2021年01月24日 09:31 弁護士ドットコム
2020年のベストセラー児童書『こども六法』をテーマにした漫画が、コミック誌『なかよし』(講談社)で11月からスタートし、話題となっている。
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タイトルは「まんが こども六法 開廷!こども裁判」。子どもたちが、まるで本物の裁判のような「こども裁判」を開くことのできる制度が導入され、ヒロインである小学6年生の女の子、結城未織(みおり)の通う小学校がモデル校に選ばれたことから、物語が始まる。
未織のクラスでは、同級生に「死んでくんない?」と悪口を言ってしまったり、友だちのアクセサリーを自分のものにしてしまったりといったトラブルが発生。未織たちはバーチャルの「こども裁判」で問題を解決していく。
実際に小学校で起きそうなトラブルばかりだが、法律という視点から見たときにどうなるのか、法の知識とともに丁寧に描かれているのが醍醐味だ。
この漫画を支えているのが、監修を担当する飯田亮真弁護士。『こども六法すごろく』の監修をつとめた縁もあり、「開廷!こども裁判」の舞台裏も支えている。そんな飯田弁護士に、子どもたちへの法教育の大切さを聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
「開廷!こども裁判」は、漫画家・伊藤みんごさんの作品で、原案は『こども六法』の著者・山崎聡一郎さんが手がけている。
ストーリーは、頑張り屋さんの未織と、「六法の知識がすべて頭に入っている」という天才少年で、こども裁判の相談員である藤間京介を中心に展開する。
連載がスタートした『なかよし』12月号(2020年11月発売)では、未織がクラスのリーダー格の女子からいじめられたことから「こども裁判」がはじまる。開廷されると、最新のVRで教室に法廷が出現する。
未織をいじめたとして、被告人となったリーダー格の女子に対して、検察役の京介が「みんなの前で『うざい』『死んでほしい』など悪口をいった」という「侮辱罪」(刑法231条)、そして「悪口によるストレスで未織の体調を崩させた」という「傷害罪」(刑法204条)の罪を指摘する。
「こども裁判」では、これらが事実である「証拠」として、未織が書いていた日記が提出されたり、被害者の「証人尋問」で未織が証言台に立ったりと、法廷の様子はかなり本格的に描かれる。
ドキドキする展開で、読者のこどもたちが法律に興味を持ってもらえるような漫画になっている。
飯田弁護士は、監修のポイントを次のように語る。
「弁護士としては、『法律的に正しいのはこうです』ということがたくさんあります。でも、そればかりを追求していくと、物語として面白くなくなります。また、実際の裁判とまったく同じにしても、お話のテンポが悪くなってしまいます。
物語としてデフォルメしても良い部分、弁護士としてこだわりたい部分。そのバランスをどうとるか。漫画だけれども、法律のプロが読んだら『おお!』と唸るみたいなところは狙っていまして、ディテールにはかなり気を配っています」
特にこだわりが伝わるのは、裁判のシーンだ。
「法廷では、きちんと冒頭に起訴状を朗読するシーンがあります。どういうことが、どのような罪に問われているのかということが示されて、それに対して被告人とされている子どもの言い分、罪状認否を聞くことになっています。
それから、第1話の未織が書いていた日記が証拠として提出されるシーンでは、検察官役の京介くんが『証拠品を提出します』といって証拠請求をおこない、裁判官が『採用します』と言ってから提出されます。何の手続きもなくポンポン証拠が出てきたりはしません」
『なかよし』1月号に掲載された第2話では、ある女子が、お気に入りのブレスレットを落としてしまう。どうも、別の女子が拾ってそのまま自分のものにしてしまったのではないかという疑惑が浮上する。そこで、「遺失物等横領」の罪に問われる裁判が開かれることになるが…。
「ここでも、検察役の京介くんが『ブレスレットの証拠画像を提出します』というと、裁判官が『採用します』と言います。ここは私がディテールにこだわっている部分で、刑事訴訟法を意識して、玄人も唸らせたいところですね(笑)」
一方、ストーリー展開のバランスを考え、あえてデフォルメしているシーンもある。
「ブレスレットの証拠画像について、『そもそも、このブレスレットは被告人のものだという証拠はあるのですか?』と弁護人が聞いています。
普通、検察官が裁判で請求する証拠は、事前に弁護人に開示されているはずです。だから、弁護人が法廷で初めて知るということはありえないのですが、ここは物語の面白さのためにこういう表現になっています。
このバランスをどうとるか、作者や編集者と相談しながらつくっています」
「こども裁判」は、判決がくだされ、罪が裁かれるだけでは終わらない。そこにも飯田弁護士の思いが込められている。
「特に序盤は刑事裁判がテーマになっていますが、『これは犯罪だから、やっちゃだめ』みたいな伝わり方にならないようにしたいと思っています。
たとえば第2話では、ブレスレットを落としてしまった女の子の気持ちや、拾った女の子がなぜ自分のものにしてしまったのかという背景事情も説明しています。
ただ法律で禁止されているからやってはだめというのではなく、ほかの人の持ち物を勝手に自分のものにしたら、持ち主の人が困るから法律で禁止されているんだよ、ということをわかってもらいたいと思っています。
『いじめは犯罪です』という言葉を最近、よく聞きます。でも、それでは『なぜいじめがダメなのか』という説明になっていない気がするんですよね。
だから、じゃあその行為はなぜ犯罪とされているのか、なぜ法律で禁止されているのかというところまで教えないと、『なぜいじめがダメなのか』という説明にならないです。
特にいじめの場合は、”無視する”といった『犯罪行為にならないいじめ』もありますから、『犯罪じゃないいじめは、なぜダメなんですか?』という問いに答えられないことにもなります。
原案の山崎さんも、最初のプロット段階から、『犯罪だからダメ』というところで終わらせないようにしよう、判決が出たあとの流れも大事にしようとおっしゃってくださったので、私も同じ思いですね」
飯田弁護士は、学生時代からものを教えることが大好きだったという。「塾講師のバイトに没頭しすぎて、大学を留年しました」と笑う。
「弁護士になってからも、子どもたちに教えることは続けたいと思って調べたところ、法教育というものがあると知りました。大阪弁護士会にも法教育委員会があると知り、弁護士登録と同時に参加して、以来ずっと取り組んでいます」
法務省によると、法教育とは「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎になっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育」をいう。
法教育委員会で、実際にどのような活動をしているのだろうか。
「大きく分けて3つあります。1つ目は、小学校から高校まで、弁護士が学校に出向く出張授業です。弁護士会が学校からの依頼を受けて実施するプログラムで、法律に関する授業をしたり、弁護士の仕事を紹介したりしています。
2つ目は、夏休みに中学生向けのジュニアロースクールというイベントを開き、契約交渉の体験授業や模擬投票の体験授業、模擬裁判の授業などをおこなっています。それから、3つ目は模擬裁判の指導ですね。毎年8月に日弁連が主催する高校生模擬裁判選手権があって、高校生たちは架空の事件を題材にして模擬裁判をおこないます。その支援を弁護士がしています」
法教育について語るとき、熱を帯びる飯田弁護士。しかし、2020年は新型コロナウイルスの感染拡大により、大阪弁護士会では多くのイベントが延期・中止となった。
飯田弁護士が携わっている小学生向けイベント「ほうりつのがっこう 2020」も、3月の開催予定だったが、中止された。
そこで、なんとか法教育を子どもたちに届けたいと考えて、「オンラインイベントをやりたい」とツイートしたところ、兵庫県弁護士会の松田昌明弁護士がすぐに賛同。「おそらく、全国初めてとなる法教育のオンライン授業」(飯田弁護士)が企画された。
タイトルは、「『こども六法」から学ぶリーガルマインド」になった。「テーマは刑罰の重さで、子どもたちには架空の窃盗事件に対して、被告人に執行猶予をつけますか、どうしますか、ということを考えてもらいました。みんな積極的に発言してくれて、とても楽しかったです」と手応えを語る。
「『withコロナ』の時代の、新しい法教育の方法として、これからもオンラインイベントは広がっていくのではないでしょうか」
こうした活動以外にも、飯田弁護士のフィールドは広がっている。2020年度からは神戸市教育委員会が独自に設けた「学校法務専門官(弁護士)」をつとめている。
神戸市では2019年、教員間のいじめ事件が発覚した。学校におけるコンプライアンスの徹底をはかるため、それまで1人だった学校法務専門官を一気に11人に増員した。
「私たちは、神戸市内の小中学校を訪問して、校長先生や教頭先生と話をして、学校運営に困りごとがないか、保護者とトラブルを抱えていないか、また、子どものいじめは起きていないかなどをヒアリングしています。
法的なアドバイスをするという点では、いわゆるスクールロイヤーに近いかもしれませんが、学校法務専門官の場合は、こちらから教育現場に乗り込んでいってますね」
たとえば、子どものいじめ問題が起きたときに「いじめ防止対策推進法」に照らし合わせてどう対応すればよいのか、学校側が悩むことは少なくない。
「学校側からは、『身近に弁護士さんに相談してもいいんだと思えることは、とてもありがたい』と言ってもらえました」
学校法務専門官の仕事は、法教育に直接関係するものではない。それでも、熱心に取り組むのはなぜなのか。
「やっぱり子どもが好きで、教育をより良くしたいという思いがあります。法教育に取り組んでいるのも、結局、それは子どもたちのためになるだろうと思っているからです。
学校法務専門官の仕事も、学校の先生たちが安心して教育に打ち込めるようになれば、それは結果的に子どもたちのためにもなるだろうと考えています。ですから、子どもの権利を大事にしていけるよう、学校を良くしていきたいです」
そして、飯田弁護士は法教育の重要性をあらためてこう語る。
「法教育とは、法律の知識を教えることだけではない、という言い方があります。
もちろん、法律を知識として教える教育も大事で、たとえば、最近だったら『ワークルール教育』など、働くにあたって労働基準法などの知識を知っておきましょうという活動もあります。
でも、それだけじゃなくて、その法律の背後にある価値観やものの考え方、原理原則をも教えましょう、というのが法教育です。労働基準法だったら、『じゃあ、なぜこの法律が必要なのですか?』『なぜそんな決まりになっているんですか?』ということまで、教えていかなければなりません。
子どもたちが大人になって、1人の市民として意思決定していくとき、たとえば政治や社会問題、身の回りに起きている問題に対して、自分で考えて行動できるようになってほしいと思っています。
そのためには、法律とはどういう考えに基づいて定められているのかということを、知っておくことが役立ちます」
国民の間でも割れている問題がある。たとえば死刑を廃止すべきかどうか。
「世の中、凶悪な犯罪事件が起きると、テレビや新聞の情報だけを元に、『死刑にしてしまえ』という世論がわっと出てきます。私が気になるのは、『本当にそれでいいのか』ということです。
死刑や刑罰は、なんのためにあるのか。なぜそれは犯罪とされているのか。適正な刑罰はどうやって決めるべきなのか。
そういうことを考えてほしいです。法制度の背後にある考え方を法教育で伝えたいと言うのは、そういう理由です。出てきた情報だけを見てすぐに『死刑!』と言ってしまうのではなく、もう一歩だけ引いて、視野を広く考えてほしいです。
もちろん、すぐに社会を変えることは到底できないので、法教育を通じて、何世代とかけて、変えていくしかないです。自分の孫やひ孫の時代には、世の中を少しでも良くできたらと思っています」
飯田弁護士のその一歩は、子どもたちに人気のコミック誌『なかよし』での挑戦かもしれない。今後は連載では、どのような「こども裁判」が開廷されるのだろうか。
「このあとは、民法や少年法も出てきます。楽しみにしていただければと思います!」
【飯田亮真弁護士略歴】
2004年3月、大阪星光学院高等学校卒業。2009年3月、京都大学法学部卒業。2012年3月、大阪大学大学院高等司法研究科修了、同年9月に司法試験合格。2013年12月弁護士登録し、2014年1月、弁護士法人梅ヶ枝中央法律事務所に入所する。2020年1月に独立してアレグロ法律事務所開設。2020年4月から神戸市教育委員会学校法務専門官をつとめる。大阪弁護士会の法教育委員会と子どもの権利委員会などにも参加。近畿弁護士会連合会でも法教育推進協議会に携わる。趣味はゴルフや3歳から18歳まで習っていたピアノ。野球観戦では阪神タイガースを応援している。