2020年12月24日 12:22 弁護士ドットコム
教師による体罰や暴言、わいせつ行為などの問題に取り組んでいるNPO法人「千葉こどもサポートネット」(千葉市)が12月23日、学校教育法の一部改正を求める意見書を文科省に提出した。
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意見書では、校長や教員が児童・生徒、学生に対して懲戒(叱責したり、教室に居残りさせたり、教室で立たせたり、退去させたりすること)を認めている同法11条について、懲戒を与えるときは「適正な手続き」や「児童の尊厳」を傷つけるような扱いを禁じる条文を加えることなどを求めている。
この日都内で会見した同法人の米田修理事長は「学校教育法には、教員から子どもに対する暴力を禁止するなど、子どもを守るための条文がありません」「教育委員会は教師による暴力を『不祥事』ととらえるのではなく、子どもの人権侵害ととらえ、救済する仕組みを早急につくるべきです」と訴えた。(弁護士ドットコムニュース・猪谷千香)
「本来であれば、このような改正案を出すことが残念でなりません。なぜ、わたしたちが出さなければならないのか。本来は国がやるべきことです」(米田理事長)
千葉こどもサポートネットは1992年に設立され、30年近く学校現場における子どもの権利を守るために活動してきた。
しかし、一向に教師による子どもへの体罰、暴言、わいせつ行為はなくならない。その背景について、米田理事長は「法律によって責任の所在が明らかでないから」と指摘する。
たとえば、千葉県内の小学校で教師からわいせつな行為をされたと訴えた女児の親が、千葉県や自治体を提訴した裁判。米田理事長は女児の両親から相談を受けて、憤りを感じたという。
「お子さんが被害を訴えて、ご両親は警察に被害届を出しました。学校や教育委員会に対応を求めるため、ご自分たちで弁護士さんを探して依頼しました。さらに、私たちNPOにも相談して、やっと教育委員会と話し合いの場を設けることができました。
しかし、その場で担当者が『この話し合いをやる意味がわからない』と言ったのです。なぜそんなことが言えるのか。教育行政の責任が明確ではないからです」
一方、滋賀県大津市の中学校で起きたいじめで生徒が自死した事件をきっかけに、いじめ防止対策推進法が整備されたことを米田理事長は援用する。
「この法律では、国、自治体、学校の責任が明記されています。国の方針のもと、自治体が条例化し、学校はどのように対策するか、制度設計されています。
しかし、教師による暴力については、一切ありません。だから、被害にあった子どもや、その保護者はみなさん、困っています。法的に弱い立場に置かれてしまっているのです。
被害にあったお子さんが、救済されないという、二重の被害が生じています」
今回の意見書で改正を求めている学校教育法11条(児童・生徒・学生の懲戒)は現在、つぎのように定められている。
「校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童・生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない」
これに対し、意見書では、次のように改正を求めた。
「校長及び教員は、文部科学大臣の定める要件があると認めるときは、児童・生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、児童等の人間の尊厳に反する体罰または品位を傷つける扱いをしてはならない。懲戒を加えるに当たって、児童等の権利に配慮し、文部科学大臣の定める適正手続きに従って行わなければならない」
また、新たに「第11条の2(教員等による虐待の禁止)」として次のような条文を加えることも申し入れた。
「校長及び教員は、いかなる場合においても、児童・生徒の心身に有害な影響を及ぼす各号の虐待行為をしてはならない。
1、児童等の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。 2、 児童等にわいせつな行為をすること又は児童等をしてわいせつな行為をさせること。 3、 児童等の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置、他の児童による前2号又は次号に掲げる行為の放置その他の教員等としての業務を著しく怠ること。 4、 児童等に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の児童等に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと。」
この意見書には、学校教育の専門家など362人が賛同。このうち、日弁連・子どもの権利委員会元委員長の山田由紀子弁護士も含まれている。
「かなり厳しいことも書きましたが、児童虐待防止法や児童福祉法が改正されて、親による体罰が禁止され、今後は親の懲戒権もどうするか議論されることになっています。しかし、なぜ教師による懲戒権だけは、曖昧な基準のまま許されているのでしょうか」と米田理事長は説明する。
賛同者のひとりで、日本大学・末富芳教授(教育行政)は会見で、現状を次のように語った。
「そもそも、日本は、子どもを危険な状態のまま放置してきています。教員による虐待的行為から子どもを守る法制度なにもないまま、戦後75年きている状態です。
米田さんたちのような支援団体が最終的に行き着くのは、この国はなぜ子どもを守ってくれないのかという叫びだと思います。
それは、子どもの叫びであり、親の叫びです。どれだけたくさんの人たちが教員による加害で傷ついてこられたのか。本当に真剣に関わってこられた方達は共通して、なぜ法整備されないのか、というところにたどりつかれます」
一方で、学校教育法11条だけでなく、関連する法規についてこう説明した。
「たとえば、児童虐待防止法は、親もしくは親に類する立場の人の規定ですが、これを職業的に子どもと関わる大人全員に広げることは法的に可能です。
また、学校保健安全法も一つです。この法律における安全の範囲に、虐待行為から子どもを守るということも含めるという発想もできます。
文科省としても、教員側の指導しなければいけない権利の確立とともに、懲戒権のあり方も改善しなければいけないという、頭の痛い問題だろうと思いました。しかし、そのロジック自体が、大人の視点であり、教育行政として視点の転換が迫られる課題だと思います」
一方、末富教授は「子ども基本法」の法整備が求められるとした。
「今、子どもに関する法律は各論で、それぞれに『児童の権利に関する条約の精神にのっとり』という文言が散発的に掲げられています。しかし、これでは各省庁は身動きが取れません。
学校の中だけでなく、学校外での子どもの被害も含め、もっと根底から子どもを大切にする法律が必要です。現場を改善することはもちろん、急務ですが、あらゆる自治体、あらゆる学校、あらゆる大人が意識を変えて、法制度をアップデートすることは不可避だと思います」