2021年01月30日 09:11 弁護士ドットコム
契約アナウンサーやフリーアナの大多数は、正社員の局アナと比較して、賃金・待遇で劣るだけでなく、制作サイドの意向で簡単に職を失う不安定な職業だ。
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特に女性アナは、「年齢と需要が反比例する」問題と向き合う必要がある。アナ個人がどれだけ長く働きたいと願っても、残酷なまでに淘汰されてしまう。
かといって、別の業界への転身を試みても、「原稿を読むアナのスキルは潰しがきかない」ことで、セカンドキャリアに失敗するケースも踏み出せないケースも少なくない。
自身が誰よりも不安定な「底辺アナ」だったからこそ、課題を解決すべく、「アナの制作会社」を作った女性がいる。(編集部・塚田賢慎)
東京・港区の「株式会社カタルチア」代表を務める髙橋絵理さん(31)は立命館大に在学中、全国のテレビ局の試験を100近く受け続け、ことごとく落ちた。
そこで、東京の事務所に所属し、フリーアナウンサーとなったが、当初は仕事がほとんどなく、アナの仕事の月収は10万円に満たなかったという。バイトに明け暮れ、ガス代を支払えずに、水風呂に入ったこともある。
局アナを経験していない自分には、キャリアもスキルもない。だから、食べられないんだ。
そのように考えることもあったが、同じ事務所にいた元局アナの先輩たちの多くが「地方では局の顔として活躍していたのに食えてない」ことに気づき、「私が問題じゃなくて、業界自体が食えないんだ」と気づいた。
「ピラミッドなんですよ。頂上にはキー局の有名アナ、その下には地方局アナや知名度のあるフリーアナ、契約アナウンサーがいます。さらにもっと下にいたのが私です。このピラミッドを這い上るのは無理だと気づきました。
すぐ上や隣を見ると、美人でスタイルも良くて、英国の大学を卒業しているから、日英2カ国語で仕事ができる人が当たり前にいる。そんな人もろくに仕事がない。私は日本語だって怪しいんですよ(笑)」
髙橋さんは、ピラミッドをのぼることをやめた。そのかわり、「アナウンサーによる映像制作会社」という新しいピラミッドを作ることを決めた。
「この業界全体の現状を社会的な問題としてとらえ、同じ境遇にいるアナウンサーを、救い、助けられる仕組みを作ろうと思いました」
2015年7月、設立されたのが「カタルチア」だ。語る人(=アナ)や企業を応援(=チア)したいという意味を込めた。
実はテレビに出ているアナウンサーは日々、原稿を読んでいるだけではない。特に地方局などでは記者業務、映像制作業務も手がけている。
「地方局アナは自分で取材して、撮影した映像にテロップをつけて、ナレーションを入れる。その上、その日の夕方にはテレビに出るんです。
映像を作る会社であれば、そんなアナの延長線上にあるスキルを使って、お金を稼げるんです」
同社には、アナウンサーを中心に、モデルやタレントなど約200人が登録している。
「アナウンサーとしての仕事でなければ、事務所にマージンを抜かれることもありません。制作の業務の稼ぎはそのまま彼女たちに支払えます。事務所に所属していても問題ありません。
女性だけでなく、男性もいますし、カメラマン、デザイナーもいます。様々なスキルを持った人たちが、そのスキルを生かして、経済的に安定することを目指しています」
クライアントから受注した仕事を、登録する彼らに割り振る。制作するのは、主にWEBのCMや店頭広告、セミナー映像などだ。取引先は一部上場企業をはじめ公的機関にまで及ぶ。
映像の絵コンテ・台本の制作から、撮影、編集、納品までアナウンサーがプロデュース・担当する。アナウンサーの視点での伝わりやすい映像製作が強みだ。
世に映像制作会社はあまたあるが、アナウンスまで含めて一括受注できるとなれば、競争相手は激減。コスト的にも優位に立てる。「アナウンサーによる映像制作会社」という独自の存在感を放っている。
ユニークなのは、登録者全員が営業マンであることだ。受注した仕事を、自分が担当しなくても、「紹介料」が入るシステムになっている。
「生々しい話ですが、フリーアナの佐藤さんが知り合いの社長とゴルフに行くとしましょう。
新商品のCMを作りたいと考えていることがわかったので、佐藤さんは、ナレーションで使ってくださいとお願いします。社長も『わかった。使うよ』と言うでしょう。
でも、社長が発注する相手はアナウンサーではなく、制作会社です。制作会社がキャスティング会社やアナウンサー事務所に声をかけて、そこからナレーションを担当する人が選ばれます。佐藤さんが使われることは、ほぼありません」
アナウンサーが個人で活動していると、仕事のチャンスは流れ去りやすい。しかし、アナが「私をナレーションで使ってください」ではなく、制作会社(カタルチア)を紹介するのであれば、仕事の受注率は大幅に上がる。
「事務所から案件が振られるのを待つのではなく自分で案件を作る。発想の転換です。
個人だったら、うまくいっても1人分の仕事しか生まれなかったのが、会社があれば、倍以上の人数の仕事が生まれます」
アナウンサー同士が助け合う。「アナウンサーの互助会」のような仕組みができた。
本業の仕事がないアナには、一時的な収入源となる。また、カタルチアを通して制作のスキルを磨くことで、セカンドキャリアを拓くこともできる。
「きれいごと抜きにして、40歳を超えた女性アナってほとんど必要とされない。どんどん仕事は減っていく。
しゃべる仕事しかできなくて、子どもがいたら、預かってもらえないと働けません。でも、映像編集なら在宅で働けます。妊娠・育児・病気などの事情でアナの仕事がダメになっても、コレがあるという後ろ盾になっていると思います」
アナがイメージ商売であることは事実だろう。華やかで、きれいな格好をして、苦労を見せてはいけないと思っている人も多い。しかし、ほとんどの人には仕事がない。
「アナは『大変なんです』『助けてください』と言えない子が多いんです。かわりに私が営業で『助けてください』と言います。“社会問題”の解決のために、この会社を立ち上げました。うちに仕事をくださいと。
映像制作会社が腐るほどあるなかで、ありがたいことに、コンセプトに共感して仕事をくださるお客様が多いです」
一方で葛藤がないわけでもない。
「不安定な子を救いたいと思いつつ、貧乏にさせてないか心配になります。200人全員に仕事を振り分けられるわけじゃありません。
隙間時間でできる2~3万円の仕事では、一瞬は潤っても、本質的には変わりません。
私は事務所に所属しながら、オーディションも仕事もダメでストレスでした。その『私が陥っていたアナの嫌なところ』の縮小版みたいなものじゃないですか。葛藤はあります。
今でも社長業をしながら、アナウンサーの仕事もしています。
アナウンサーとして生きていきたい人の気持ちは痛いほどわかります。辞めて就職したら楽だよとは思いません。アナウンサーが暮らしやすい社会になってほしいです」
【取材協力】高橋 絵理(たかはし えり)。香川県出身。高校生から司会の仕事を始める。立命館大学卒業後、2012年から東京の事務所に所属し、フリーアナウンサーとして活動。スカパー!「SPEEDチャンネル」などで中継を担当。2015年7月に株式会社カタルチアを設立。映像制作を軸に、企業のPR戦略を支える。