2020年12月29日 09:52 弁護士ドットコム
2020年を振り返って、どんなニュースが印象に残っていますか。コロナウイルスに関連したニュース以外にも、様々な出来事が起こりました。2020年、弁護士ドットコムニュースで反響のあった記事をもとに、今年を振り返ってみます。
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ギラギラした華美な装飾や、独特の言葉やペイントで車体を彩るトラック「デコトラ」に乗って仕事をする運転手が消えているらしい。「自分の意思ではなく、やめざるをえなかった」。デコトラを愛しながらも、最後にはノーマルトラックに乗り換えたトラックドライバーの話を聞いた。「俺たちがデコトラをやめた理由」はなんだったのだろう。
トラックドライバーを大きく分類すると、佐川急便やクロネコヤマトなど大手運送会社のドライバー。台数の少ない小中規模の運送会社のドライバー。そして、個人事業主(フリー)のドライバーに分けられる。
デコトラドライバーの多くが個人事業主だ。彼らのようなフリーのドライバーは「流し」と呼ばれている。荷主から荷物を受け取り、荷下ろし先に荷物を届ける。荷主から仕事を取ってくる営業もドライバー本人が行う。ときには運送会社から仕事が回ってくることもある。
取材に協力してくれたのは、千葉県や茨城県などを拠点とする自営業のトラックドライバーの3人。
宮内如弘(ゆきひろ)さん(兄・56才)、龍二さん(弟・54才)の兄弟と、服部康樹さん(43才)。
兄弟揃ってデコトラ乗りの宮内さんは愛好家のサークル「黒潮船団」を主宰している。
服部さんも仲間だ。兄弟はデコトラ乗りとして35年になるベテランで、服部さんも20年の中堅運転手。彼らが乗る4トントラックは車体だけでも1000万円を超え、飾りやペイントなどのカスタムに費やしたのは約2000万円にもなる。「宮内兄弟」と言えば、デコトラ業界でも顔の知れた存在である。
しかし、デコトラが仕事の相棒だったのは2019年まで。今では3人ともカスタムなしのノーマルトラックに乗って働いている。
「こんなギラギラのデコトラで仕事してたの、日本でも俺たちだけだった。仲間たちはみんなデコトラを辞めていった。あまりに珍しいから『平成の奇跡』って呼ばれてたんだよ。最後の最後までどうにかやめないように粘ったし、デコトラで働くのが美学だったけど、諦めざるをえなかった」(龍二さん)
彼らがデコトラに乗るという「美学」を捨てる必要に迫られた。その理由をひとつひとつ見ていこう。
デコトラドライバーが大きく減少したのは、石原慎太郎元東京都知事の時代に行われた都の排ガス規制が原因だったという。
2001年4月に施行された「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例(環境確保条例)」に基づき、「違法ディーゼル車一掃作戦」を開始し、2003年10月からは粒子状物質(PM)排出基準を満たさないディーゼル車の都内走行が禁止された。
「デコトラは長い年数をかけて飾るから、年式の古い車が多い。古い車はマフラー交換や関連装置を取り付けるだけで数百万円かかる。『それなら新車でトラックを買うほうがいい』とドライバーたちが一気にデコトラを売り払った」(服部さん)
10台程度のトラックを持つ小さな運送会社やフリーのデコトラ乗りが一番の打撃を受けた。
「大手の運送会社はいいよ。東京を走れないトラックは規制のない地方の支店に持っていけばいい。損をしない大手は表向き、排ガス規制にも協力した。小さな運送会社や俺たちは拠点を簡単に変えられない」(龍二さん)
ドライバーが家業として農家や工場を持っている場合は、自分の生産物や商品をデコトラで運送するケースもある。しかし、自ら荷主に営業もかけながらデコトラに乗って働く存在は希少だった。多くの仲間が卒業していく中、デコトラで仕事を続けた宮内さんたちが「平成の奇跡」と呼ばれた理由がそれだ。
「デコトラをやめた仲間たちの夢も引き継いで、自分の車体にそいつらのデコトラの名前を書いてるんだ」(龍二さん)
好きでハンドルを握るデコトラ乗りは、自分たちのイメージの悪さも痛いほど理解している。いかつい見た目から「ヤクザ」「なんとなく怖い」「お上に楯突く反社会的勢力」と思われることもしばしばだ。
「昔は悪いことをしていた人もいた。多くの荷物を一度に積み込むため、箱(荷台)を大きく作って法定の積載量をオーバーしたり、ガソリンよりお金の安い灯油を入れて走ったりしていた。法律違反する人がいたから悪い印象を持たれたのは確かだ。デコトラを嫌いな人がいるのは仕方ない。そのことで俺は腹を立てたりしないよ」(如弘さん)
実際、違法改造したデコトラが道路運送車両法違反(不正改造)と道交法違反(整備不良車運転)などの疑いで書類送検された例もある。
「ヤクザじゃないの? なんて言われるのは日常茶飯事だし、こんなおかしな車に乗っているんだから、信号無視でもなんでも道交法違反したら目立つし、すぐ通報されるよ。派手にしているからこそ安全運転。デコトラが事故を起こしたの見たことある? あおり運転しているデコトラを見たことある人は手をあげてほしいよ」
駐車中に警察から職務質問され、覚せい剤所持を疑われて検査を受けたこともある。目の敵にされ「絶対にパクってやる」と言われたこともあるそうだ。だが、走行中に警察から止められたことはない。「だって何も悪いことしてないし、止められる理由がないもん」(如弘さん)
「スピード違反も絶対にしない。ちょっとぶつかって250万円のバンパーが壊れるだけでも大損害だよ」(龍二さん)
企業が「コンプライアンス」という概念を意識しだすと、イメージの悪いデコトラは取引先から次々と「出禁」を言い渡され始めた。先の排ガス規制と併せて、仕事が奪われていった。
「もう30回以上は出禁を受けた」と龍二さんは話す。
荷下ろし先の企業や工場の敷地内に入ろうとして断られるケースは少ない。「荷下ろし先に荷物を運んでいくと、『このデコトラ最高だね。かっこいいね』と笑顔で褒めてくれるんだ。俺もニコニコしながら荷主のところに帰るだろ。すると『宮内さん、申し訳ないけど相手が出入り禁止って言ってるんだ』って伝えられるんだ」
「はい、わかりました。平静を保って笑顔で答えるけどさ。けっこうショック受けるよ」
「車検に通った車で走っているから法律違反をしているわけじゃない。ただイメージが悪いってだけで出禁にされると悲しい。車体に書いた文字はよくて、絵はダメだとか、理由を考えるけどわからない」(服部さん)
「イメージだよな。派手な車を出入りさせると会社自体のイメージが悪くなるってことだろうな」と如弘さんもあきらめ顔。
「運転手不足だから、荷主も本当は俺たちに運んでもらいたい。荷主の社長から『荷下ろし先が嫌がるから、車だけはノーマルにしてくれよ。ノーマルにしたら仕事はあるよ。そろそろいい加減にしろ』とよく言われる」
出禁の「引導」を言い渡してくるのは取引先だけではない。愛するデコトラを購入した自動車ディーラーからも出禁なのだ。
龍二さんのデコトラの走行距離は200万キロ。地球一周を4万キロとすれば、50周走ったことになる。
「100万、200万キロ走ると、『こんなに大事に乗ってくれてありがとうございました』とディーラーから普通は表彰される。俺が車を買ったディーラーは『この車で来ないでくれますか。まわりの目がありますので。お願いします』って簡単に出禁にした。さすがに悲しかったな」
荷下ろし先の現場社員にはデコトラファンも多い。ただし、幹部や社長、工場長の方針で出禁となるケースは本当に多いそうだ。
「工場長や社長が人事で変わる時期になると、どんな人か聞いておく。守衛さんに『今日は本社からえらい人来てない?』って確認してから敷地に入る。守衛さんとは仲良いよ」(龍二さん)
「おえらいさんから目をつけられて『もう来ないで』と言われても、横から飛び出してきたパートの女性が味方してくれることもあるんだ。『この人は20年前から工場に運んできてくれるんだよ! なんで出禁にするのよ』って。だからホワイトデーにはチョコを用意して渡すようにしてる」
デコトラ以外のことで文句を言われないため、仕事ぶりはもちろんのこと、服装もきちんとして仕事に向かう。「作業服を着て、必要もないけど安全靴も履く。それでも俺たちは出禁になる。金髪の頭でタンクトップにサンダル、腕のタトゥーを見せてるノーマルトラックの運転手が出禁にならない。これはあまり納得がいかないよ」(如弘さん)
彼らを悩ませるのは取引先からの出禁だけではない。同業者からの「通報」も悩みの種だ。車検を通せなかったデコトラ乗りが、宮内さんたちのデコトラが走っているのを見て「違法な車だ」と陸運局に通報するらしい。やっかまれるのだ。
また、ファンが「かっこいい」とデコトラを撮影し、SNSにアップする行為も要注意だという。
「陸運局(運輸支局)の人たちはインターネットをよく見ていて、SNSを見て俺たちに呼び出しの通知を手紙で届けてくる。ファンの存在はありがたいけど、撮影するならナンバーは消してほしいな。一度呼び出しがかかれば、陸運局(運輸支局)からの確認に応じる手間がかかる」と苦笑する。
1年に1回の車検を通すのも緊張するものだ。
「ミラーステーの位置の高さや、照明の色。いろんなことをダメ出しされることもあるけど、それでも最終的に通ったときはホッとするよ」(如弘さん)
車検や維持費、修理代で年間100万円は飛ぶ。4トントラックのデコトラの駐車場台は「4台分」にもなる。東京で駐車場付きの自宅を探すのは容易ではない。龍二さんは「築80年の元公民館、デコトラ3台駐車可能」という茨城県坂東市の物件に引っ越した。「結婚は今の奥さんで4回目。デコトラのために引っ越ししたり、生活が大変で元奥さんたちは出て行った」
「大手運送会社は運転手の人件費を理由に運賃を上げたけど、俺たちの運賃は30年前から変わらない。ノーマルに乗り始めたからってデコトラと運賃は変わらないし、それなら好きにデコトラに乗って働きたいよ」(如弘さん)
運賃を上げない荷主に対して仕事を断る「ストライキ」を行ったこともあるが、「3回やっても折れてくれないからあきらめた」
荷主や荷下ろし先の中には「働き方改革」で土日を完全に休みにするところも現れ出した。「配達先が休みだから荷物も運び込めない。仕事は減ったよ。フリーのデコトラ乗りにとって働き方改革ほどゾッとするものはない」
一般的な会社員よりは稼ぎは良いが、売り上げの半分以上が経費で消えていくという。
デコトラで再び仕事をする日はくるのだろうか。維持のため、今でもエンジンは毎日動かしている。
飾り立てたデコトラで好きに走ることを「憲法で保障されている表現の自由がある」と言う人もいるそうだ。
ただ、龍二さんの目線はシビアだ。「いや。ないよ。表現の自由は仕事のデコトラにはなかった。きれいごと。好きなことを続けるのって過酷で厳しい。俺には小学生の子どもいるけどね。こんな厳しい仕事、やらせられないよ。誰も守ってくれないもんね」
取材中、初めて龍二さんから笑顔が消えたが、すぐに口元をゆるめた。「いつかデコトラに戻る」