2021年01月17日 09:01 リアルサウンド
KADOKAWAの富士見L文庫は、2014年に創刊された「大人のためのキャラクター小説」を謳うレーベルだ。主要読者である女性のツボを押さえたラインナップや、端正な人物造形や構図でまとめられたイラストが飾るカバーは、物語好きの心をくすぐる。
そんな富士見L文庫のラインナップの中で、吉岡梅の『探偵はサウナで謎をととのえる』の装丁は、一風変わったインパクトを残す。なにせカバーに鎮座するのは、サウナで汗を流す腰タオル姿の中高年男性2人(おまけに1人は恰幅のよい老人)。“ととのった”カバーイラストが多い同レーベルの作品としては、異色のたたずまいといえよう。
小説投稿サイト「カクヨム」の「オーバー30歳主人公コンテスト」特別賞を受賞して刊行された本作は、60歳の元刑事と現役刑事である義理の息子が繰り広げる、ユニークなサウナ×謎解き物語なのである。
近年はサウナの人気が高まり、サウナブームを牽引した作品の一つであるタナカカツキの『サ道』も、2019年にテレビドラマ化されて人気を博した。そのタナカが帯に推薦を寄せ、「最高にととのってる探偵誕生!」と太鼓判を押すように、本作は従来のレーベル読者のみならず、ミステリやサウナ好きの男性にも刺さる要素が満載となっている。今回はそんな『探偵はサウナで謎をととのえる』を取り上げ、魅力を解きほぐしてみたい。
静岡県警に勤める水田龍二の上司で、義父でもある櫓竜太郎は、敏腕刑事としてその名を馳せていた。だが定年退職した竜太郎は、「龍二君、私は安楽椅子探偵というのをやってみたいんだよ。こう、座って聞くだけで事件解決というやつ。あれね」と、アンティークの椅子にパイプまで買い揃えて探偵を気取り出す。
推理をしたい義父にせがまれ、龍二はすでに解決済みの毒殺事件の概要を語ってみた。竜太郎は「謎は全て解けた」とドヤ顔で自説を披露するが、その解答は的外れなものばかり。“スジ読みの櫓竜”という通り名で知られた名刑事もすっかり錆びつき、今や単なる冷え性の気のいいお爺ちゃんと化していたのである。
気まずさを誤魔化すように竜太郎は龍二を誘い、温浴施設のサウナへと連れ出した。そしてサウナ初心者の龍二に醍醐味を説きながら、サウナ雑学を語る。やがて身体が温まった竜太郎は「ととのいました」と覚醒し、先ほどまでのポンコツぶりが嘘のように、事件の犯人と真相を鮮やかに解き明かすのだった。かくして誕生したサウナ限定名探偵・櫓竜太郎は、龍二がかかわる事件の数々を、デッキチェアの上で華麗に解決する――。
竜太郎のチャーミングな人物造形や、龍二との軽妙な会話が楽しい『探偵はサウナで謎をととのえる』は、キャラクター小説としての面白さに加え、サウナ愛ほとばしる謎解き要素にも唸らされる。「すべての事件の答えは、サウナが教えてくれる」と竜太郎が言うように、本書に登場する6つの事件のトリックはサウナの性質と結びつけられ、おまけに雑談にみえたサウナ蘊蓄の中に事件を解くヒントが織り込まれているのだ。
毒殺、溺死、撲殺、動画撮影、ダイイングメッセージ、出頭した容疑者が複数人とバラエティに富んだ事件の真相が、サウナの力を借りて解き明かされていく。ミステリ的には王道のトリックをいかにサウナに接続するかという発想に、作者の手腕が光る。
そして本書の主役といっても過言ではないサウナの描写にも、作者のこだわりが垣間見える。作中で2人は様々なサウナに出かけているが、すべて静岡に実在する施設がモデルとなっている。ローカルなサウナ情報が満載で、読むとサウナに行きたくなる一冊だ。ちなみに6セット目(本書ではサウナになぞらえて章がセットと記される)の「サウナ探偵の巡礼」のモデルは、サウナ好きの聖地として知られる「サウナしきじ」。日本一といわれる水風呂を、いつか体験してみたい。
主人公の龍二はサウナ初心者という設定で、そんな彼が少しずつサウナの世界に足を踏み入れ、その魅力に目覚めていく。当初は苦手意識があったサウナで汗をかく気持ちよさを知り、その次は冷たくて入れなかった水風呂を克服し、やがて「サウナに来たのに水風呂に入らないのは、人生の半分を損している」という境地に至る。そう、サウナとはサウナ・水風呂・休息までがセットになっており、これを繰り返すことで体が“ととのっていく”のだ。竜太郎が語るサウナ施設の紹介やサウナの効能、そして数々の薀蓄にも厚みがあり、サウナ豆知識小説としてもすこぶる面白い。
物語は竜太郎と龍二を中心に進むが、登場場面の少ない人物も印象に残り、作者のキャラクター作りの上手さに舌を巻いた。警察側にはアイドル好きの部下中山や、学生服を着るのが趣味という望月など濃いメンツが揃っており、彼らのさらなる活躍を期待したくなる。そして物語には直接登場しない娘の江美(龍二にとっては妻)も絶妙な存在感を放ち、竜太郎がたびたび無駄遣いをして龍二が共犯者となり、やがて江美にバレて怒られるというお約束の展開が微笑ましい。
はじめに「謎は全て解けた」と珍説を繰り広げ、その後サウナに入り、「ととのいました」と鮮やかに事件を解決する。独特のコミカルな作風と、謎解きにおける様式美がクセになり、一度読み始めるとページをめくる指が止まらない。寒さが身に染みる冬の日が続くが、そんな時こそ『探偵はサウナで謎をととのえる』をおすすめしたい。タオル一丁のデッキチェア安楽椅子探偵が次はどんな謎に挑むのか、シリーズ化が待ち遠しい。
■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター、書評家。出版文化を中心に取材や調査・執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』、編著に『大人だって読みたい!少女小説ガイド』など。Twitter:@k_saga
■書籍情報
探偵はサウナで謎をととのえる(富士見L文庫)
著者:吉岡梅
イラスト:しわすだ
出版社:KADOKAWA
出版社サイト