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『スパイ教室』『蜘蛛ですが、なにか?』『裏世界ピクニック』……2021年のライトノベル界を予想する

2021年01月08日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

2021年注目ライトノベル

 ライトノベルと言えば、誰もが思い浮かべる谷川流『涼宮ハルヒ』シリーズが、9年半ぶりとなる新刊『涼宮ハルヒの直観』を出して、大いに盛り上がった2020年のライトノベル界。田中芳樹による『創竜伝』も、1987年のシリーズ開始から32年をかけて『創竜伝 15 旅立つ日まで』で完結するなど、話題は尽きなかった。続く2021年は、どんな作品に関心が集まるのか。


 竹町『スパイ教室』(ファンタジア文庫)、二語十『探偵はもう、死んでいる。』(MF文庫J)、珪素『異修羅』(KADOKAWA)、裕夢『千歳くんはラムネ瓶の中』(ガガガ文庫)、犬村小六『プロペラオペラ』(ガガガ文庫)。宝島社から刊行されたランキング本『このライトノベルがすごい!2021』で上位に並んだ作品は、2021年も確実に、というより前年以上に強い関心を集めそうだ。


竹町『スパイ教室』(ファンタジア文庫)

 スパイ養成学校で落ちこぼれだった少女たちが、世界最強のスパイの下で訓練をして危険な任務に赴き、次々と成功させていく展開に、成長の喜びを感じられた『スパイ教室』。美少女ぞろいというビジュアル的な強みもあって、ネットで公開されたPVもアクセス数を稼ぎ、知名度を上げている。凄腕の男性スパイと女の殺し屋が、エスパーの少女と家族を演じる遠藤達哉の漫画『SPY×FAMILY』(集英社)が大人気となるなど、世間の目がスパイアクションに向く中で、ラノベ界のスパイもの代表として大ブレイクといくか。注目だ。


二語十『探偵はもう、死んでいる。』(MF文庫J)

 二語十『探偵はもう、死んでいる。』は、スパイではなく探偵によるアクション。ヒロインというべき美少女探偵が、物語の冒頭ですでに死んでいるという驚きを経て、助手だった少年が探偵の心臓を受け継いだ少女や、探偵をマムと慕う少女、異能力を持つ少女らに囲まれながら敵の改造人間と戦うという、ミステリありSFありラブコメありのパワフルな内容で話題になった。宇宙人まで登場して広がる風呂敷はどう畳まれる? それともさらに広がっていく? 展開から目が離せない。


 ガガガ文庫では、『このライトノベルがすごい!2021』で文庫部門第1となった『千歳くんはラムネ瓶の中』に注目が集まっているが、『とある飛空士への追憶』がアニメ映画化された犬村小六による最新シリーズ『プロペラオペラ』も、同9位と好位置につけた。


犬村小六『プロペラオペラ』(ガガガ文庫)

 上空1200メートル以上は飛べない世界。浮遊する物質に船体を吊り下げ飛行する船が利用され、大日本帝国とアメリカ合衆国を模した日之雄とガメリアが、太平洋戦争になぞらえられる戦いを繰り広げている。日之雄の皇籍をはく奪され、ガメリアに移り株で成功したものの、仲間だったカイルにすべてを奪われたクロトが、日之雄に戻って旧知の皇女イザヤが指揮する飛空艦に乗り、知略を駆使してガメリアを翻弄する、一種の架空戦記的なストーリーが展開される。乗員たちの望みで、皇女らの水着姿を撮影しようと作戦を練るコミカルな描写もはさみつつ、カイルが金の力で裏から操る超大国を、懸命に退けようとする展開がスリリングで面白い。


 『このライトノベルがすごい!2021』の上位には、ティーンの圧倒的な支持を集める衣笠彰梧『ようこそ実力至上主義の教室へ』(MF文庫J)や、1月からアニメがスタートの屋久ユウキ『弱キャラ友崎くん』(ガガガ文庫)も上位にあって、引き続き人気を呼びそう。


 ラノベにとってアニメ化は、評判となれば原作の売上を大きく底上げする。出来を見定めたいところだ。『スパイ教室』や『探偵はもう、死んでいる。』にもアニメ化の話が出れば、同様に急伸が期待できる。


 アニメ化では、「SFマガジン」2021年2号の「百合特集2021」でも看板作品として推された、宮澤伊織による『裏世界ピクニック』(ハヤカワ文庫JA)シリーズが大いに話題となりそうだ。


宮澤伊織『裏世界ピクニック』(ハヤカワ文庫JA)

 ネットロアと呼ばれる、ネット上で流布される奇妙な話や、体験談として伝えられる実話怪談が大好きな女子大生の紙越空魚が、現実とは違う裏側の世界を偶然に発見。足を踏み入れるようになり、そこで出会った金髪美人の仁科鳥子と親しくなって、いっしょに”裏世界”へと出かけるようになる。ガール・ミーツ・ガールの要素があって、2人の関係にキュンキュンさせられる一方で、「八尺様」やら「きさらぎ駅」といったネット伝承に出会い、襲われ命の危険にさらされる恐怖も存分に味わえる。


 2020年12月25日に出た最新刊の『裏世界ピクニック5 八尺様リバイバル』には、空魚ら女子4人がラブホで女子会を開いていたら、獅子舞が飛び込んできて全員で裸踊りをしてしまった話、裏世界で八尺様を追って消えた男を探す話などを収録。奇妙な経験の合間に、空魚と鳥子との友情を超えそうな関係も描かれる。1月のアニメスタートを機会に読み返したい。水野英多によるコミカライズもスクウェア・エニックスから最新5巻まで刊行中だ。


馬場翁『蜘蛛ですが、なにか?』(KADOKAWA)

 馬場翁による『蜘蛛ですが、なにか?』(KADOKAWA)も、1月からアニメが始まる人気作品だ。魔王と勇者の次元を超えた争いに、教室ごと巻き込まれて死んでしまった高校の生徒や教師が転生した先で、蜘蛛になったり勇者になったり吸血鬼になったりして繰り広げる大冒険。転生後のユニークな境遇と、そこからの頑張りで勝ち抜き成長していく楽しさなどから、小説投稿サイトの「小説家になろう」で人気となって単行本化され、300万部を越えるベストセラーになった。


 アニメで蜘蛛になったヒロインの「私」を演じるのは、『魔法少女まどかマギカ』の鹿目まどか、『幼女戦記』のターニャ・デグレチャフなどで知られる声優の悠木碧。同じ「小説家になろう」発で、アニメ化によって大ブレイクした伏瀬『転生したらスライムだった』 (GCノベルズ)のように、一段上のヒットが見込めるかもしれない。


 その『転スラ』も、アニメの第2期が1月スタート。転生して蜘蛛ならぬスライムになってしまった主人公のリムルが、力をたくわえいろいろな種族を従え一大国家を築き上げた先、リムル不在の中で戦乱が起こったり、リムルが魔王の仲間入りとしたりと、急展開していく第5巻以降のストーリーが描かれる。単行本は17巻まで出ているが、未読ならアニメのペースに合わせ、最初から読んでいく絶好のタイミングだ。


 他にも安里アサト『86-エイティ・シックス-』(電撃文庫)や、しめさば『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(スニーカー文庫)、「小説家になろう」発で400万部を突破する理不尽な孫の手『無職転生 ~異世界行ったら本気だす~』(KADOKAWA)などで、アニメ化による話題の拡散が起こりそう。一方で、新人賞からは応募総数4355作品の頂点に立った、第27回電撃大賞の電撃小説大賞・大賞受賞作となる菊石ほまれ『ユア・フォルマ 電子犯罪捜査局』(電撃文庫より3月10日刊行予定)にも注目したい。


 1992年に起こったウイルス性脳炎のパンデミックから人類を救った医療技術が発達し、脳浸襲型情報端末へと進化を遂げて恩恵をもたらしている2023年の世界。あらゆる情報を記録した脳の縫い糸、通称〈ユア・フォルマ〉を探る力を持った電索官エチカ・ヒエダの活躍が描かれる。パンデミックという世相と、サイバーパンク的な描写が融合したアクションになりそう。刊行が待ち遠しい。


■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。