2021年01月16日 09:41 弁護士ドットコム
さまざまな業界で進む「働き方改革」。対応は報道する側のメディア業界にも求められている。
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元テレビ朝日プロデューサーで、現在はフリーランスとして活動する鎮目博道さんによると、実際にテレビ業界も働き方改革に取り組んでいるという。
ただ、コンテンツ量自体は増加傾向にある。結果として、負担が減る人がいる一方、そのしわ寄せで、労働環境が悪化した人もいるという。鎮目さんに寄稿してもらった。
「忙しい」「超ブラック」というイメージが強いテレビ制作の仕事。「テレビ業界で果たして働き方改革は進んでいるのか」というテーマについて一言で結論を言うとすれば「一部で働き方改革は進んでいます。しかし、そのことが他の大部分の働き方をさらに過酷なものにしています」というのが正しいのではないでしょうか。
別の角度から言うと、働き方改革が進んだのは、番組上層部と下層部にいる人間だけで、中間層の「実際に一番仕事をしなければならない」実働部隊は逆に仕事量が増えて、さらに厳しい勤務実態になっています。
しかもその増えた労働量は、把握されず地下に潜ってしまっていて、いわば「構造的に勤務時間が把握されず、自発的にサービス残業を増やさざるを得ない」という酷い状況になってしまっているのです。
この問題を理解するには、まず業界の仕組みを理解することが必要です。
テレビ業界はご存知の通り、圧倒的に立場の強いテレビ局と、そこから番組制作を受注する、いわば下請けの番組制作会社。さらにはその番組制作会社から仕事をもらう孫請け的立場の人材派遣会社やフリーランスとで成り立っています。
そして、番組制作現場のピラミッドの頂点にいるのはテレビ局のプロデューサー(局P)などの制作責任者です。彼らは制作会社が納品した番組のクオリティーチェックを行うとともに、番組制作全般について指導監督を行います。
番組スタッフの「働き方」についても、管理はしませんが注文はつけます。「スタッフにあまり残業をさせないように。特にADの過酷な労働環境は世間的にも問題になっているので、あまりこき使わず、ちゃんと毎日家に帰らせるように」などと番組制作会社の責任者である制作プロデューサー(制作P)に指示するのです。
では、テレビ局から番組制作を受注した番組制作会社は、どのような人員で番組を作っているのでしょうか。
制作現場の責任者である制作Pはだいたい番組制作会社の正社員である場合が多いです。
この制作Pの業務を補佐するアシスタント・プロデューサー(AP)は制作会社の正社員である場合も、契約社員やフリーランスである場合もあります。彼らは制作現場の全体的な管理・統括を行なっています。
そして、彼らの指示のもと、ロケに行ったり、撮影・編集をしたりして番組を作るのがディレクター(D)たちです。彼らは場合によっては制作会社の社員であることもありますが、最近では予算削減や人員不足などの理由で、フリーランスだったり契約社員だったりすることも多いです。彼らは「番組一本完成させたらいくら」という形で仕事を請負い、報酬をもらっています。
さらに番組には、制作PやAP、Dたちの指示を受けてあらゆる雑務をこなすアシスタント・ディレクター(AD)がいます。そして彼らの一部は制作会社の正社員ですが、最近ではAD専門の派遣会社から派遣される場合がとても多くなっています。
さて、局Pから「番組スタッフの働き方改革を進めるように」と言われた制作Pはどうするでしょうか。まずは、ADの業務をできるだけ軽くするのです。
なぜならADは派遣会社から派遣されていますから、勤務時間の管理はきちんとしないと問題になりますし、最近の若いADたちは厳しくするとすぐに辞めてしまうからです。ADに辞められては番組制作に支障が出てしまいますし、代わりのADもなかなか見つかりません。
そうすると、本来ADがやっていた雑務を制作PやAP、Dたちが肩代わりすることになります。特に契約社員だったりフリーだったりするDやA Pは立場も弱いですし、勤務管理もされていない場合が多いです。
「番組一本いくら」で受注しているので、その責任もありますし、次の仕事をもらうためにも納期までになんとしても良いクオリティーのものを完成させなければなりません。
彼らは寝る時間を削って働くことになります。また、Dは最近では自分のパソコンで、家で編集できてしまいますから、納期に間に合わすため仕事を家に持ち帰って延々とやることになってしまいます。こうなるとまったく勤務時間は把握できません。
このように番組制作の現場では、ADのみが若干働き方改革が進んでいて、番組制作会社の正社員や契約社員またはフリーである制作P・AP・Dはむしろ労働環境は悪化しているのが実態なのです。
ではテレビ局の局員たちはどうでしょうか。実は彼らの大部分については働き方改革が進んでいます。
先ほど話に出た「局P」を含む制作部門の上層部や、非現場などの人たちは、以前に比べれば休みを取れるようになっていますし、残業時間も厳密に管理されて、長時間残業が続けば部署異動などが行われ、健康を保てるようになりました。
しかし、制作部門の若手たちについては、それほど働き方改革は進んでいないというのが私の実感です。実は制作現場の若手たちの中には、自分の労働時間を誤魔化して少なめに申告している人間も多いのです。かつての私もそうでした。
テレビ局は自社でも番組を制作しています。制作部門は、やらなければならない業務も多く、非常に多忙です。長時間残業をしないと回らないほどの業務量がありますが、長時間残業をしてしまうと非現場に異動させられてしまいます。
テレビ局に入ってくる人は、基本的には制作現場の仕事がしたい人ばかりですから、社内には「誰が制作部門に行けるか」という激しい競争があります。ですから若手の中には「制作部門に居続けるために」勤務時間をごまかしている人も多いのです。
テレビ局員たちの働き方改革が進むことによって、そのしわ寄せが番組制作会社などの制作現場のスタッフたちにくるという皮肉な実態も発生しています。
番組は通常、例えばロケや収録現場に局Pが立ち会ったり、編集の過程で何度も局Pなどによる試写やチェックが行われたりして制作されていきますが、局員である局Pの働き方改革によって、「この日は局Pが休まなければならない」などということが発生して、そのスケジュールに合わせるために制作スケジュールがよりタイトになってしまうのです。
いわば「そもそも恵まれている局員を休ませるために、立場の弱い制作現場のスタッフたちの労働条件がより過酷になっている」という、かなりおかしな状況になってしまっているのです。
近年「若者を中心としたテレビ離れ」が言われる中、テレビ業界は厳しさを増しています。しかし放送時間は短くならないばかりか、マルチメディア展開、ネット展開などで制作する番組やコンテンツの数はむしろ増えています。
少し考えてみればすぐ分かることです。業務量が増えているのに、制作予算は削減され、それを制作するスタッフの数も減ってしまっているとすれば、一人当たりの労働時間が減るはずはありません。
そんな中で、テレビ局の局員だけ働き方改革を進めれば、そのしわ寄せは必ずや弱い立場の人たちに来るのです。そしてそんなことを続けていれば、早晩テレビ業界自体が成り立っていかなくなるのは自明の理です。
今こそ、業界全体の構造を改善し、テレビ業界内部での労働条件の格差を思い切って改善すべき時なのではないでしょうか。
【鎮目博道(しずめ・ひろみち)氏プロフィール】
プロデューサー・演出・ライター。上智大学非常勤講師。92年テレビ朝日入社。社会部記者の後、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサー。ABEMAサービス立ち上げにも参画。2019年独立。近著に『アクセス、登録が劇的に増える!「動画制作」プロの仕掛け52』(日本実業出版社)