2020年12月31日 09:41 弁護士ドットコム
NHK『BSマンガ夜話』の司会などで知られる民俗学者の大月隆寛氏が、勤務先だった札幌国際大からの懲戒解雇を不当として、裁判で争っている。背景には、留学生の受け入れをめぐる経営側との対立がある。
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同大は、2018年度の留学生が3人だったところ、2019年度には65人(全入学者の約15%に相当)を入学させた。定員充足率が上がり、私学助成が千数百万円増額された。
ただ、地元誌の北方ジャーナルによると、この65人中40人近くが、文部科学省が留学生の目安としてあげる日本語能力試験のレベル「N2」相当に達しておらず、教員から苦情が出ることもあったという(2020年5月号)。
留学生をめぐっては、東京福祉大で2019年に大量失踪が発覚。日本語能力に関係ない受け入れが問題視された。
一方、札幌国際大は2019年度に入学した留学生の合格率は70%台だったとし、選抜は適切だと説明する。2020年度入学の合格率は50%を切っていた(65人が入学)といい、これに対して日本人学生の合格率はほぼ全入に近い。
また、北海道新聞によると、告発を受けて調査した札幌入管は、試験問題の一部使い回しなどについて指導はしたものの、9月15日付で「法令違反は認められない」旨の通知を出している(2020年9月18日付)。
「勉強せず、働いてばかりということは防がなくてはならない。授業を休めば連絡を入れるし、アルバイトも週28時間の規定を超えないようチェックしている。日本語を学ぶ授業もある。在籍管理なくして、受け入れはできないと考えています」(札幌国際大担当者)
大学側が受験生の日本語能力をどのように認識していたかなどについては裁判で明らかになるとみられるが、地方私大が意識してアジア系の留学生を受け入れているのは事実だ。
大月氏は、留学生受け入れの是非はおくとしたうえで、次のように主張する。
「札幌国際大の場合、中国系の留学生は、富裕層の子どもが多く、もはや少し前までのような労働目当ては少ない。とはいえ、大学で正規に学べるだけの日本語能力が不足しているのなら、まずは準備教育として学内に留学生別科を置き、日本語を教えるべき」
地方私大の現状について、大月氏に寄稿してもらった。
「懲戒解雇に処す」
そう言い渡す顔は、気持ちゆるんで、軽くせせら笑っているように見えました。札幌国際大学理事長であり、弁護士でもある上野八郎氏、西暦2020年令和2年は6月29日の午前10時過ぎ、学内法人会議室でのたたずまいであります。
不肖大月、北海道は札幌市清田区にある小さな私立大学、札幌国際大学の人文学部で教員として、縁あって2007年春以来足かけ13年にわたって勤めてきたのですが、ここにきていきなり「懲戒解雇」という処分を受けることになりました。
普通「懲戒解雇」というと、新聞沙汰になるような「悪いこと」をやった、その結果としての処分といった理解が、まあ、一般的なところでしょう。実際、自分もその程度の認識でした。自分ごととして降りかかってくるまでは。
大学側からの「懲戒解雇告知書」に記載されていた「懲戒の事由となる事実」は以下の4点。処分の決定理由として主にあげられていたのは下記①と③で、「本学の関係者全体の名誉を損なう」「本学の組織運営の健全性を損なう性質の違法行為」とのことでした。
①令和2年3月31日、城後豊前学長が実施した記者会見に同行したこと。
②Twitterにおいて、複数回にわたって本学の内部情報を漏洩したこと及び誹謗中傷の書き込みをしたこと。
③教授会の決議や権限に基づき作成されていない「教授会一同」名の文書や教授全員の総意に基づかない「教授会教員一同」名の文書について、これら文書がその権限や総意に基づかない文書であることを認識しながら、城後豊前学長がこれら文書を外部理事に手交する行為に同調しその手交の場に立ち会ったこと。
④平成27年4月1日~令和2年3月31日までの期間において65回開催された教授会に、8回しか出席しておらず、他の教授と比してその出席状況が著しく不芳であり、その状況につき正当な理由がないこと。
新たに導入した外国人留学生をめぐる入試のあり方や、在籍管理のやり方等、制度の運用にさまざまなコンプライアンス違反、ガバナンスの不適切な状況が学内で生じていて、それを当時の城後学長以下、学内の教員有志らと共に何とか是正しようと努力していたのですが、それが大学法人側の経営陣によってことごとく阻害され、学長は手続きも不透明なまま事実上の解任に等しい仕打ちをされるまでになっていた。
なので、致し方なく外部の関係諸機関にそれら内情を訴え、報道機関などにも協力を求めて世間の眼から公正に判断してもらおうとしていた、単にそれだけのことだったはずなのですが、それら一連の行動が前述のような理由で「懲戒解雇」にあたる、という判断を、法人側お手盛りで立ち上げた賞罰委員会による強引で一方的な答申に従うという形で、上野理事長自らこちらに申し渡してきた次第。
当然、いずれも「懲戒解雇」の前提となる事実として不当なものであり、報復的な処分なので解雇権の濫用、内部告発者と目した者に対する見せしめ的な恫喝、威圧でありハラスメントであると考えざるを得ず、地位保全等を求める仮処分の申し立てと共に、民事での訴訟も札幌地裁に提起させていただきました。
仮処分の申し立ては地裁では却下、現在高裁へ抗告中で、一方、本訴の民事訴訟は10月末に冒頭陳述をさせていただき、審理が始まったところです。
少子化に伴う経営難で、国内の大学はいずこも大きな荒波に巻き込まれています。定員割れを補い、各種公的な助成金を穴埋めするためのあの手この手の一環で、外国人留学生を受け入れて何とかしようとする施策もここ10年ほどの間、政府の「留学生30万人計画」に後押しされて全国の大学、殊に苦境がより深刻な地方の私大では積極的に行われてきていました。
それにつけ込んだ業者の類も跋扈、いわゆる留学生ブローカー的な人がたがそれらの需要を満たす構造も作り上げられてゆき、「留学生」というたてつけでの実質労働力が国内にあふれることになった。
そのような中、2019年、東京都内の東京福祉大学の留学生が大量に行方不明になっていることが発覚、これら留学生をめぐる制度の運用のずさんさが露わになり、「大学の責任は重大」として研究生の受け入れを当面停止するよう文科省と出入国在留管理庁が協力して指導を行う事態になったことなどもあり、これまでのような形での留学生の大幅受け入れを前提とした政策の事実上の「見直し」が文科省から発表されたのが2020年の秋。
加えて、安全保障面からそれら留学生も含めた在留外国人に関する政策の大きな方針転換が国策レベルでも打ち出され、いずれにせよ今世紀に入ってこのかた、わが国の大学や専門学校を中心に拡大してきた留学生ビジネスのあり方を洗い直し、健全化する動きが加速化されているのは確かです。
【編注:コロナ禍での移動制限もあり、萩生田光一文科相は30万人計画を「やり直し」と表現。また、2021年度から安全保障の観点から留学生ビザの厳格化の方針が報じられている】
一方、ご当地北海道は、中国人にも人気の観光地である種のブランドにもなっています。その中で、中国・瀋陽に提携する日本語学校を設立、留学生ビジネスで大きく業績を伸ばしていた京都育英館という日本語学校が、苫小牧駒澤大学、稚内北星大学を事実上買収、その他高校にも手を出して、いずれも中国人留学生の受け皿としての意味あいを強めた再編を始めています。
【編注:京都育英館系列の学校は、東大や京大などの難関大や大学院に留学生を合格させることで知られている】
また、これも関西を地盤とした滋慶学園という専門学校を中心とした学校法人が、札幌学院大学と協力して市内新札幌の再開発事業と連携、新たなキャンパスを作り、そこに相乗りのような形で看護医療系の専門学校を新設して、留学生含みの道内進出の橋頭堡を作り始めています。
さらには、同じく札幌郊外にある北海道文教大学も、既存の外国語学部を国際学部に改編して明らかに留学生を視野に入れた手直しをしたりと、どこも背に腹は代えられないということなのでしょうか、相変わらず外国人留学生を織り込んだ生き残り策をあれこれ講じているようです。
そんな中、留学生を送り込むに際してブローカー的な動きをした国内外の人がたと共に、どうやら霞が関界隈の影までもちらほらしているのは、何より自分をむりやり懲戒解雇に処した札幌国際大学の理事会のメンバーに、かの文科省天下り問題で物議を醸した前川喜平元文科次官の片腕だったとされる嶋貫和男氏の名前があることなどからも、期せずして明るみに出始めていますし、また、政権与党の二階俊博幹事長周辺につながる公明党なども含めた中央政界のからみなども陰に陽に見え隠れしている。
たかだか地方の小さな私大の内紛に等しいような騒動であるはずのできごとが、北海道に対する外国勢力からの「浸透」政策の一環でもあるような可能性までも含めた、意外にも大きな話につながっていることも、どうやら考えねばならなくなってきているようにも思えます。
単に自分の懲戒解雇の件に関してならば、法廷で公正な判断をしてさえもらえればしかるべき結果になるだろう、それくらい理不尽で論外な処分だと思っていますし、その意味で割と呑気に構えているつもりなのです。
ただ、はっきり言っておきたいのは、公益法人である大学という機関がこのような異常とも言える処分をくだすにいたった、その背景の詳細とその是非について、法と正義に基づいたまっとうな判断を下してもらいたいこと、そしてその過程で、いまどきの大学の中がどうなっているのか、そこでどれだけ無理無体なことがうっかりと日々起こり得るようになっているのかについて、世間の方々にも広く知っていただきたいと思っています。
と同時に、自分が受け持っていた講義科目や演習の学生たちに著しい不利益が生じていることも、忘れずに言い添えておきます。
今年に入ってからのコロナ禍でいわゆる遠隔授業が実施されていたことで、4月に入学したものの大学に顔を出すことも禁じられ、同級生やクラスメートとも顔をちゃんと合わせたこともないままだった1年生も含めて、あるいは他方、就職活動を行ない、卒業論文の執筆にもとりかかっていた4年生に至るまで、何の予告もそのための準備もないまま前期半ばでいきなり放り出されてしまった。
その後もそれら学生たちに誠実な対応をしないままの大学側の態度と、それによって生じてしまった学生たちの不利益についてもまた、この場で明らかになることを、彼ら彼女らの名誉のためにも強く希望します。
「大学」という場所が本来どのようなものであるべきか、そのイメージ自体がもう、監督官庁である文部科学省はもとより、当の大学の現場からもどうやら失われつつあるらしい。それは経営側と共に、日々学生に接し、彼ら彼女らと共に「大学」を更新し続けるべき教員や職員、教学側もまた同じく、それら理想の大学をもう見つめることができなくなっている。そのことを改めて自分ごととして思い知ることでもありました。
まして、冒頭触れたように、上野理事長は弁護士でもあります。法と正義を司る法曹の仕事に就く者です。その弁護士が理事長職を務める公益法人の私立大学において、いかに経営状態を改善するためとは言いながら、 教職員の間との、そしてそれらを介して最も尊重されるべき学生たちとの信頼を毀損して恥じることなく、思うままに教職員を解雇することが現実に起こっている。
国立大学から転じてきたような教員には「私立は国立とは違うんだ」と言い放つのが口癖だったとも聞きますが、私立であれ国立であれ、「大学」という場所に求められるものが、そのような恣意や放埒であっていいはずはない。
それは、最近問題になった日本学術会議の件でも期せずして露わになった、「戦後」のわが国の学術研究とそれを支える「場」の蝕まれ方にも通じているように感じます。「学問の自由」「大学の自治」などの戦後民主主義的な脈絡での「理想」を日々の個別具体の局面におろして適用してゆく際、それらを運用する教職員その他の現場の人がたが、善意の当事者として持つべき最低限の注意や留保を払った上でそれらの「理想」のメンテナンスをできなくなっているうちに 、現場が構造的な「利権」の巣窟と化してしまっていた。そのような昨今さまざまな形で可視化されてきている「大学」という場をめぐる眼前の一連の症状と、おそらく同じ根を持つあらわれなのだと感じています。
大学の規定でフルタイム雇用の定年は63歳。自分はいま61歳ですから、あと2年で自分は「時間切れ」。裁判の結果が出る頃には、自分は大学に戻れなくなっているかも知れません。今いる学生たちとももう大学で会えなくなっているかも知れない。そういう意味で今の自分に残されている時間はもう少なくなっています。
なので、縁あって大学で出会って共に学ぶことになった、今の学生たちとの関係をまずできるだけ早く取り戻したいと考えていますし、そのために公正な判断をできるだけ早くいただきたい。そしてそれは、学生たちのため、という一点において、大学本来の目的ともきっと合致しているはずです。
【大月隆寛(おおつき・たかひろ)】
1959年生まれ。札幌国際大学人文学部教授(係争中)。早稲田大学法学部卒。東京外国語大学助手、国立歴史民俗博物館助教授などを経て、「懲戒解雇」で現在、再び野良の民俗学者に。著書に『厩舎物語』『無法松の影』『民俗学という不幸』など、多数。