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キリンの首はなぜ長いデザインに? 『天地創造デザイン部』は“楽しく学べる”コメディ漫画の新境地へ

2020年12月26日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『天地創造デザイン部(1) 』

 なぜキリンの首は長いのか。ゾウの耳は大きいのか。生き物の形状や生態について、このように改めて聞かれて答えられる人は、そう多くはないと思う。そんな普段何気なく目にする生き物たちの「言われてみれば」な一面を解明してくれる漫画がある。『天地創造デザイン部』(原作:蛇蔵&鈴木ツタ・作画:たら子/講談社)だ。


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■生き物の生態を気軽に知る、楽しい学びの書


 物語の舞台は、天国にある「天地創造社」のデザイン部。本作はここに所属するデザイナーたちが地上に住まう生き物たちを造る過程を通して、生き物たちがなぜその形状や生態となったのか、その理由をコメディタッチに分かりやすく描いている。


 例えば冒頭で触れた“キリンの首の長さ”は、「すっごい高いところの葉っぱが食べられる動物」というオーダーに対して、「首を伸ばせばいい」という安易なアイデアから生み出されたものだ。デザインの原案では、10メートルだった首の長さ。しかし地上で生きられるか実物を造って確かめたところ、キリン(案)は脳貧血を起こして倒れてしまう。首が長すぎることで、通常の心臓サイズでは脳に血液を送れないという課題が浮き彫りになったのだ。代わりに足を伸ばす案も出たが水が飲めなくなるため、デザイナーたちは最終的に中間の長さにして問題を解決する。


 “伸ばすだけ”の安易なアイデアは他にも。過去にデザイン部は「動けない甲殻類」にどうやって繁殖させるかを考えた際、フジツボの“フジツボ”を伸ばすことで問題を解決している。このエピソードで読者の中には、フジツボが体長比で世界一長い“イチモツ”を持つ生き物だと知る人もいるだろう。また体の8倍もあるフジツボの“それ”が普段どのように格納されているのかを知ったら、少しだけ複雑な気持ちになる気がする。


 このように本作の生き物を創造する過程自体は、あくまで「もしもデザイナーが生き物を造っていたら」というファンタジーだ。しかし実際に生き物が地上で生きていくのに必要な形状や生態の解説には実際に備わっているデザインが用いられているため、生き物への知識や理解が深まり、意外な一面を知ることができる。


 また、実在しない生き物の“存在しえない”理由が知れる点も面白い。実はキリンと同じオーダーに、空想上の生き物“ペガサス”も一案として出されている。馬に羽を生やしただけの“実在していてもおかしくなさそう”なペガサスだが、羽を動かすための筋肉量が足りない、身体を軽くするために頻繁な排泄を必要とする、そもそも空中に留まるには体重が重すぎるといった課題が山積しており、地上の空中生物として生きられないという。


 このように空想の生き物が“空想”である理由も、地上で生きていくために必要な機能が備わっているかどうかという視点から述べられている。


 さらに本作は、学びのきっかけ作りとしても有用だと思う。コアラを題材にした話では、コアラが毒性のあるユーカリの葉を食べられる理由を解説している。しかしなぜユーカリの葉を好んで食べるのか、その理由までは語られていない。ここに新たな学びに繋がる疑問が1つ生まれると思うのだ。


 楽しく知識を増やせるだけでなく、学びが繋がっていく。ここに本作の「学習漫画」としての価値があると思う。


■クスッと笑える下請けあるある


 また天地創造デザイン部の面白さの理由は、共感性の高さにもある。


 そもそも天地創造社のデザイナーたちはなぜ、地上に住まう生き物を造っているのか。それは天地を創造した神が生き物たちも造ろう、としたものの面倒になったため、そのデザインと製造を天地創造社に委託(という丸投げ)したからだ。


 「かわいくてかわいくない」
 「翼がないのに飛ぶ」
 「ふわふわなのにとがってる」
 「足がないのに走る動物を、とりあえず3案」


 「クライアントは神様」という(呪いにもなりえる)言葉が比喩ではなく現実のものとなっている世界で、デザイナーたちは神からの依頼という名の“無茶振り”に振り回されている。「なる早」でという依頼に対して迅速に対応したのに反応がなかなか返ってこない、「おまかせで」と言われて造ったのに何度も修正が入るといった“下請けあるある”に愚痴や弱音を吐く彼らを見て、デザイナーでなくとも「分かる!」と共感してしまう人もきっと少なくないだろう。


 ただそれらの言動がネガティブなものとして伝わってこないのも、本作の魅力だと思う。それはきっと、個性豊かなデザイナーたちが、自分の“得意”を活かして生き物造りに励んでいるからだろう。


 天地創造社デザイン部のデザイナーたちはそれぞれ、得意分野を持っている。例えばペガサスを提案したデザイン部の室長・土屋の代表作は馬だ。彼は馬のかっこよさに捉われすぎてもいるため、過去に何度も不採用を食らっているにも関わらず、馬をベースにしたデザインをことあるごとに提案する厄介な一面も持っている。


 こんなちょっとめんどくさくもユニークなメンバーが揃う天地創造社のデザイン部は、互いが互いの得意分野を認め、理解しあっている。だから自分だけでアイデアが生みだせない時は、他のデザイナーの過去作や知見に頼り、新たなデザインに活かすことも珍しくない。時に“造形美”対“機能美”といったデザインにかけるポリシーがぶつかり合うこともあるが、彼らはそれすらも新たな生命を生み出す糧とする。神の無茶振りに振り回されながらも、長所を自他共に認識し、それを最大限に活かせる環境で働く彼らは、ちょっと羨ましさすら覚えるほどにイキイキとしているのだ。


 『天地創造デザイン部』は、子どもから大人まで幅広い読者に新たな発見を届けてくれるだけでなく、自分の長所を生かして働くことの楽しさも伝えてくれる。読めばきっと、一家に1シリーズ置きたくなる作品ではないだろうか。2021年1月7日(木)からは、テレビアニメの放送もスタートする。


■クリス
福岡県在住のフリーライター。企業の採用やPRコンテンツ記事を中心に執筆。ブログでは、趣味のアニメや漫画の感想文を書いている。