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渡辺祐が振り返る、スワローズ・ファンとして体験した“史上最高の日本シリーズ” 『詰むや、詰まざるや』レビュー

2020年12月21日 14:31  リアルサウンド

リアルサウンド

『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』

 1992年、そして1993年の初秋。西武ライオンズとヤクルトスワローズのファンはもちろん、プロ野球ファンの多くはテレビの中継画面に釘付けになっていた。2年連続でシーズンを制した西武vsヤクルトの日本シリーズ。西武有利の声の中、共に第七戦までもつれこんだ計14試合。その内、延長戦が4試合。それはもうガチで面白かった。ヤクルト・杉浦享の劇的な代打サヨナラ満塁ホームラン(92年第一戦)にはじまる、それぞれの試合のハイライト、名プレーは、約30年を経た今もくっきりと思い出される。もちろん、スワローズ・ファンとして、その後、何度も映像を見たことも含めて、ではあるけれど。


 そして、2020年の初冬。その2度の日本シリーズを詳細に追った一冊『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村ヤクルトの2年間』に釘付けになっている。


「史上最高の日本シリーズ」

 書籍の帯に「史上最高の日本シリーズ」とある通り、森祇晶、野村克也という知将ふたりの戦術が火花を散らし、王者・西武の完成されたチーム力と、チャレンジャー・ヤクルトの伏兵を含めた勢いがぶつかり合う。本書は、森、野村両監督をはじめ、約50名の両チームの主力選手、関係者に取材を重ね、逆転劇が続いたスリリングな展開、そこで投じられた一球、勝敗を分けた一打、一走、一返球、そして継投戦略と代打戦略など、試合の細部と選手心理を解き直してくれているのだ。


 驚いた。冒頭で書いたとおり、プレーのハイライトは覚えていたけれど、当事者の頭の中にどんな戦術、シミュレーションが飛び交い、アスリートの神経がどんな反射を呼び、そして訪れた結果にどんな思いを抱いてきたのか。それは見ている者の想像と記憶を遙かに超えていた。


 例えば93年の第四戦。1点ビハインドの西武が8回表に二死一塁二塁のチャンスを作る。バッターは鈴木健。このとき、センターの飯田哲也はベンチからの「下がれ」の指示を無視して浅めに守る。そして鈴木健が放ったセンター前ヒットを捕球するや、キャッチャー・古田敦也に文字通り矢のような返球。二塁から一気にホームを狙った代走・笘篠誠治とのクロスプレーは「アウト」。飯田の判断に軍配が上がる。


 はああ。いまでもため息が出る。筆者の長谷川晶一氏は、このひとつのプレーを飯田、笘篠、古田各選手のコメントだけではなく、西武の三塁コーチ・伊原春樹、ヤクルトベンチからプレーを見ていた高津臣吾、苫篠賢治のコメントも交えて再現する。飯田がその場面でベンチの指示を無視できた理由から、クロスプレーでのダメージを心配して、ヤクルト・苫篠賢治が兄である西武・笘篠誠治にその夜に電話をかけたエピソードまで、約10ページを割いている。


 こうして活字の中に見事に名プレーとその背景が蘇る。92年第二戦でのヤクルト・荒木大輔 vs 西武・清原和博という世代を超えた甲子園のヒーロー対決(結果は清原のホームラン)もいいシーンだ。


 西武では石毛宏典、デストラーデ、秋山幸二、伊東勤、辻発彦、渡辺久信、石井丈裕、郭泰源、潮崎哲也、工藤公康。ヤクルトでは池山隆寛、広沢克己、ハウエル、秦真司、岡林洋一、川崎憲次郎、石井一久、伊藤昭光、高津臣吾……ここまで名前を出し切れていない選手たちの「あの瞬間」が語られていく。そこには例えば92年第七戦の広沢克己のホームへのスライディングのように無念のプレーもある。どのシーンにもその人の「仕事」があり、そこには「その人」が生きていることがくっきりとわかりはじめる。ここまで取材を重ねてくれた筆者に頭が下がるばかり。



森チルドレン、野村チルドレンの現在

 『詰むや、詰まざるや』のタイトルが象徴するように、この日本シリーズは、選手同士がぶつかりあうと同時に監督同士の「戦術戦」。すべてのネジをきっちり締め直していくような緻密な森野球と、データを駆使して攻めどころ泣きどころを計算しながらも、若いチームの勢いに賭ける野村野球。知将対決と言われながら似て非なる二人の戦術は、事前の監督会議からはじまって14戦のあちこちでシーンを演出する。野球は、試合の前はもちろん、試合の間にも「考える瞬間」が与えられていることが本当に面白い。そのことを思い出させてくれるのも本書の魅力だろう。


 本の中でも紹介されているが、93年当時、盛り上がるサッカー・ブームに対して「作戦はあるんだろうが、(心理戦などで)裏をかくことがない。全く興味なし」と言い放った野村さんが「サッカーとは違うだろ」とニンマリする顔が浮かぶようだ。


 そして、本書は、最終章で登場人物たちの2020年=「いま」にフォーカスする。もうおわかりのこと思うが、野村克也さんは、本書の刊行を待たずしてこの世を去った。だが、ここに登場する主力選手のほとんどが現在でも監督・コーチなどの立場で野球を生きていることをあらためて思い出させてくれる。


 森チルドレン、野村チルドレンは、現在の野球界にとって大きい存在だ。人に歴史あり、そして「仕事」に歴史あり。読了して、森、野村両監督の野球を同時代で見られたことのありがたさにあらためて思いを馳せております。


■渡辺祐(わたなべたすく)
エディター/ラジオ・パーソナリティー
1959年神奈川県出身。自称「街の陽気な編集者」。FM局J-WAVEの土曜午前の番組『Radio DONUTS』ではナヴィゲーターも務めている。


■書籍情報
『詰むや、詰まざるや 森・西武 vs 野村・ヤクルトの2年間』
長谷川晶一 著
出版社:インプレス
公式サイト