2021年01月02日 08:01 リアルサウンド
原稿を書くとき、テレビをつけていることが多い。適度な雑音があった方が、執筆に集中できるからだ。ということで、その日の夜も、テレビを付けっぱなしで原稿に取り組んでいたら、コミックの売れ行き好調というニュースが流れてきた。ああ、また『鬼滅の刃』の話かと思ったら、芥見下々の『呪術廻戦』だったよ。テレビアニメが放送中で、単行本の売れ行きが上昇しているとは聞いていたが、ニュースになるほどだったか。まあ、これだけストーリーが面白ければ、ヒットするのは当然といえるだろう。
物語の主人公は、仙台市の高校に通う虎杖悠二だ。図抜けた身体能力を持つが、それを除けば、どこにでもいるような若者である。だが、高校で起きた“呪い”を巡る騒動で、彼は特級呪物である両面宿儺の指を飲み込んでしまった。宿儺と肉体を共有したことで、祓われる可能性が高まる。しかし、特級呪術師の五条悟により、東京都立呪術高等専門学校――通称「呪術高専」に転校。同学年の伏黒恵や釘崎野薔薇と共に、呪術を学び、呪いと戦うのだった。
というのが当初の粗筋だが、ストーリーが進むにつれ、登場人物が増えていき、物語のスケールが拡大していく。また、世界観から呪術まで、設定が山のようにある。たとえば呪いが具現化したものを呪霊といい、呪術師たちはこれと戦っている。呪霊は力を増すごとに知恵も増し、特級呪霊と呼ばれる存在が、何事かを企んでいる。それが明らかになるのは、第10巻から始まる「渋谷事変」まで待たねばならない。
いささか先走りすぎた。話を戻そう。本作は、呪術師と呪霊の戦いを描いたアクションものであるが、物語の枠組みに“学園漫画”を使用している。呪術高専に転校した虎杖は、五条を先生にして、個性的な同級生や先輩と共に成長していく。といっても授業=実戦といっていい。どうやら呪術界は人手不足らしく、一年生の虎杖たちも容赦なく呪霊退治に駆り出されるのだ。
たしかに、もうひとつの呪術高専である京都校との団体戦という、いかにも高校生らしいイベントもある。だが京都校の学長の命じられた生徒たちが、虎杖の命を狙い、さらに呪霊の襲撃までが加わり、大騒動へと発展するのだ。
それにしても本作の、学園漫画という枠組みは、どのような意味を持っているのだろうか。
かつてライトノベルで「学園異能」という、異能力を持つ少年少女が集った学園を舞台にした作品が流行ったことがある。これは学園(学校)が、ほとんどの若者の共通体験の場として機能しており、物語世界にすんなり入っていけたり、舞台等の詳しい説明が不要という利点があった。少年漫画である本作も、そうした利点を踏襲しているのかもしれない。
だが、それだけではないようだ。第3巻で、虎杖が、一級呪術師の七海建人と一緒に行動する場面に注目してみよう。呪霊との戦いで、「勝てないと判断したら呼んでください」と七海はいい、「ちょっとナメすぎじゃない?」と応える虎杖に、「私は大人で君は子供」「私には君を自分より優先する義務があります」と諭すのだ。
七海は教師ではないが、虎杖が彼のことを“七海先生”と呼ぶ場面もある。これだけで、虎杖と七海の関係性は明白だろう。大人と子供。教える者と学ぶ者。大人たちの薫陶を受け(五条には個人的な思惑もある)、若者たちが成長していく。それを十全に表現するために、学園漫画という枠組みが必要だったのではないかと思うのである。
さらに、キャラクターの強さにも目を向けたい。祖父の遺言を守り、人のために戦う虎杖。しかし彼の強さは発展途上だ。今のところ作中最強といえるのは五条だろう。常に強大な敵に立ち向かう虎杖や、他の呪術師たちの戦いは、いつ誰が死んでも不思議ではないものばかり。だから夢中になって読んでしまうのだ。また、最強の存在である宿儺の扱いは難しいのだが、作者は要所で巧みに使用している。ストーリーの組み立ても抜群なのだ。
そんなストーリーテラーぶりが爆発したのが、第10巻から始まった「渋谷事変」だ。いままでに登場した敵と味方が渋谷に集結。三つ巴、四つ巴の戦いを繰り広げる。この原稿を書いている時点で連載は続いており、どのように決着するのか分からないが、多数の人物の絡ませ方には感心するしかない。
そしてここからは予想になるが、「渋谷事変」も本作の通過点に過ぎないはずだ。まだまだ多くの謎があり、掘り下げられていないキャラクターもいる。だから、これからさらに深まるであろう『呪術廻戦』の世界を、リアルタイムで追いかけていきたいのである。
(文=細谷正充)