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「妊娠するなって言ったよね」校長から教師を辞めさせられました 20代女性受けたマタハラ

2021年01月28日 10:11  弁護士ドットコム

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弁護士ドットコムのLINEで、ユーザーに「職場の問題」を呼びかけたところ、多くの体験談が寄せられました。


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取材に協力してくれたのは、公立校で教師をしていた20代女性Aさんです。



「妊娠したら辞めてもらうからな」。校長らから伝えられていた言葉は、本当のものになってしまいました。



●「教員の流産」を校内で言いふらす校長

公立校の常勤講師(非正規雇用の教員)だったAさんは数年前、結婚を機に別の学校への異動を考えました。



なぜなら、校長や教頭には、妊娠・出産する女性教員への配慮が欠けていたからだといいます。



たとえば、育休中の女性教員が流産すると、それを言いふらしたこともあったそうです。



しかし、Aさんが異動を申し入れたところ、校長から「ここ以外にあなたを雇うところはない」「無職になる」と言って断られました。



Aさんによれば、教員の人事権は本来、教育委員会などにあるはずですが、現実的には、学校の校長が影響力を持つそうです。



そのため、校長に断られてしまった以上、不安を抱えながら、同じ学校で働き続けることになりました。



●耳を疑うマタハラの数々

校長は、結婚したAさんに、「子どもは作るな」「妊娠したら辞めてもらう。迷惑だ」などと伝えたそうです。



その後は、Aさんが妊娠したかどうか、周囲に聞き込みすることもあったようです。



しばらくして、Aさんは本当に妊娠。その結果、契約は更新されることなく、雇止めにあってしまいました。



「雇止めを言い渡された時、『妊娠するなって言ったよね』と校長に言われてしまったのでその場で抵抗も何もできませんでした」



●こんなのおかしい…でも誰も助けてくれない

妊娠理由の雇止めはおかしい。そう思って、県庁や労働基準監督署、労働局の総合労働相談コーナーにも相談を持ちかけましたが、「公立学校」と聞くと、「門前払い」で対応してくれなかったそうです。



夫婦は家庭の事情があって、居住地から引っ越すことができないそうです。



「私が泣き寝入りするしかなく、その後は妊娠したことを素直に喜べない自分に苦しみました。子どもを産んでからも、負の感情に苛まれる日々です」



雇止めを受け入れるしかないのか、岡田俊宏弁護士が解説します。



●非正規公務員の雇止めは、法的対応の選択肢が少ない

ーー労基署などでも門前払いだったそうです。公立校で働く常勤講師の労働問題は、Aさんが言うように「範疇外」なのでしょうか



民間労働者と公務員とでは、さまざまな点で違いがあります。例えば、民間労働者であれば、労働基準法違反等を取り締まるのは労基署です(労働基準法97条以下)。



これに対し、公務員の場合には、職種によっては、人事委員会(人事委員会を置かない地方公共団体の場合は地方公共団体の長)が監督機関となることがあります。



公立学校の教員の場合、監督機関は、労基署ではなく、人事委員会又は地方公共団体の長とされています(地方公務員法58条5項、労働基準法別表第12号参照)。



今回のご相談のケースですと、仮にAさんが民間労働者であれば、各地の労働局の総合労働相談コーナー(労基署に併設されています。)で相談を受け付けてくれます。また、今回の雇止めが男女雇用機会均等法9条で禁止されている「妊娠を理由とする不利益取扱い」に該当するとして、労働局の雇用環境・均等部(旧雇用均等室)に相談することも考えられます(均等法17条以下)。



しかし、総合労働相談コーナーでは、公務員の方の相談は、原則として取り扱っていません(個別労働関係紛争解決促進法22条参照)。また、公務員については、そもそも均等法9条が適用除外とされていますし、均等法違反についての雇用環境・均等部での相談等も適用除外とされています(同法32条)。したがって、Aさんは、上記のような方法をとることができません。



また、仮にAさんが民間労働者であれば、今回の雇止めが客観的合理性・社会的相当性を欠く雇止めであるとして、当該雇止めを労働審判や訴訟等で争うことも考えれます。有期労働契約については、期間満了により労働契約が終了することが原則ですが、労働契約法19条の要件をみたした場合には、有期労働契約の更新(労働契約の存続)が認められます。



しかし、公務員の場合、労働契約法19条も適用除外とされています(同法21条)。過去には、非正規公務員の方が、雇止めの違法性を争い、労働契約上の地位確認(勤務関係の存続)を求めて提訴した裁判例がいくつかありますが、いずれも敗訴しています。これらの裁判例を踏まえると、Aさんが訴訟によって勤務関係の存続を求めることは困難であると言わざるをえません。



他方、正規の公務員であれば、仮に妊娠を理由として免職処分を受ければ、人事委員会等に対する審査請求を行ったり、裁判所に取消訴訟を提起したりして、当該免職処分を取り消してもらう方法があります。しかし、非正規公務員の雇止めは、単なる期間満了であり、そもそも不利益処分ではないと解されているため、これらの方法も使えません。



このように、Aさんのような非正規公務員は、民間労働者と比べても、また、正規の公務員と比べても、極めて弱い立場におかれている現状があります。



●妊娠理由の雇止めさえ立証できれば、損害賠償の請求も

ーー公立校で働く常勤講師(有期契約の非正規教員)が妊娠を理由とした雇止めを受けた場合、どのように対応すればよいのでしょうか



考えられる手段としては、国家賠償法に基づき、損害賠償請求を求めて裁判所に提訴する方法があります。



最高裁は、非正規公務員について、「再び任用しなかったとしても、その権利ないし法的利益が侵害されたものと解する余地はない」としながらも、次のように判断しています。



「任命権者が……任用予定期間満了後も任用を続けることを確約ないし保障するなど、右期間満了後も任用が継続されると期待することが無理からぬものとみられる行為をしたというような特別の事情がある場合には、職員がそのような誤った期待を抱いたことによる損害につき、国家賠償法に基づく賠償を認める余地があり得る」【大阪大学(図書館事務補佐員)事件・最一小判平成6年7月14日労働判例655号14頁】。



実際、任用継続に対する期待が法的保護に値するものといえるとして、報酬1年分相当額の慰謝料を認容した事例もあります【中野区(非常勤保育士)事件・東京高判平成19年11月28日労働判例951号47頁】。



このように、損害賠償が認められるためのハードルも、現状では極めて高いものとなっています。もっとも、Aさんに対する雇止めが、妊娠を理由にした雇止めだと立証することができれば、任用継続に対する期待を違法に侵害したとして、損害賠償が認められる余地はあると思われます(併せて、マタハラ発言等について、職場環境配慮義務違反を主張することも考えられます。)。妊娠を理由とする雇止めは、地方公務員法13条(平等取扱原則)で禁止された性別による差別にも該当しうると考えられます。



●録音して証拠集め

ーー妊娠による雇止めを証明するため、どんな証拠が必要になるでしょうか



問題はどのように立証するかですが、録音などの客観的証拠が決定的に重要になります。今回のケースであれば、校長の日頃の発言(「子どもは作るな」「妊娠したら辞めてもらう」などの発言)を録音したものがあるとベストです。



録音がない場合には、職場の同僚などに証言をお願いすることもあり得ますが、現職のままで証言をすることは難しく、協力が得られない場合も多いです。



また、雇止めされた後に、雇止めの理由について書面を出してもらうことも考えられますが、「妊娠したから」などとはっきりと書くことは少なく、もっともらしい理由が書かれることも多いです。そういう点でも、日頃から録音をするなどして、証拠を集めておくことが重要だと思います。



また、訴訟等によらずに話し合いで解決をしている事案もありますので、公務員や教員を組織している労働組合に相談をしてみるのもよいと思います。諦めずに声をあげることが重要です。



なお、雇止めされる前であれば、校長のマタハラ発言等について、人事委員会・公平委員会に苦情相談(地方公務員法8条1項11号・2項3号参照)を行ったり、措置要求(地方公務員法46条参照)を行ったりすることも考えられます。



ーー相談者は、常勤講師の人事権は、本来は教育委員会にあるものの、現実的には校長が持っていると話しています。実際のところはどうなのでしょうか。また、正規の教員の人事を握るのは誰になるのでしょう



教員の任命権者は、教育委員会とされています(地方教育行政の組織及び運営に関する法律37条等)。この点は、正規と非正規とで変わりません。したがって、採用、異動、懲戒等の人事権限も、教育委員会にあり、校長にあるわけではありません。



もっとも、校長にも、所属教職員の進退に関する意見の申出の権限等があります(同法39条)。また、校務分掌の決定や勤務評定(一時評定)の作成も校長が行うことになります。実際、各学校において、絶対的な存在なのは校長だと思われます。



校長からのハラスメントの事案は多く、特に弱い立場にある非正規の教員は被害を受けやすいといえます。地域によっては、校長が事実上の人事権限をかなりの程度持っているところもあるようであり、このような場合、校長の意向に逆らうことは難しい状況にあるといえます。



●教員には不都合と戦う余裕がない

ーーその他、この問題について、先生からご意見があればお願いします



男女雇用均等法や育児介護休業法のマタハラ防止措置義務は、自治体職場にも適用されます(均等法11条の3、育介休法61条34項)。セクハラ防止措置義務やパワハラ防止措置義務も同様です(均等法11条、労働施策総合推進法30条の2)。したがって、任命権者としては、そもそも、Aさんのような被害者が出ないよう、各種のハラスメントを事前に防止する義務があります。



文科省通知「パワーハラスメントをはじめとする各種ハラスメントの防止に向けた対応について(通知)」(令和2年4月30日)でも、教育委員会に、各種ハラスメントを防止するために雇用管理上講ずべき措置等につき、実施に遺漏のないよう対応することが求められています。



しかし、自治体職場では、この点が未だに十分に認識されていない現状があります。労働者側としても、仲間の教職員と協力しながら、力を合わせて、ハラスメントのない職場を目指していくことが重要です。



もっとも、周知のとおり、教員は極めて多忙であり、そのような活動をする余裕もないのが実情かもしれません。そのため、長時間労働の是正等、教員の働き方全体を見直していくことも重要だと思います。




【取材協力弁護士】
岡田 俊宏(おかだ・としひろ)弁護士
1980年生まれ、栃木県出身。早稲田大法学部卒。2009年弁護士登録(東京弁護士会)。日本労働弁護団常任幹事(前事務局長)、東京弁護士会労働法制特別委員会委員(公務員労働法制研究部会部会長)。労働事件(民間・公務問わず)に注力。