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地方競馬に激震、騎手ら「内部情報」で馬券購入疑い…競馬ファンの弁護士はどう見る?

2021年01月23日 09:31  弁護士ドットコム

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地方競馬の笠松競馬(岐阜県笠松町)の騎手や調教師、その親族など、約20人が名古屋国税局の税務調査で計3億円を超える所得隠しを指摘されたことが報じられ、開催予定のレースが中止となるなど、波紋が広がっている。


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報道によると、騎手や調教師のグループ内で「人気馬だが今回は脚が痛い」「出走予定だが鼻血がでている」などと共有し、その内部情報をもとに他人名義の銀行口座で馬券を購入して得た利益を隠したり、競走馬の売却益を除外するなどした疑いがでてきたという。



競馬法は、地方競馬の調教師や騎手が、すべての地方競馬の馬券を買うことを禁じている。笠松競馬をめぐっては2020年6月、所属の調教師1人と騎手3人が同法違反(馬券購入)容疑で岐阜県警の家宅捜索と事情聴取を受けていた。



この4人は調教師・騎手の免許が更新されず、同年8月に引退扱いとなったが、そのほかの関係者も内部情報を悪用して利益を得ていた疑いが出てきているようだ。所得隠しについては、いずれもすでに修正申告したとみられるという。



調教師や騎手などが禁止されている馬券購入をした場合、どのような法的責任を負うことになるのか。「今回の報道などを見たファンが競馬から離れていったら、競馬業界にとって物凄く大きな損失だ」。こう語る競馬ファンの奥山倫行弁護士に聞いた。



●「今回の事件は氷山の一角では」という疑念

——レースが中止になるなど大きな影響が出ています。



脱税が許されないのはもちろんですが、競馬ファンとして気になるのは、騎手や調教師のグループが内部情報を共有し、他人名義の銀行口座を利用して馬券を購入していた点です。



——調教師や騎手の馬券購入はどのように規制されているのでしょうか。



一般的には馴染みのない法律ですが、「競馬法」という法律があって、地方競馬の調教師、騎手、競走馬の飼養または調教を補助する人(厩務員)は、地方競馬の馬券を購入することができないとされています(競馬法29条8号)。



違反すると、刑事罰として100万円以下の罰金を科せられたり(競馬法33条第1号)、行政処分として調教師や騎手の免許を取り消されたり(同法施行規則45条6項・25条3号、22条3号)、競馬への関与停止等(同法施行令17条の4、同令第10条、その他各地方競馬に関する条例や規則)の処分が課せられます。



——馬券購入はなぜ禁止されているのでしょうか。



「競馬の公正」を維持するためです。



つまり、調教師や騎手や厩務員は、馬券の購入判断に影響をおよぼす事象について、その発生に自ら関与したり、容易に接近し得る特別な立場にあるので、馬券を購入できてしまうと、競走の結果に疑義が生じ、競馬の公正に対する社会の信頼を害することになるからです。



——過去に違反事例はありますか。



最近の事例だけでも、2015年に帯広市のばんえい競馬の騎手や厩務員など、2016年に兵庫県の園田競馬場の厩務員、2019年に岩手県の水沢競馬場の厩務員、2020年に高知競馬場の厩務員——による競馬法29条8号違反の事件が報道されています。



当然のことながら、今回の騎手や調教師のグループも、競馬法で、地方競馬の馬券購入が禁止されていることは知っているはずで、これらの事例も目にしていたと思います。



そのような状況下で、他人名義の銀行口座を利用するなどして意図的に規制を回避し、脱法的に馬券を購入していたとなれば、そのようなことは日常的に繰り返されていて、今回の事件は「氷山の一角」に過ぎないのではないかといった疑念も出てくるでしょう。



——馬券購入の規制は、騎手や調教師の親族など、必ずしも競馬に直接関わっていない人にもおよぶのでしょうか。



この点については、競馬法32条の4の規定が問題になります。



騎手、調教師または競走馬の飼養若しくは調教を補助する者が、自己が関与する競走に関して、出走予定の競走馬の体調や勝敗の予想を提供して現金等の経済的利益の供与を受けることは、競馬法32条の2で禁止され、罰金等も科せられます。経済的利益を供与した側も競馬法32条の4により罰金等が科せられます。



このように、法律上、騎手や調教師の親族などが馬券を購入すること自体は規制されていませんが、これらの立場の方が、騎手や調教師に経済的利益を供与したり、その申込もしくは約束した場合には、競馬法32条の4の規定によって処罰される可能性があります。



●実績と伝統を兼ね備えた「笠松競馬」、信頼回復に全力を

——競馬ファンとして、今回の事態についてどのように感じましたか。



競馬の予想をしているときに、インサイダー情報がほしいと思ったことは、一度や二度ではありません。競馬場で、誰かから「今日のレース。インサイダー情報、あるよー」と囁かれてしまうと、振り返ってしまう自分もいます。



でも、一部の者によるインサイダー情報を利用した競馬が横行してしまうと、競馬の仕組み自体が成り立たなくなるので、このような話には関わらないようにしています。



競馬の楽しみ方は人それぞれだと思いますが、血統や過去の戦績、ジョッキーや厩舎、当日の体調や仕上がり具合、ほかの出走馬との相性、馬場のコンディションなどからその日の展開を予想して馬券を購入する人は多いと思います。



各自の予想にしたがって馬券を購入し、勝つこともあれば、負けることもあると思います。私の場合には、負けて悔しい思いをすることがほとんどですが、それでも毎回納得しています。



どうして納得しているかというと、ズルイことをしていないし、ほかの人もしていないだろうといった大前提があるからです。でも、もし一部の人によってズルイことがおこなわれているのであれば、途端に興ざめして、負けても納得できなくなると思います。競馬ファンも辞めて、もう馬券も買わなくなるかもしれません。



ひょっとしたら、今回の報道を見て、一部の競馬ファンはすでに辞めてしまったかもしれません。このように、ファンの信頼を失うこと自体、競馬業界にとってものすごく大きな損失だと思います。



——「ファンあっての競馬」ということですね。



そもそも、笠松競馬場といえば、オグリキャップをはじめ多くの名馬や名騎手を輩出してきた実績と伝統を兼ね備えた素晴らしい競馬場です。最近は不祥事の報道ばかりが目立ち、報道を見るたびに寂しい気持ちになります。



競馬の世界に限りませんが、今の世の中はコンプライアンスを無視した企業や団体が存続し、発展していくことは難しい時代です。実際に今回の報道で、笠松競馬を廃止したほうが良いとの意見も耳にしました。



良い想い出もあれば、悪い想い出もあると思いますが、笠松競馬の名前を聞くだけで、たくさんの名勝負や、名馬の雄姿を想い浮かべる人も多いのではないでしょうか。



多くのファンがいる笠松競馬なので、ぜひ今回のケースを契機として、徹底した原因究明と再発防止策を講じていただき、世間からの信頼を取り戻していってほしいと願っています。




【取材協力弁護士】
奥山 倫行(おくやま・のりゆき)弁護士
慶應義塾大学大学院卒業。司法修習第55期。札幌弁護士会所属。TMI総合法律事務所退所後、2007年4月に札幌にてアンビシャス総合法律事務所を開設し現在に至る。
事務所名:アンビシャス総合法律事務所
事務所URL:http://ambitious.gr.jp/index.html