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将棋ファンにとって悪手か…厳しすぎる「王将戦」ガイドラインに見え隠れする「新聞社」の危機感

2021年01月09日 08:41  弁護士ドットコム

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将棋界の一年を占う年初のタイトル戦を前に、ファンの間でとまどいが広がっている。


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「王将戦」(主催:スポーツニッポン新聞社・毎日新聞社)の第1局が1月10日、11日開催されるが、今回は『盤外』からも目を離せない。その理由は昨年12月に日本将棋連盟のホームページ上で公開された「王将戦における棋譜利用ガイドライン」にある。



王将戦ガイドラインでは、個人や家庭内などの「私的利用」以外の棋譜利用すべてで申請を必要とし、SNSでの棋譜利用は「私的利用」に当たらないとするなどの内容が定められた。



その結果、将棋ファンは気軽に指し手をツイートすることも自粛せざるを得ないような事態になっている。ガイドライン公開後初のタイトル戦を迎え、指し手を見守る将棋ファンのネット上の動向などにどのような影響があるのか、注目を集めそうだ。



棋譜利用をめぐる問題は、2019年に将棋連盟が事前の申請を求めるようになって以降くすぶっていたが、2020年に一部の棋戦でガイドラインが制定されたという経緯がある。



戦後すぐに発足した将棋連盟のもと、今も続くプロ将棋界が整備されたが、近年になって、なぜ主催者側は棋譜利用を制約する方向に動いたのだろうか。(編集部・若柳拓志)



●定跡「『棋譜』と『新聞』の密な関係」

将棋の棋戦は、大きく分けて「タイトル棋戦」と「それ以外の棋戦(一般棋戦)」がある。



どちらもプロ棋士にとって重要だが、タイトルホルダーになれば各棋戦でシードされることや概して賞金が高いことなどから、「タイトル棋戦」の存在感はやはり大きい。ガイドラインが設けられた「王座戦」(主催:日本経済新聞社)・「王将戦」もタイトル棋戦だ。



その「タイトル棋戦」を伝統的に主催し、対局料やタイトル賞金などを提供してきたのは新聞社だ。タイトル棋戦は現在8つあるが、共同通信社が主催する「棋王戦」(ただし棋譜は地方新聞社などで掲載)と不二家が主催する「叡王戦」(2017年にタイトル戦となった新しい棋戦)を除き、今も新聞社が主催している。





各新聞社は、資金を提供するスポンサーであることから、主催棋戦の棋譜を主体的に利用できる。利用方法の一例として、棋譜とともに対局の様子や差し手の解説などを加え掲載する「観戦記」がある。



かつては、棋譜を確認するためには新聞を見る以外の手段が乏しく、対局の様子や差し手の評価なども観戦記によるところが大きかった。新聞社にとって、棋譜は伝統文化としての将棋を普及発展させるための大切な財産であるとともに、将棋ファンに対して自社商品(新聞)を訴求するための重要な広告宣伝材料でもあった。



インターネット普及後は、中継アプリや動画配信などでも棋譜を見ることができるようになったため、棋譜へのアクセス手段としての重要性は相対的に下がった。しかし、文章で対局の空気感などを伝える観戦記の魅力は決して失われておらず、新聞を購読していれば手軽に棋譜を把握できるという役割も変わっていない。



●疑問手「やっかいな『タダ乗り』配信者の存在」

ネットで気軽に将棋を観ることができるようになり、自分で将棋を指さず、将棋中継を観て楽しむ「観る将」が現れ、プロ棋士が休憩中に食べる「将棋めし」が注目されるなど、将棋の人気は一気に高まった(大前提として、プロ棋士の存在・活動があることは言うまでもないだろう)。



しかし、その一方で、主催者にとって良からぬ事態も発生するようになった。ネットで中継・配信している棋譜を動画サイドでまるごと再現し、無断でそのまま配信するユーザーが現れたのだ。対局当日にほどんどリアルタイムに近いかたちで配信しているケースもある。



無償で配信している棋譜であっても問題だろうが、有償で配信している棋譜については特に深刻だ。対価を払って見てもらう予定の棋譜を勝手に配信されてはたまらない。しかも、配信ユーザーの懐にはその配信による広告料が入っているかもしれないとなれば、主催者として黙ってはいられないのは無理からぬところだろう。



やっかいなのは、これら棋譜の無断配信が、観る人にとって「結構わかりやすい」点だ。



近年、コンピュータ将棋(将棋AI)は劇的に進化し、すでにプロ棋士を凌駕する存在と広く認知されている。その将棋AIを使って棋譜を解析し、「評価値」として局面の良し悪しを数値化することができるようになった。



プロ棋士の対局は極めて高度な指し手の応酬であるため、その一部を理解することすら難しいが、将棋AIはどんな局面の状況でも評価を示してくれる。指し手の意味がわからなくても良し悪しがわかるため、必ずしも将棋が強くなくても観て楽しめるというスタイルが生まれた。



将棋AIによる評価値は普及の間口を広げていると言えるが、一方で無断で配信されている動画との相性も残念ながら良い。実際に、動画サイドや個人のホームページなどに、棋譜だけでなく、一手ごとの「評価値」もあわせて表示されているものも複数存在する。



棋譜と評価値を同時に示す動画は、観る人にとってわかりやすい内容であるため、結果として一定数の動画閲覧者を呼びこめてしまっている。主催者にとってなおさら看過できない事態といえる。



●好手「王座戦における棋譜利用ガイドライン」

そこで主催者側がとった措置が、「棋譜利用に関するお願い」の公表や「棋譜利用ガイドライン」の策定だ。



以前は、連盟公式アプリにツイッターへ局面図や解説をアップロードできる機能を設けるなど、むしろ個人での棋譜利用に寛容的な時期もあったが、この機能は2019年6月に突如削除された。



棋譜を利用する際に事前申請を求める「棋譜利用に関するお願い」の公表が2019年9月だったことを考えると、上記ツイート機能の削除は棋譜利用に制約をかけようとする一連の流れのスタート地点だったともとれる。



「棋譜利用に関するお願い」以降、ほとんどの申請に回答がないなどの事態が発生し、将棋YouTuberが2020年3月に将棋連盟へ公開質問状を送付するといったこともあったが、質問への回答でガイドラインに言及するなど対応を進めていることが明らかになり、実際に2020年9月、「王座戦における棋譜利用ガイドライン」が公表された。



王座戦ガイドラインでは、利用方法を商用・非商用に分けたうえで、制約のかかる範囲を明確に示し、しかも棋譜利用の申請なしでも利用できる範囲がかなり広く認められた。



棋譜まるごと無断で配信するようなユーザーを牽制しつつ、一般の将棋ファンがSNS上で話題にすることに弊害が出ないよう工夫した印象だ。将棋の普及発展を妨げない適切なガイドラインとして、他棋戦のルール作りでも一つの指標として機能するかと思われた。



●悪手「王将戦における棋譜利用ガイドライン」

ところが、2020年12月に公表された「王将戦における棋譜利用ガイドライン」は、かなり異なる内容だった。



王将戦の棋譜については「私的利用を除くすべての利用」に申請を求めており、主催者から利用の可否に加え「利用料」を含む利用条件を知らせる形式となった。



利用料は商用、非商用で異なり、対局から2カ月経過した棋譜の利用については利用料を引き下げるか無料になるようだが、ツイッター上では、王将戦の指し手6手の利用申請をしたところ「棋譜利用料1万5000円」を請求されたと画像付きでツイートした人もいる。



利用料は用途にもよるのだろうが、一般の将棋ファンが気軽に利用できる雰囲気が感じられないことはたしかだ。



王座戦と異なり、王将戦は有料チャンネルでしか観られない棋戦であるため、棋譜の利用についてはより強い制約を設けた可能性は十分に考えられる。



だが、すべての利用に事前の申請を求めたうえ、利用料は申請後に知らせて改めて連絡するよう求めるなど、利用者・主催者ともに手間のかかりそうなルールは、はたして将棋ファンやこれからファンになるかもしれない人の方を向いて作られたものなのだろうか。



●感想戦「『より制限的でない他の選びうる手段』の追求を」



現状の王将戦ガイドラインでは、許可がなければ「一手のみ」のツイートさえ自粛する必要がありそうだ。SNSなどで指し手の話題で盛り上がる必要などないということなのだろうか。王座戦を除くほかの棋戦の棋譜について言及することにも萎縮する人が出てくるかもしれない。



将棋連盟を含む主催者側がガイドラインを変更しようと思えばできるはずだ。今からでも「王将戦で現れた『●●(指し手)』、すごかったね」とSNSなどで盛り上がりたい将棋ファンの熱意を汲むような、「より制限的でない他の選びうる手段」を追求できないだろうか。「王座戦ガイドライン」も参考になるはずだ。



2020年にもっとも話題になった一手といえば、「第91期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負 第2局」で藤井聡太七段(当時、現二冠)の指した58手目「△3一銀」だろう。さまざまなメディアでも取り上げられたため、周知の方も多いはずだ。



しかし、こういった一手をめぐる盛り上がりも、王将戦では見られなくなってしまうかもしれない。王将戦の主催者もそんなことは望んでいないはずだ。タイトル戦を、ひいては将棋界をファンとともに盛り上げるためにも、「一手のつぶやきならいいよ」くらいの大局観を見せてはもらえないだろうか。



(編注:上記「△3一銀」および局面図については、将棋連盟ホームページにある「棋譜利用に関するお問い合わせフォーム」で事前に申請し、主催者(産経新聞社)の許諾を得て掲載している)