2020年12月25日 10:11 弁護士ドットコム
2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で、多くの人や企業が経済的にも苦しんでいるが、「コロナを理由とした経営悪化」を理由とした「内定切り」も、新卒・中途問わず、問題となった。
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弁護士ドットコムニュースのLINEに情報を寄せてくれたITエンジニアの岩田友美さん(仮名)は、転職先の企業から、11月後半に口頭で内定取消しを伝えられた。12月頭に入社して働くはずだった。
相談に向かった労基署では「労働契約は成立していない」と言われ、泣き寝入りも考えた。
しかし、労働問題に詳しい弁護士は「労働契約は成立している。解雇にあたる」と解説する。対策を聞いた。(編集部・塚田賢慎)
弁護士ドットコムニュースでは12月3日、「職場の問題」をLINEで募集し、多くの体験が寄せられた。今回の相談者の岩田さんも、直近で自身に降りかかった問題を教えてくれた。
メッセージのやりとりを何度かかわしてから12月10日、岩田さんに会った。
岩田さんは、都内在住の30代女性。ITエンジニアとして、ベンチャー企業で働いていたが、職場環境に悩みがあったという。
海外の人材を雇うにあたり、英語ができる岩田さんには、家探しなどのサポートが命じられていたほか、電話対応も岩田さん1人に集中していたそうだ。
また、職場には折り合いの悪い同僚がいて、コロナで4~5月から在宅勤務が始まると、コミュニケーションの齟齬から、関係性はさらに悪化。
「仕事の案件を回してもらえなくなりました。もともと、エンジニアの仕事にも専念できなかったこともあり、夏には転職活動を始めました」
開発に専念できて、30代後半以降も使えるスキルを身につける。そのような観点から選んだ第1志望の企業と面談を進め、10月後半に正社員として内定を得た。
月収も2万円ほど上がり、待遇面でも、仕事の内容としても、申し分のない転職が実現した。
採用内定通知書や雇用契約書にも、12月の入社日は記されていた。入社の約10日前には、転職先の人事担当者から、健康診断書の提出を早くお願いしますと連絡もあり、せわしないながらも、新しい環境で働くことを楽しみにしていた。
ところが、その連絡の翌日、同じ人事から「相談があるので、電話してお話したい」とメッセージが届いた。
「電話をかけたところ、『内定を取り消させてほしい』『私も今日まで知らなかったんです』と泣きながら謝られました。
昼頃に、社内で通達があったそうです。『内部でも人員削減しないといけない』とおっしゃっていました」
わずか10日ほど後の入社が目前で消え、怒りさえ感じず、愕然とする岩田さん。
「まだ(理解が)追いつかないので、家族に相談させてくださいと言いました」
どうしても納得できない事情があった。
前職では12月末までのプロジェクトに関わっていたため、1月に溜まっていた有給休暇を消化し、2月からの出社を希望していた。
また、毎年1月に支払われる冬の賞与(月給1カ月相当)がもらえるだろうとも考えていたのだ。
それらの希望も人事に伝えていたが、「12月頭から始まる案件に入ってほしいと言われて、わざわざ早めて11月の退職にしたんです」。
コロナに関する解雇や内定切りなどのニュースはさんざん見聞きしていても、自分が当事者になるとは全く想像していなかったという。
「エンジニア職は需要も多く、IT企業は大丈夫だとなんとなく思っていた。この時期に募集しているのなら、体力はあるんだろうなと思っていました」
人事からは「社長にも謝らせます」との言葉もあったという。
「その電話以降、何もアクションがなくて焦りました。12月の入社日に出社しなければ、私が内定を蹴ったことになるのかな。そんな不安もありました。
内定取消通知書がなければ、新たに転職活動をするときに、キャリアのブランクが説明できなくて困る。それで、もし、本当に取り消すなら、送ってくださいとメッセージを送りました」
内定取消通知書がやっと届いたのは、入社日のわずか数日前だった。
前職の社長に事情を説明し、しばらくバイトとして働くことになった。
「正社員の身分を失って、1月の冬のボーナスはもらえません。1~2月まで働いていたら、内定が切られても、まだ正社員で働き続けられていたと思います」
失業給付金を受け取りに行ったハローワークでは、「無職になってから出直してきて」と言われたそうだ。
この内定取消しが、解雇にあたるのなら、岩田さんの場合、数十万円の解雇予告手当がもらえる可能性がある。そして、失った賞与などを逸失利益としてもとめたい。そう考えた岩田さんは、取材した12月10日の午前中に、労働基準監督署を訪れていた。
見解はこうだった。
・12月頭の入社予定なので、契約が成立していない
・契約成立しているのであれば、解雇予告手当の支払い命令はできるかもしれない。しかし、試用期間が6カ月と記載されているため、期間中であれば、予告なしに解雇できる
・今回は、解雇にはあたらず、ただの内定取消しなのではないか
「厳しいですよね。解雇じゃないと言い切られてしまいました」
そのうえで、労基署からは、このような提案を受けた。
・転職先の人事に直接、逸失利益の補填を請求してみる。または「内定取消しの取消し」を求める
・紛争調査委員会による手続き「あっせん」ができるから、転職先の人事に、逸失利益の補填を請求する。もしくは「内定取消しの取消し」をお願いしてみる
「泣き寝入りするしかないかな」。岩田さんの気持ちは、諦めて、次の転職活動に進むことに傾いていた。
「裁判にも費用がかかる。裁判所に出向いて、手続きをする体力もなくて…。どちらかというと、次の企業を見つけて働いたほうが、自分の糧になるかもしれない」
それに、「経済状況が悪化している企業に、畳みかけるように請求するのもイヤです」。
ただ、決して、納得しているわけではない。岩田さんは迷っていた。
コロナ禍で、面談はすべてオンラインで行われた。転職先の職場に一度も行ったことはない。人事含めて、社員に直接会ったこともない。
「内定取消しの理由が、本当に経営悪化によるものかわかりません。同時期に、他にも内定が決まっている人が何人かいました。そのかたがどうしているのかも気になります。
自己都合で退職して、キャリアが切られる。そんな経歴は望んでいなかった。私は、これは、フェアではないと思っています」
連絡しなければ、文書で内定取消通知書さえ、送ってこなかった可能性もあると考えている。
気になっているのは、労基署が言うように、内定取消しが本当に解雇に該当しないのかどうか。
次の就職活動に視野を向ける中、それでも弁護士ドットコムニュースのLINEに体験を送ってくれた理由を訪ねた。
「たぶん、私以外にも、同じ人がいると思っていて、そんなかたが見てくれたらいいな。ちょっとでも、自分だけじゃないんだと励みになればいいと思いました」
労働問題に詳しい笠置裕亮弁護士はこのように解説する。
ーー相談者の「内定取消し」は解雇に該当しますか。また、転職予定先の企業に解雇予告手当を求められるでしょうか
日本では、企業が採用内定通知を出した後の段階においては、内定通知の他に、労働契約を締結するにあたって追加で交渉が行われることは通常ありません。企業側から、労働契約締結にあたっての特段の意思表示が行われることもありません。
このような日本の採用の慣行を踏まえると、ほとんどの場合には、採用内定通知が出されたことによって、応募者と企業との間には労働契約が成立したと解釈されることになります。
今回のケースでも、通常の事例と異なる事情はないように見受けられます。そうだとすると、内定取消しは、使用者がすでに成立している労働契約を一方的に解除する行為にほかなりませんから、解雇に該当します。
そのため、企業が内定取消しを有効に行うためには、客観的合理性を備えた解雇理由があり、かつ当該従業員に解雇を行うことが社会的に相当と言えなければなりません(労働契約法16条)。また、労働基準法20条により少なくとも30日前の内定取消しの予告あるいは30日分以上の平均賃金(解雇予告手当)を支払う義務が生じます。
過去に、内定取消しの効力が争われた事例として、大日本印刷事件(最高裁S54.7.20判決)があります。大学の新卒者が、採用内定を受けた企業の入社式から約1カ月前に、「グルーミーな印象」(=陰気な印象)であることを理由に内定取消しされたというものでした。
最高裁は、採用内定取消しが解雇にあたり、解雇が許されるためには、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが…客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができる」ことが必要であると述べたうえで、この企業が行った採用内定取消しを違法無効と判断しています。
今回は、労働者側の事情ではなく、専ら経営上の理由による解雇ですから、いわゆる整理解雇の4要件(1.人員整理の必要性 2.解雇回避努力義務の履行 3.被解雇者選定の合理性 4.解雇手続の妥当性)が満たされなければ、解雇が有効になることはありません。
今回の事例では、内定通知と内定取消しとの間の期間がかなり近接しているわけですが、このような短い期間に解雇が是認されるほどの急激な経営悪化があったと認められない限り、内定取消しが有効であるとは言えないのではないかと考えます。
労基署の相談員は、採用内定が解雇ではないと言い切ったそうですが、労働契約が未だ成立していないと考えられている、採用内々定のケースと混同してしまったのではないかと思われます。
ーー前の企業で得られるはずだった冬の賞与について、逸失利益として、内定取消しをした企業に求めることは可能でしょうか
前職での賞与については、様々な事情を酌んで、あくまで放棄する前提で入社日を決めているわけですので、内定取消しをした企業に対し請求することは難しいと思われます。
ーーでは、前の企業に改めて賞与を求めることは可能でしょうか。就業規則がなかったので「支給日の在籍」など、一時金の支払い条件は不明です。ちなみに、岩田さんは「前の会社に過失はない」と考えているため、支払いを求める考えはありません
前職への請求は、賞与の請求根拠・額が不明である以上、なかなか難しいと思われます。
ーー内定取消しを受けた相談者は、このような場合、どのような手続きをとることができますか
通常の解雇と同様、労働審判や訴訟を通じて、内定取消しが違法無効であることを前提に、地位確認請求や賃金・賞与の請求を行うことができます。今回のように、企業側が謝罪の姿勢を示している場合には、弁護士を通じた交渉や労働組合(ユニオン)を通じた交渉により、解決の道筋をつけることができるかもしれません。
いずれにせよ、まずは労働者側で労働事件を取り扱っている専門家にご相談いただくことが、解決の早道であると考えます。
笠置弁護士の解説を受けて、「解雇と言ってもらえて励みになった」。そう話す岩田さんは、年明けにも改めて労基を訪れるつもりだといいます。
公的な機関であれば、全国各地の「総合労働相談コーナー」を利用することも考えられます。
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/