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『鬼滅の刃』冨岡義勇の「決断」が物語を動かした 炭治郎を信じ続けた漢の想い

2020年12月21日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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※本稿には、『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の内容について触れている箇所があります。原作を未読の方はご注意ください(筆者)


■冨岡の「決断」


 「生殺与奪の権を他人に握らせるな!!」――『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)の第1話、鬼になった妹の禰󠄀豆子を殺さないでほしいと懇願する主人公の竈門炭治郎に、鬼殺隊の剣士・冨岡義勇は厳しくそう言い放つ。さらには、「弱者には何の権利も選択肢もない。悉(ことごと)く力で強者にねじ伏せられるのみ!!(略)鬼共がお前の意志や願いを尊重してくれると思うなよ。当然、俺もお前を尊重しない」とまで言って、追いつめる。


 これは冨岡なりに、かつての自分と同じような、すべてを失った(かのように見える)目の前の少年へ、脆弱な覚悟ではこの先、何もできないということを教えようとしていたのだが、実は炭治郎のほうでは、すでに覚悟を決めていた。彼は自分の命と引き換えに、冨岡の隙をついて、妹を助けようとする。そして、妹――鬼化した禰󠄀豆子もまた、身を挺して、気を失った兄を守ろうとするのだった……。


参考:野村克也が語る、『もしものプロ野球論』「野球の原理っていうのは単純明快」


 その姿を見て、冨岡の気持ちにわずかな変化が生じる。「こいつらは何か違うかもしれない」――そう感じた彼は、鬼殺隊剣士の「育手(そだて)」である鱗滝左近次に、竈門兄妹を託すことにする(そこで炭治郎は修行に励み、やがて鬼殺隊隊士の「最終選別」に合格する)。


 そう、この時の冨岡の「決断」があったからこそ、『鬼滅の刃』という物語は大きく動き出したといっても過言ではないのだ。ちなみに同作には、炭治郎に対するメンター(指導者)的な役割を持ったキャラクターが何人も登場するのだが、最も重要な導き手といえば、やはりこの、物語の最初に竈門兄妹のことを信じた冨岡義勇をおいてほかにはいないだろう(もちろん、のちに命がけで炭治郎に鬼殺隊剣士の誇りを教えた、煉󠄁獄杏寿郎の存在も忘れてはならないだろうが)。


 さて、冨岡義勇は、「水の呼吸」を極めた「水柱」である。「柱」とは文字通り鬼殺隊を支える最強の剣士たちのことであり、単行本6巻の段階では9名存在する。


 無表情で口数の少ない冨岡は、まわりから誤解されることも多く、時にその不器用な態度は、他の「柱」との軋轢を生む。


 着用している羽織の柄は左右で異なっており(嘴平伊之助いわく「半半羽織」)、これは、いまはもうこの世にいない彼にとってのかけがえのない人たち――すなわち、姉の蔦子と、親友の錆兎が着ていた服の布地を合わせているためだ。


 かつて鱗滝の元で「水の呼吸」を学んだ冨岡と錆兎は、13歳のときに、藤襲山で行われる鬼殺隊の最終選別に挑んだ。合格の条件は、「鬼が次々に襲ってくるその山で7日間生き抜くこと」なのだが、冨岡は早々に負傷。彼(やその他の仲間たち)を守るために、錆兎はひとり奮闘し、ほとんどの鬼を倒してしまう。だが、結果的にある鬼に敗れて命を落とすのだが、錆兎以外の受験者はすべて7日間を生き抜き、合格することになった。それゆえに、冨岡はいまだに「俺は水柱になっていい人間じゃない」と考えており、炭治郎が本当の「水柱」になればいいと願っているのだった……。


 あるとき、そんな冨岡の想い(と過去)を知った炭治郎は、「義勇さんは錆兎から託されたものを、繋いでいかないんですか?」と訊く。この言葉が、忘れていた錆兎との「ある記憶」を呼び起こし、冨岡はようやく“自分”を取り戻す。


 かつて、錆兎は冨岡にこんなことを言っていた。「姉が命をかけて繋いでくれた命を(注)、託された未来を、お前も繋ぐんだ、義勇」


注……姉の蔦子は、祝言をあげる予定の前夜に、冨岡をかばって鬼に殺された。


 そう、だからこそ冨岡は、竈門兄妹と初めて出会った雪山で、鬼化した禰󠄀豆子を殺すことができなかったのではないだろうか。さらに言えば、錆兎の言う「託された未来」を繋ぐために、この「何か違うかもしれない」兄妹を無意識のうちに信じようとしたのではないだろうか。


【再度注意】以下、最終巻(23巻)の内容について触れています。未読の方はご注意ください。


 物語の終盤――宿敵・鬼舞辻󠄀無惨との最終決戦において、炭治郎が右手1本で刀を握り(左手は使えない状態にある)、荒ぶる無惨を建物の壁に突き刺している場面がある。徐々に朝日は昇り始めており、あと少しだけ無惨の動きを封じられれば、陽の光が彼を灼き尽くしてくれることだろう。


 だが、炭治郎の右手の力は尽き始めていた。頼れる仲間も近くにはいない。それでも刀を放すわけにはいかない彼は、「心を燃やせ」というあの漢(おとこ)の言葉を思い出す。と、そのとき、どこからかグッと力強い左手が伸びてきて、彼の刀の柄(つか)を一緒に掴んでくれるのだった。そう――それは、かつて柱合会議の席で、もしも禰󠄀豆子が人を襲った場合は自分も腹を切る、とまで言ってくれた「水柱」の頼れる手だった!


 ここから先の展開を書くのはよそう。ただ、ひと言だけ言わせてもらえば、第205話の最後に描かれている、集合写真の中の冨岡義勇の顔だけは見落とさぬようにしてほしいものである。それは、辛い過去を背負って戦い続けてきた「水柱」が、ようやく仲間たちに見せることのできた、穏やかな、優しい笑顔だった。あえてそれを海の水の状態にたとえて言うならば、「凪」という言葉がふさわしいだろう。


※読みやすさを優先し、引用したセリフの一部に、句読点を打ちました。ご了承ください(筆者)


■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。