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富士そば、崩れた「ホワイト企業」イメージ 「魔法が解けた」社員が語る実態

2020年12月25日 10:11  弁護士ドットコム

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「従業員をなるべく大切に扱う」「従業員は、会社で最も重要な財産、いわば"人財"」。


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富士そば創業者でダイタンホールディングス会長の丹道夫氏は、経営哲学を語った著書『「富士そば」は、なぜアルバイトにもボーナスを出すのか』(集英社新書)の中でこう述べている。また同書の中で「利益はみんなに分配するもの」と繰り返す。





しかし、富士そばの現役店長らで作る「富士そば労働組合」の告発により、長年、正社員の残業時間を削除する勤務記録の改ざんがおこなわれていることが判明した。組合側は、これにより「未払い残業代がある」とも主張している。



11月に組合が開いた会見では、店長らが「労働時間が月300時間を超えて、うつ病と睡眠障害になった」「長時間労働を続けて、偏頭痛や吐き気、全身の湿疹が出るようになった」など驚くような実態を次々と語った。



飲食業界屈指の「ホワイト企業」とメディアにも盛んに取り上げられていた富士そばで、一体何が起こっていたのだろうか。



●朝7時から23時まで店に立つ日々

2019年春に正社員として入社した真田拓也さん(30代、仮名)も、「ホワイト企業」と信じていた一人だった。転職を考えた際に、妻からの『メディアでもホワイト企業だと報じられているし、安定していて信用できそうだから社員になったらどう?』という言葉もあり、入社を決めたという。



24時間営業の富士そばは、7時~15時の早番、15時~23時の中番、23時~7時の遅番の3交代シフト勤務だ。真田さんは2015年にアルバイトとして1年ほど働いたことがあったが、そのときはシフト通りの勤務で、仕事のやりがいも感じていた。



しかし、副店長クラスに当たる主任に昇格した頃から、残業が多くなり始める。入社から3カ月後、店を任される立場の店長主任に昇格すると、毎日残業が続いた。





毎日朝5時過ぎに起きて7時までに出社。早番と中番勤務をこなし、23時ごろに帰宅する。休みは週1日で、当時1歳だった子どもの世話は妻に任せっぱなしだった。



●「店と家族どっちが大切なの」

関東を中心に大きな被害をもたらした2019年10月12日の台風19号。当時千葉県内の店舗を任されていた真田さんも対応に追われた。店長は被害防止と報告のため、本社から「店での24時間待機」を命じられた。



妻には「店と家族どっちが大切なの」「家族を守ってくれないの」と言われたが、会社の指示に従わざるを得ず、避難勧告の出る中ひとり店に向かった。



台風が過ぎ去った翌日、朝から営業している飲食店が他に少なかったこともあり、店は大忙し。18時までの35時間勤務を終え、へとへとになり家に帰ると、妻は子どもを連れて実家に帰っていた。





結局、10月7日から19日までの13日間は、一日平均16時間勤務だったという。その後、20日に1日休みを取り、22日、23日と16時間勤務を終えたところで、ついに体が悲鳴をあげた。お腹が張り、痛みで動けなくなってしまったのだ。病院に行くと「脱腸(鼠径ヘルニア)」と診断され、すぐさま手術となった。



術後7日間の安静のあと、医者からは「飲み物を持つなど激しい動きは控えて」と言われていた。しかし、人手が足りず、術後8日目にはいつものように店に立った。仕事を終えると手術跡の傷口から出血していて、ガーゼが真っ赤に染まっていた。



それから、朝着替えて出社しようとすると、自宅のドアを開けることができなくなった。ドアに手をかけるも、外に出るのが怖くなってしまったのだ。11月には気分障害の診断をうけ、自宅に一人閉じこもるようになった。



その間に妻が離婚調停を起こしたが、真田さんは体調が悪く家から一歩も出られなかった。一度も出廷することがないまま、裁判で離婚が成立した。



働き始めて半年ほどで心身ともに壊れてしまった真田さんは、会社への怒りをにじませる。





「ふざけるなという気持ちです。世の中でホワイトと言われていることにも違和感があります。従業員一人一人の負担を減らして、きちんと契約通り8時間勤務で終わるような会社にしてほしい」



●「独立採算制が産んだ歪み」と社員

真田さんのように富士そばでの長時間労働で体を壊すケースは、後を絶たない。組合の加入者は増え続け、アルバイトも含めて65人ほどとなった。



「富士そば労働組合」の委員長を務めるのは、社内で「ミスター利益率」とも言われ、熱血社員だった安部茂人さんだ。






「だんだん悪さの質が変わって来たんです。残業時間も昔より多くなり、部下が立て続けに倒れました。病気になったり、たまたま店で声が小さかったりしただけで、降格することもありました。あと7年ほどで定年を迎えますが、矛盾が生じたまま働くのか、部下のために働くのか考え直しました。胸をはって普通に働けるような職場にしたかった」(安部さん)




12月現在、安部さんら社員17人が未払い残業代などを求めて労働審判を起こしている。



ある富士そば社員は、この現状について「独立採算制が産んだ歪み」と話す。



富士そばは、親会社ダイタンホールディングス(東京都渋谷区)の傘下に国内8社があるが、全て富士そばの店舗経営をおこなっている。組織構造も業務内容も同じにも関わらずなぜ会社を分けるのか。丹会長はその理由について、著書で「それぞれが競争意識を持つから」と語っている。



2015年に丹会長の長男・有樹氏が社長就任後、「会社は会長時代の緊張感を失い、利益優先で長時間労働が当たり前となっていった」とこの社員は語る。




「8社が競争するので、利益を出さないと比較されます。その結果、有給休暇を使わせず残業代も払わず人件費を削減して偽物の利益を出していました。固定残業代を出しているから、社員はいくら働かせても無料だと考えていたのかもしれません。もう魔法は解けました」




●会社側「適切に対応して参ります」

弁護士ドットコムニュースが勤務記録の改ざんや未払い残業代について尋ねたところ、ダイタンホールディングスは以下のように回答した。




「労働審判については申立人の主張や証拠を検証し、適切に対応して参ります。



また、労働審判や訴訟において未払残業代の支払いが命じられた場合において、同種の問題が他の従業員にも存在していると考えられるときは、弊社グループは、労働審判や訴訟にて示された裁判所の判断や事実認定の枠組みに従って、原告や申立人にならなかった従業員に対しても労働時間の確認を行い、必要な支払をする所存です。



係争中の事案ですので、これ以上のコメントは差し控えさせていただきます」