで使われたほか、一部の都市ではカーシェアリングでの運用も始まった。今にして思えば、かなり先進的な取り組みである。

ちなみにプジョーは、やはりエネルギー危機だった第2次世界大戦中にもEVを作っている。「VLV」がそれで、現在の超小型モビリティに相当するスモールEVだった。私たちが想像する以上に豊富な経験の持ち主なのである。

そんなフレンチEVに転機が訪れたのは1999年だった。ルノーが日産自動車とアライアンスを組むと、多くの日本メーカーがハイブリッド車(HV)、フォルクスワーゲンに代表される欧州メーカーがクリーンディーゼルを環境対応車の主力とする中、EVを推進していくとアピールし始めたからだ。

日産が2010年に発表したEVの「リーフ」はその具現化だが、同じ時期にルノーは、以前から少量生産していた商用車版「カングー」のEVバージョンを量産仕様とし、「カングーZ.E.(ゼロ・エミッション)」として発表するとともに、超小型モビリティの「トゥイジー」、リーフよりもひとまわり小さなBセグメントの「ゾエ」などを相次いで送り出した。

主力となったのは、2012年に欧州で登場したゾエだ。当初、満充電での航続距離は210キロで当時のリーフと同等だったが、4年後のマイナーチェンジで300キロに伸ばすと、2019年のモデルチェンジでは390キロを達成した。こうした改良が評価され、2020年は欧州での年間販売台数が10万657台に達し、現地でのベストセラーEVになった。

この勢いを受けたルノーは2020年、小型車の「トゥインゴ」にもEVを設定。欧州でのEV最量販ブランドの地位を固めようとしている。
○フォーミュラEでも強さを発揮

一方、プジョーやシトロエンを擁するグループPSAは、2005年に三菱自動車工業と提携し、EVの量販を始めた。三菱からEV「i-MiEV」のOEM供給を受けて、プジョーが「iOn」(イオン)、シトロエンが「C-ZERO」として販売を始めたのだ。ちなみに、三菱自動車はその後、グループPSAとの関係を解消し、現在はルノー/日産とアライアンスを組んでいる。

シトロエン「ベルランゴ」の初代モデルにもEVの設定があった。こちらは「AX」などの経験をいかしたもので、双子車のプジョー「パートナー」(現在の「リフター」の前身)にもEVバージョンが登場した。

当時のPSAは、それ以外のクラスではクリーンディーゼルをメインとしていたが、フォルクスワーゲンのディーゼル不正が明るみに出ると、多くの欧州メーカー同様、電動化に力を入れ始める。その結果として生まれたのが、日本でも販売しているプジョー「e-208」や「e-2008」、「DS3クロスバック E-TENSE」などだ。

2014年秋からスタートしたEVによるF1「フォーミュラE」にもフランスは積極的に参戦している。しかも、初年度から3年連続でルノーがチームチャンピオンを獲得しており、近年はDSオートモビルと中国のレーシングチーム「テチーター」による「DSテチーター」が2年連続でドライバーとチームのダブルタイトルを達成している。EV経験の豊富さが成績に結びついているのだろう。
○小さなEVが多い理由

市販車に話を戻せば、フランス車のEVには小さいクルマが多い。

ルノーのEVは超小型モビリティのトゥイジーからBセグメントのゾエまでで、同じBセグメントの「ルーテシア」にはHV、同クラスのSUV「キャプチャー」にはプラグインハイブリッド車(PHV)を設定している。

グループPSAもこれに近く、日本でも販売しているe-208、e-2008、DS3クロスバック E-TENSEは全てBセグメントだが、2021年にも日本に導入予定といわれるCセグメントの「DS7クロスバック E-TENSE」はPHVになる。

小さなクルマは短距離移動が多い。よってバッテリー容量は少なく、充電時間も短くて済む。しかも、都市部では信号待ちがひんぱんなので加減速が多く、平均速度は低い。低回転で最も効率が高いモーターに向いている。

フランスは早くから、EVのこうした特徴を理解していた。だからこそ、官公庁向けやシェアリング用としてEVを展開する可能性を模索し、市販車についても都市内移動に主眼を置いた車種を送り出しているのだろう。

この国で生まれたEVは、時代の流れに合わせて急ごしらえで出てきた軽い存在ではない。半世紀近く前のオイルショックを契機に、エネルギーの自立を目指した結果の産物である。プロダクトとしての重みが違う。それが完成度の高さにつながっているのだろう。

森口将之 1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。 この著者の記事一覧はこちら(森口将之)