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文芸誌が向き合った〈2020〉 小説に取り込まれる世界の変化

2021年01月01日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 2020年、新型コロナウィルスの世界的流行に伴い、あらゆるジャンルの営みが直接的/間接的に多大なる影響を受けた。文学も例外ではない。


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 まっさきに緊急特集を組んだのは、4月発売の『文藝』夏季号(河出書房新社)と記憶している。「アジアの作家は新型コロナ禍にどう向き合うのか」と題した特集を通じ、中国の閻連科、台湾の呉明益、タイのウティット・へーマムーンなど、アジア各国の作家から変わりゆく生活の報告が届けられた。


 1カ月後の6月(5月発売)号になるとそのほかの文芸誌でもコロナ禍にかんする特集や創作、論考が掲載されはじめる。


 たとえば、『新潮』(新潮社)6月号は、特集「コロナ禍の時代の表現」を組んでいる。掲載されたのは、心の支えだったバンドのライブが公演中止になり、絶望する男女を描く金原ひとみ「アンソーシャル ディスタンス」。延期した東京五輪の裏で動く「地球温暖化研究会」の作戦を描いた鴻池留衣「最後の自粛」など。創刊50周年の『すばる』(集英社)は、7月号に中沢新一の論考「コロナをめぐる三つの瞑想」を掲載した。続く8月号では特集「ウィルスとの対峙」、9月号でも特集「表現とその思想、病をめぐって」が組まれ、広義の「病」と「表現」「思想」の関係が議論されている。同様に『文學界』(文藝春秋社)もまた、7月号で特集「疫病と私たちの日常」、8月号で特集「”危機”下の対話」を組み、円城塔・小川哲の対談「いまディザスター小説を読む」などを掲載する。


 直接的な特集が多いなか、『群像』(講談社)の11月号が企画した創作特集「密室」は、少々異なる角度からのアプローチで目立っていた。上田岳弘や谷崎由依をはじめ、いわゆる「自粛期間」に不可避的に向き合わされた「部屋」という空間をテーマに刺激的な創作が掲載されている。


 そうした雑誌全体の動向とはべつに、個々の作家たちも作品に世界の変化を取り入れていく。


 小林エリカ「脱皮」(『群像』6月号)は、感染すると「ことば」が奪われるウィルス「DAPPI」が蔓延する世界の話だ。松田青子「斧語り」(『群像』8月号)では、ウィルスの流行が「ゾンビ」のイメージを借りて語られる。藤野可織「先輩狩り」(『文藝』秋季号)では、コロナ対策の名目のもとで「女子高生」が政府主導の最悪の施策の被害者となる。思えば、長嶋有「ゴジとサンペイ」(『群像』8月号)のラストで送られてくる2枚のマスクも、今年ならではのアイテムである。笙野頼子は「引きこもりてコロナ書く」(『群像』10月号)で、そのマスク=「魔巣苦」を「呪い」と呼び、呪い返しに奮闘する。先日発表された第164回芥川賞候補の乗代雄介「旅する練習」(『群像』12月号)でも「臨時休校」という2020年的トピックスがストーリーの発端に置かれていた。辻仁成の恋愛小説「十年後の恋」(『すばる』8・9月号)では、パリで暮らす「私」=マリエがじっさいに新型コロナウィルスに感染する。


 ことほどさように、世界の変化が小説に取り込まれつつある。日々報道される感染状況を見るかぎり、今後もウィズ・コロナ(/ポスト・コロナ)の小説は書かれるのだろう。


 とはいえ、誌面が新型コロナ一色だったわけではない。


 『文學界』で話題を呼んだのは、総力特集「JAZZ×文学」(11月号)だった。同社が刊行した村上春樹『一人称単数』(20年)と連動しつつ、筒井康隆の創作や、山下洋輔・菊地成孔の対談が掲載されている。誌上で触れられる楽曲をまとめたプレイリストをSpotifyで聴ける試みも好評だったという。


 今年、大活躍だったのは『文藝』(および河出書房新社)だろう。19年夏季号のリニューアル以降、特集「韓国・フェミニズム・日本」の歴史的な増刷(3刷は86年ぶり2度目)をはじめ、話題の特集を立て続けに組んでいる。


 新人の発掘にも積極的であり、昨年の第56回文藝賞をW受賞した遠野遥は第2作「破局」で第163回芥川賞、宇佐見りん「かか」は第33回三島賞をそれぞれ受けている(宇佐見の第2作「推し、燃ゆ」(『文藝』秋季号)は現在、第165回芥川賞の候補入りしている)。その意味では、今回(『文藝』20年冬季号)の文藝賞のW受賞者、藤原無雨(「水と礫」)・新胡桃(「星に帰れよ」)は来年注目の書き手といえるだろう。


 そのほか、約5年の歳月をかけて刊行された『池澤夏樹=個人編集 日本文学全集』全30巻が、角田光代訳『源氏物語 下』(20年3月)をもって完結し、毎日出版文化賞を受賞。さらにモーガン・ジャイルズによる柳美里『JR上野駅公園口』(14年)翻訳が全米図書賞を獲得している。第158 回芥川賞受賞作、若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(河出、17年)の映画化など、同誌に関連するニュースが多くメディアを賑わした年であった。『文藝』がこうした文化圏へのポータル化に成功しつつある現状を本年の特色と記録しておく。


 『群像』はこの『文藝』再起動をひとつのモデルとしているらしい(もちろん、誌面の色はまったく異なる)。本年1月のリニューアル号後記で、編集長の戸井武史はこう記していた。「「群像」は「文」×「論」をテーマに、総合雑誌化を進めていきます。〔……〕今号から「群像」はリニューアル、再起動します」。「文」「論」の両立は「群像文学新人賞」として「評論」/「文学」の2部門を設けてきたブランドの伝統を巧みに活かす挑戦として妥当だろう。7月号の批評総特集「「論」の遠近法」は、とりわけ力が入っていた。


 今年「半睡」(『新潮』4月号)で小説家デビューも果たした佐々木敦を編集長として、4月に創刊された『ことばと』(書肆侃侃房)も注目である。創刊号では、阿部和重や保坂和志などのベテランだけでなく、小笠原鳥類やマーサ・ナカムラなど、意外な(といえばそうだけれど、言われてみればそうでもない?)書き手が誌面を飾る。第2号(10月)は「ことばと演劇」特集。きたる第3号では「ことばと音楽」特集が予告されている。領域横断的なスタイルで活動を重ねてきた佐々木の本領が発揮されていて面白い。


 あわせて、文芸誌発で今年単行本化された作品から3冊選んだ。いずれも、いっそう混迷をきわめるだろう2020年代の最初を飾るのに相応しい創作だと思う。年始にでも、ぜひ。


〈今年のおすすめ3冊〉


■イ・ラン『アヒル命名会議』斎藤真理子訳(河出書房新社)
 ソウル生まれの著者、初短編作品集。神と天使たちによる「名付け」をめぐる会議を描いた表題作をはじめ、『文藝』の特集「韓国・フェミニズム・日本」と関連して邦訳されていた「手違いゾンビ」「あなたの能力を見せてください」などが収められる。個々の短編に著者の皮肉とユーモアのセンスが光っていて痛快。ひろくおすすめしたい1冊である。


■李龍徳『あなたが私を竹槍で突き殺す前に』(河出書房新社)
 日本初の女性総理が誕生した未来が舞台、といえば希望があるが、そう単純な話ではない。その政治家は、特別永住権を廃止、歴史教科書から「従軍慰安婦」の語を消し、公的文書で通名を禁止に……などの「嫌韓」的政策で人気を集めたのだから。本書は、在日3世の著者が書く最悪の未来である。読めば、おのずと現実と見比べずにはいられない。


■古川日出男『おおきな森』(講談社)
 900頁におよぶ巨編。坂口安吾が失踪した「高級娼婦」を捜索する「第一の森」。「第二の森」では、丸消須ガルシャが「千輛一輛列車」で「溺死」事件の捜査に乗り出す。そして「私」の手記「消滅する海」。おもに3つの異なる世界が、探偵や宮沢賢治などのイメージで連関しつつ描かれる。最初はたしかにそういう話だったはずなのだが、物語はどんどん揺らぐ。森は迷うためにある。


(文=竹永知弘/写真=Sincerely Media on Unsplash)