2021年01月23日 09:41 弁護士ドットコム
『アラサーちゃん』で知られる漫画家、峰なゆかさんの新刊『AV女優ちゃん』(扶桑社)が昨年12月に発売された。
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峰さんは2014年にも、AV業界で起きた出来事を描いた『セクシー女優ちゃん ギリギリモザイク』(双葉社)を発表しているが、今回は自分自身の体験やエピソードをまじえながら、より赤裸々な内容となっている。
そんな峰さんは「AV出演というと、多くの人は『自分とはまったく無縁の遠い世界の出来事』と思っていると思うのですが、そんなことはない。自己肯定感が低かったり、セルフネグレクト(通常の生活を維持する気力を失い、自分の健康、安全が損なわれてしまう状態。汚部屋、ゴミ屋敷、ひいては孤独死の原因となるとも言われている)の傾向が強い女の人が、断るのが面倒くさくて流されているうちにいつのまにかAVに出演することになってしまったというケースは意外と多いんです」と話す。
なぜ自分自身に無関心であることが「AV出演」につながってしまうのか。峰さんに聞いた。(ライター・玖保樹鈴)
――『セクシー女優ちゃん』でもAV業界をテーマにしていますが、『AV女優ちゃん』との違いは何でしょうか
峰さん:『セクシー女優ちゃん』は、男性向け雑誌(「EX大衆」双葉社)の連載だったので、とにかく男性が読んでも傷つかない表現を選んでいました。言ってみれば、AV業界の上澄みの部分だけを描いていたんです。
でも、AV業界のことをボカさないで描きたいという気持ちがありました。
『AV女優ちゃん』を連載している雑誌「週刊SPA!」(扶桑社)も、男性の読者が多いけれど、同じく連載していた『アラサーちゃん』の読者は女性が少なくなかったので、男性向け、女性向けということは意識せずに、AV業界のことを描いています。
――作中では、「AV女優のサイン会ではディープオタクが集合することによって、会場内は体臭・口臭がヤバいことになる」など、ストレートな表現が多いですね。
峰さん:だって、本当にあったことでしたから(笑)。友人の中に、女性アイドルオタクがいるんですけど、ライブ会場が臭すぎて「アイドルのことは好きだけど、もう行けない」と言っていました。
オタクが集まりやすいサイン会、イベントって、服が臭くならないよう保つという能力もないという、ある意味での社会的弱者の居場所として機能している部分があるんですけど、オタクの中でもアイドルのライブ会場に来る層よりもAV女優のサイン会に来る層のほうがディープなんですよね。
――中学時代のあだ名が「ゴリ」「ゲソ」「ドブ」で、岐阜の田舎町から東京に来て、痴漢に遭ったことで、「女としての価値がある」と思ってしまったという過去も、赤裸々に明かしていますね。絶対にそんなことはないと思うのですが、「性的に求められる=モテる」という錯覚はたしかに存在します。
峰さん:あの痴漢のエピソードは、「うっ、中学生時代のわたし、かわいそう」と思いながら描いていましたね。
「週刊SPA!」に掲載されたとき、編集部が「痴漢は犯罪です」という注釈を入れたんですよ。わざわざそんな注釈入れる必要あるの?って最初は思ったんですけど、たしかに「痴漢は(女性としての性的な)自信をつけるから、女性に感謝されるのか!」と勘違いしたりする、認知のゆがんだ人もいるんですよね。だから、今は編集部の判断は正しかったのかな、と思っています。
――高校時代のエピソードでも、はっきり「底辺女子校」と描いていますね。90年代の岐阜の田舎町では、勉強ができないヤリマンっぽいのが、本当に「スクールカースト」の上位だったのですか。
峰さん:田舎では、成績が悪いことがステイタスでした。上京して、成績がいいほうがモテるというのには驚愕しましたね。アルファベットの小文字の「p」と「q」の見分けがつかない子が作中に出てくるんですけれど、偏差値の低い学校だったので、本当にいたんですよ。
勉強を教えても理解できないし、しようという気もない。そういう人たちって、当たり前に勉強して当たり前に進学するような人生を送ってきた人には見えない存在かもしれません。自分からAVの世界に飛び込んだり、偏差値30の高校にわざわざ入ってみるとかしないと。でも、わたしはそういう人たちが近くにいる環境で過ごしてきたし、興味もすごくあった。
見えないことにされている彼・彼女たちを描きたいという気持ちがあったから、『AV女優ちゃん』が生まれたのだと思います。
――峰さんの現役AV女優時代のエピソードもいろいろありますが、サンマを挿入しようとしたり、渋谷の雑踏で「わたしとセックスしてください」と知らない人を逆ナンパしたりと、めちゃくちゃ奮闘されていたんですね。
峰さん:だって、わたしががんばらないと、DVDができないじゃないですか。
――撮影の直前に、逃げ出す人もいると聞いたことがあります。
峰さん:むしろ逃げるほうが強い意志が必要だから、大変なんですよ……。
そもそも、地方から東京にやって来て、友だちや恋人もいなくて、多忙や貧困のせいでセルフネグレト気味になっている孤立した若い女性の中には、いつの間にかAVに出てしまう人って実は結構いると思うんです。
たまたま街でスカウトされたときに、強引なスカウトの誘いを断るには、気力が必要だから、それができない、したくない人には断ることができない。断るほうがめんどくさくて、だらだら出ることになってしまう女性が本当にいるんです。
風俗だったら、起きて化粧してお店に出勤しないとならないけれど、AVは撮影日にマネージャーが家まで来て、パジャマのままでも現場に連れて行ってくれて、到着するとメイクしてくれて、男優が現れるわけじゃないですか。自分から動かなくても、周りがすべてお膳立てしてくれる。
東京で孤立していておカネもなくてセルフネグレクト状態になっている女性は、大げさではなく普通にAV業界に足を踏み入れる可能性があると思いますよ。
――それは東京という、地域限定の話ですか?
峰さん:同じような生活環境の女性は人間は全国に一定数いると思いますが、地方にいたら、道を歩いていてAVにスカウトされるなんてことはほぼないですからね。でも、東京はスカウトマンがあちこちにいて、彼らはくどきやすい子を見抜いて手練手管で何度も何度もスカウトしてくるので、断るのはすごく大変なんです。
あと、なんていうか、田舎者にとって、東京って「フィクション」なんですよ。「アルタ前って本当にあったんだ。セットじゃなかったんだ!」みたいな。だから逆に、東京に出てきたばかりのころに、スカウトから「エッチな水着でDVD出演なんて、普通のことだよ」って言われたら、「あっ、東京では普通のことなんだ」みたいな感じになってしまう子がいるんですよ。笑っちゃうかもしれないけど、本当にそうなんです。地元だったら、自分の生活と地続きのリアルな場所で「エッチな水着でDVD出ようよ」と言われても「いやないでしょ」って思えるけれど。
もし自分が東京出身だったら、わたしはAVに出ていなかったと思います。誰かしらつながりのある人が近くにいると、思いとどまると思うんですけど、地方から出てくると友だちゼロの状態から始めないとならない。スカウトする側もそういう子を見抜いて声をかけるし、彼らが言っていることを聞いて、相談できる人もいなくて「ああ、これが普通なんだ」と思ってしまうのはあるあるだと思います。
――彼氏のために日夜必死で働いているのに、「CDデビューしないか」と言われて山奥に連れていかれて、気づいたらAVに出演させられてしまった。そんな「爆乳ちゃん」のエピソードは衝撃的でした。2016年に社会問題となった「AV出演強要」の被害者から、これに近い話を聞いたことがあります。
峰さん:あれは普通に生活していた女性が、AV女優になるパターンの「一番あるある」を描いたつもりなんです。だから、読んだ人たちから「重い」「きつい」「つらい」というリアクションが返ってきたときは「え? これはかなりマシなほうだぜ」と思いました。
――その世界の当事者だからこそ描ける話だと思いますが、当事者でない人間としてはギョッとしました。
峰さん:小文字の「p」と「q」の見分けがつかなかった同級生たちと同じ感覚で、爆乳ちゃんのことを描いただけなんです。あのエピソードは明確な「出演強要」だとは思っていなかったけれど、実情を知らない人はギョッとするかもしれませんね。リアルに起きたことをそのまま描いているだけなんです。
――巻末には、田嶋陽子さん(女性学研究者、元参院議員)との対談も収録されています。だからこの作品は「フェミニズム的な視点で読むこともできるのでは?」という声もあります。
峰さん:実は、『AV女優ちゃん』では、フェミニズムという観点から見たらあまり正しくないことも描こうと思っているんですよ。というのは、最近のフェミニズムの傾向として「若者の性教育をしっかりしないのが、大きな問題だ」という声がありますが、いくら教育をしても、そこからこぼれ落ちる人はいます。
「p」と「q」が違うってことを何回教えてもわからないような人には、性教育をしっかっりしたとしても伝わらないと思うんです。彼らのコミュニティにおける「ヤリマンのほうがイケてる」という事実のほうが、そのコミュニティで生きていくうえでは重要だし、真実だから、「性教育をすればセックスにおける男女不平等が解決する」とは思えなくて。
大ざっぱに分けたら、わたしもフェミニスト寄りの人間ではあると思いますが、「フェミニズム的にはこれは正しい」と言われているものの中に「それは嘘じゃね?」って思うものもあります。だから『AV女優ちゃん』ではそういうものひとつひとつに「嘘じゃね?」とツッコミを入れていくつもりなので、よろしくお願いします。
――SNS上で「中高生に教科書として配りたい」という感想も目にしました。
峰さん:ダメです! それはダメですよ(笑)。