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ナイツ 塙が語る、M-1論と芸人の辞めどき 「40歳くらいの芸人はみんな悩んでる」

2020年12月26日 21:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』を出版した塙宣之氏

 今年8月、お笑い界を揺るがす革新的な1冊が出版された。『言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか』。著者は2018年の『M-1グランプリ』(朝日放送)で審査員席に座ったナイツ・塙。これまでに出場した本大会では3回も決勝に出場するが、優勝は叶わなかった。そんな塙からみた“M-1論”や“お笑い論”、そして”お笑い第7世代”の話まで、40年間ウケることだけを求め続けた男のインタビューを前編・後編に分けてお届けする。(編集部)


参考:水田航生、1stフォトブック『Live』発売へ ソウルロケで「一緒に旅をしている気分」の一冊に


■お笑い観を変えた兄からの言葉


――8月の発売からこれまで、大反響の一冊となりましたね。『アメトーーク!』(テレビ朝日)の「ツッコミ芸人が選ぶ このツッコミがすごい!!」や、『ゴッドタン』(テレビ東京)の「お笑いを存分に語れるBAR(漫才編)」なども、塙さんありきでの企画だったように感じました。


塙:いえいえ……そんなことないと思うんですけどね。たまたまですよ。


ーー芸人さんやテレビマンからの反響で、印象に残っているものはありますか?


塙:みんな「買ってます」って言ってくれるんですけど、具体的に「ここが面白かった」という感想はあまりないですね。でも、オール巨人師匠からは「読んだよ。俺は稽古したほうがいいと思う」と言われました(笑)。


――「練習しすぎない方がいい」という章についてですね(笑)。先に挙げた2番組には土屋さんも一緒に出演し、的確な指摘をされていました。コンビ間での漫才観、お笑い観の共有は日々されていると思うんですが、こうして本にしたことで、土屋さんが新たに気づいたこともあったのでしょうか。


塙:それは聞いたことないです。ただ、かれこれ10年くらい一緒にずっと横で取材を受けているので、俺がいつも喋っていることをまとめたな、とは思ってるんじゃないですか。直接ダメ出ししたりすると機嫌悪くなっちゃうから(笑)、取材を通してダメ出しするんですよ。


――なるほど(笑)。間接的といえば、この本は漫才論の顔をしながら、自己評価をかなり冷静にされていますよね。塙さん自身、幼少期から冷静に自分のことを分析できるタイプだったのか、芸人さんになってからそういう考え方になっていったのか、どちらなんでしょう。


塙:芸人になってから、ですかね。27歳くらいになったときに、急に思い始めました。


――具体的に何かあったんですか?


塙:僕の場合ちょっと特殊な環境で……2003年に兄貴(はなわ)が売れたじゃないですか。その時の兄貴の年齢が27歳なんですよ。だからなのか、27歳になった僕を中野に呼びつけて「売れること自体、すごく大変なことなんだ。売れる前の方が良かった。売れてからはネタを作るのも大変で、ここに円形脱毛症が出来たんだ。見ろ」と。立て続けに「作家とか、そういう道も考えた方がいいんじゃないか」なんて言われて。僕自身はすごく困惑して「ちょっと待ってよ……俺だってまだこれからだし」と反論しつつ、「そういう風に言われるってことは、やっぱり売れるって思ってないんだな」と自覚したんですよ。本当のこと言ってくれるのって兄弟しかいないので。


ーーお兄さんの言葉だからこそ、悔しくもあり、刺さる部分もあったと。


塙:そうなんです。兄貴が子どもの頃からクラスの人気者で、ウチの親も「尚輝は面白いからお笑い芸人になるよ」みたいなことを言ってたんですよ。みんなで夜ごはん食べてても「尚輝、今日何があった?」って聞いてたり。長男と、三男の俺はどちららかというとそれを聞いているタイプだったこととかを思い出して、「もしかしたら俺は表に出るタイプじゃないのか?」って考え始めたんです。そこから色々自分と向き合って、客観的に自分を見るようになりました。


ーーでも、それをポジティブに変えたからこそ、今のスタイルがあるわけですよね。


塙:そこに関しては、たとえば、アンケートに、「華がない」って結構書かれたりして、表では「こんなこと言うやつは頭おかしい客だ」って誤魔化していました。でも頭の中では「華がなくて、浅草で漫才協会入っちゃって、売れるわけね―じゃん」って思ったりもしていて。「ここからどうしたら売れるのか」と考えたときに「それを逆手にとるしかない。浅草の方から出ていくしかないから、とにかくネタだけは面白いっていわれるようにならなきゃ」と腹を括れたのは大きかったです。改めて思うと、26歳くらいまではそんなにネタを頑張ってなかったんですよね。


――お笑いと呼ばれるもの全方面にまんべんなく頑張っていたと。


塙:そうですね。今の若手も皆そんな感じだと思いますけど、なんとなく全方位で頑張って、合コンをやって、女の子とかと遊んで。そっちが芸の肥やしになると思ってる。でも、必死にネタを作ってるやつには勝てないって気付くんです。


■番組が付けるキャッチコピーの大切さ


――ネタの研究という視点では、いわゆる“M-1漫才”や“4分漫才のスポーツ化”についてここまで焦点を当てた上で、板の上に立っている側からの意見がしっかり入っているのはすごく刺激的でした。


塙:予選で4分10秒経ったら警告音流れて、4分半で暗転になる大会なんて、他にないじゃないですか(笑)。ネタ番組は4分って言われても、5分やったところで怒られないし、他で調整が効きますから。そりゃビビりながらネタ作りしますよ(笑)。


――時間との闘いの中で大会が進んでいくにつれ、顕著になったのが“ボケ数の量”という基準でした。何個が適正かみたいなところまで、細かく研究されるようになってきて。


塙:ボケ数については、始めにナイツとしてキャッチコピーが作れるくらいわかりやすい型を作ろうとして、「下ネタ漫才」とか「野球漫才」とか色々試すなかで「100ボケ漫才」という型を実験することにしたんですよ。事務所のライブが4~5分尺なんですけど、そこにボケを100個入れられないかと。結局ダメだったんですけど、大体4分で30個くらいボケられることがわかって、『M-1グランプリ』のときには38個のボケを入れました。そういう実験みたいなことを結構やっていたので、具体的な数字も含めて理論化できたんだと思います。若手はもっと、こういう実験ライブみたいなものをやってみるといいかもしれませんね。そういうところから変な奴って生まれてくるから。


――ある種の型の限界を追求するというか。


塙:そうそう。さっきのキャッチコピーに関しても、『エンタの神様』(日本テレビ)からの流れで、お笑い界が「キャッチコピーがないと売れない」という感じだったんですよ。「Wボケ 笑い飯」、「妄想漫才 チュートリアル」とか、『M-1グランプリ』だって実際そうとも言えますが、普通の漫才をやってても売れないんですよ。そういう意味では、キャッチコピーの付けづらい和牛が苦戦している理由もわかる気がしますよね。


――腕があって器用で、役に入り込むネタが多いからこそ特色が付け難い。


塙:そうなると「本格派漫才」というキャッチコピーになるわけです。これをどう取るかですが。


――そういう意味では、『エンタの神様』も『M-1グランプリ』も、遡れば『ボキャブラ天国』(フジテレビ)もそうですが、出番前に流れる紹介VTRの功罪もあるような。


塙:功罪、と言ってしまえばそうかもしれませんが、それで色がつけれるなら、商品価値を上げる意味としては絶対にあった方が良いですよ。僕らの場合は、スタイルとしては“言い間違い漫才”で出てきましたが、それをキャッチコピーにされちゃうと、いずれやらなくなるネタだから嫌だなと思ってたんです。そうしたら、『爆笑レッドカーペット』で演出を務めていた藪木健太郎さん(フジテレビ)が、「ベテラン風若手漫才」ってキャッチコピーを付けてくれて、これがすごくお気に入りで。


――芸人さん側がつけるにせよ、スタッフ側がつけるにせよ、一つ目のキャッチコピーがどうなるか、というのはすごく大事ですね。


塙:僕らは「若いけどちゃんとやってる」みたいなイメージが商品価値としてついたからこそ、ここまで続けられている、という部分もありますよ。


■漫才を音楽に例えると……


――あと、演者側だからこその解説だなと思ったのは、サンパチマイクの前に立っている2人とお客さんの視線について言及していた“三角形(ボケ、ツッコミ、客の関係性を指す)”の話で。


塙:あれは(島田)紳助さんに言われたんですけど、当時はよくわからなかったんです。今はなんとなく理解できるんですけど、これって扇風機みたいなもので、ちゃんと首を振って皆に分散したほうが、笑いって循環していくみたいなもんで。だから少し横を向いてみたりとか、コンビ同士でぶつけ合って圧力をかける、という動きがあったほうがいい、という理論なんですよ。


――それが見てる側からすればメリハリが付いているように見えるし、観客自身も“観られている”という感覚につながると。


塙:そう。でも、それって4分漫才であれば決してこだわらなくてもいいと思うんです。15分とか20分漫才では必須のテクニックですけど、4分だとまっすぐ走り切ってもいいかも。僕らは2009年に今までのスタイルを無理に崩そうとして、若干中途半端になっちゃったんで。


ーーフォームを修正しようとして、逆に崩れちゃったわけですね(笑)。


塙:まさに(笑)。それが原因で「漫才、どこ向いてやるんだっけ?」って悩んだりしたので。


――すべてのアドバイスがすべての人に当てはまるわけではないという……。


塙:紳助さんも「それは俺の好みや。お前らがやる、やらんもそれは好みやから」と言ってくれました。僕らの漫才に関しては、システム化しすぎちゃったのがダメだったと思うんですよ。言い間違えにしても、「宮崎駿」だけで最初から最後まで行くからこそ、全部がプログラムされた漫才みたいになって、勢いが出ないわけです。だから2011年の『THE MANZAI』では、切り分けて色んなボケをやって、勢いをつけることができました。


――ナイツの漫才はYMOから影響を受けて、ある種テクノ的に作った、と色んなところで言及されていますね。本の中でもオードリーをジャズ、南海キャンディーズを子守唄と音楽に例えていましたが、M-1漫才は4分釈という意味でも、J-POP的なものが最適解なのかもしれません。


塙:イントロから掴んだり、テンポが良かったり……いきものがかりみたいな漫才が一番なのかもしれません。そういう意味では漫才と音楽ってやっぱり似てますね。音楽って音を楽しむって書くけど、漫才もやっぱり楽しくないといけないし、それが顕著にお客さんに伝わるジャンルですよ。あと、ロックが好きな小峠さん(英二/バイきんぐ)みたいに、顕著にスタイルに反映されていたりしますから。


■売れるチャンスはいくらでもある


――『言い訳』には2018年の『M-1』までの話が書いてありますが、今年になってから、2018年に優勝した霜降り明星たちが“お笑い第7世代”と括られ始めましたよね。塙さんから見た、“お笑い第7世代”の特徴とは?


塙:霜降り明星や四千頭身、EXITとかですよね。あの世代は本当に強いですし、どことなく自由に見えるんです。僕が思うに、明石家さんまさんとあの子たちは、40歳くらい年齢が離れてるじゃないですか。僕らからしたら、80歳くらいの人と絡むのと同じで、世代が上すぎてあまりリアリティがないからこそ、のびのびとやれるのかもしれません。


――40歳くらいの先輩芸人と明石家さんまさんを、フラットに“先輩”として接するというか。


塙:そうそう。何ならイジれたりもするし、先輩たちもそれを面白がってくれる環境なわけですよ。


――孫を可愛がるような気持ちなのかもしれません。


塙:ああ、そうでしょうね。息子世代には厳しくするけど、孫世代には優しい、みたいな。


――なるほど。オードリーの若林正恭さんや平成ノブシコブシの2人、アンガールズの田中卓志さんなども『あちこちオードリー』でお話されてましたが、塙さん含め、40歳前後の芸人さんだからこその苦悩、というのもあるんですよね。上が詰まっていて、下からも突き上げられていて、でも枠の数は限られていて、それぞれが生き残り方を探している。


塙:そうですね、40歳くらいの芸人はみんな悩んでますよ。飲みに行っても「どうしようか」みたいな話を聞くことは多いです。僕個人の意見ですが、人によっては「早く辞めた方がいいんじゃないか」と思ったりすることもあります。


ーーその理由は?


塙:結局振り返ってみれば、売れるチャンスはいくらでもあったんですよ。でも、やっぱり他人事になってるんでしょうね。若手が強いのは、全部がチャンスだと思ってるから。売れてない中堅~ベテランは、全部「人がやってる大会だ」「俺らには関係ない」って言ったりしているけど、こっちからすれば「もっと頑張ればいいじゃん」って言いたくなるんです。この間も、結構売れかけていた後輩から「辞めるかもしれない」という相談を受けて、「どうすんの?」と聞いたら「でも、嫌なんですよね。お笑いしかやりたくない」と。だから「好きなことだったら、月に100本ネタ作ってるの?」と聞くと「いや、そんなの作れるわけないじゃないですか」と返ってくるんです。本当に好きだったら、ある時期だけでも全力でやれるじゃないですか。そこをやらないまま辞めるのが勿体ないなって思うし、それができないなら自分で思ってるほど好きじゃないから無理でしょ、と思うんですよね。


――本を出してから、先ほどのように芸人同士でお笑いについて話すことは増えましたか?


塙:最近はめっきり行かなくなりましたね。飲みに行くのは近所に住んでる作家さんだけで、今年に入ってからドラマばっかり見ています。今年だけで80本くらい見てますから(笑)。本を出してから、お笑いの話をするのは少し飽きちゃったかも。


ーー出し切っちゃったところもあるんですかね(笑)。


塙:飲みに行くのって、売れてない時が一番楽しいんですよ。夢を語って、好き勝手色んなことを言えるじゃないですか。そこに僕が行くのは若手からしても嫌だろうし、同世代の友達はビジネスの話しかしないですし。「YouTubeこうやったら儲かるよ」「オンラインサロンは儲かるよ」とか、そんなの別にどうでもいいんですよね。世の中の価値観は金になっちゃって、みんなビジネスの手法ばっかり覚えてくるけど、そういう人とは話が合わない。芸人としては、誰々のゴシップとか、師匠とのエピソードとかのほうが面白いわけですよ。


後編へ続く


(取材・文=中村拓海/撮影=富田一也)


■ナイツ・塙 宣之(はなわ のぶゆき)
芸人。1978年、千葉県生まれ。漫才協会副会長。2001年、お笑いコンビ「ナイツ」を土屋伸之と結成。08年以降、3年連続でM-1グランプリ決勝進出、18年、同審査員。THE MANZAI 2011準優勝。漫才新人大賞、第六八回文化庁芸術祭大衆芸能部門優秀賞、第67回芸術選奨大衆芸能部門文部科学大臣新人賞など、受賞多数。