2020年12月11日 10:32 弁護士ドットコム
横浜地裁川崎支部は12月3日、川崎市の多文化交流施設「川崎市ふれあい館」に在日コリアン殺害や施設爆破を予告したり、学校などに9通の脅迫状を送ったとして、威力業務妨害罪に問われた川崎市の元職員の男性被告人に懲役1年(求刑懲役2年)の実刑判決を言い渡した。
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被告人は2019年11月から2020年2月にかけて、在日コリアンの元部下の名を騙り、川崎市内の学校に生徒への性的暴行や殺害を示唆する封書やふれあい館に「爆破する」などと書いた文書を送った。
これによって、学校職員やふれあい館職員の業務遂行に支障を生じさせたとして、威力業務妨害罪に問われた。(ライター・碓氷連太郎)
「司法が示した重い判断をもって、ふれあい館や地域の人権回復につとめたい」
被害に遭ったふれあい館の館長として、公判で意見陳述をおこなった在日コリアンの崔江以子(チェ・カンイヂャ)さんは、判決後の記者会見で、静かに言葉を吐き出した。
発端は2019年11月、川崎市内の学校4校に送られた封書だった。生徒を「ざんこくに殺す。」などと記載した封書の差出人のところには、実在する在日コリアンの名前が記載されていた。
そして、12月31日には、ふれあい館に「在日韓国朝鮮人をこの世から抹殺しよう。生き残りがいたら残酷に殺して行こう。」と記したはがきを、今年1月26日には「ふれあい館を爆破する。」と書いたはがきをポストに投函している。
ふれあい館の職員が最初のハガキを目にしたのは、末年始休みが明けた1月4日だった。
崔さんは今年10月23日におこなわれた意見陳述で、その職員がハガキを見て頭が真っ白になったことや、その後の報道を見た子どもたちが「ねぇぼくたちは殺されてしまうの?」と、おびえた声で話したことに触れている。
さらに、その後の爆破予告により、業務に支障が出たり、地域とともに歩んできたふれあい館が「迷惑施設」と思われてしまうのでないかという、不安と絶望感をぬぐえない日々を過ごしたとも語った。
崔さんは会見で、被告人の犯行が人種や民族差別に基づくものであったとも語った。
「被告人の行為は一過性の威力業務妨害にとどまらず、ヘイトスピーチ、差別を助長するヘイトクライムです。差別のない人権尊重の社会に寄与する『ふれあい館』の意義を毀損する悪質なヘイトクライムにおいて、利用者の負担を思う重い判断が示されました。ふれあい館は差別を生まない土壌つくりの担い手として、より一層、川崎市とともに取り組んでいきたい」
被告人は、ふれあい館のみならず、市内の学校にも爆破や殺害をほのめかす文書を送付している。これだけ見れば、子どもや施設への無差別犯行に思えるかもしれない。しかし、被告人は、元部下の在日コリアンの名を騙って犯行におよんでいる。
その理由について、「元部下を陥れたかった」「(ふれあい館にハガキを送ったのは)彼と関係があると思ったから」と被告人質問の場で供述している。さらに外国人への差別意識があったことを認めていることから、在日コリアンへの逆恨みが、犯行の動機となっているのがわかる。
「事件は起こるべくして起こった」
ふれあい館のある川崎市桜本1丁目の山口良春町内会長は、会見に同席して、こう言い放った。山口会長によると、被告人は在職中から同僚に嫌がらせをしていて、退職して約10年が経ってからの犯行だという。
「とても根が深いと思う。市は被告の在職中にどんなことが起きたのか、経緯を検証する必要があると思っている。彼の在職中に事件の芽を摘んでおけば、こんなことは起こらなかったのではないか。市がきちんと対応をしていれば未然に防げたはずだから、悔しい思いをしている」(山口会長)
また、会見に同席した師岡康子弁護士は、威力業務妨害の初犯で、執行猶予のない懲役1年の判決は通例と比較して「重く」、ふれあい館へのヘイトクライムによる深刻な被害を考慮した結果ともいえると評価した。しかし同時に、被告人自身も差別目的と認めていたにもかかわらず、判決に「差別」との文言がなかったことは「残念だ」とした。
「公判では、裁判所も検察も、差別的な動機であったことを厳しく批判していた。なので、判決文でも「差別」の一言を入れて、差別的動機にもとづく犯罪はより厳しく断罪されることを明確にしてほしかった。告訴した川崎市は『川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例』を作って差別問題に取り組んでいるが、本来なら国が差別を厳しく処罰する法を作っていかないと、在日コリアンに対するヘイトクライムをなくしていけないと思う。国の責任は重い」(師岡弁護士)
崔さんによると、爆破予告から半年以上経った今でも、ふれあい館に戻ってこない子どもたちがいるという。
今回の犯行は、差別や貧困などの生きづらさを抱えた子どもたちの、いわば最後のよりどころを奪い、地域に亀裂を生んだ。また在日コリアンというだけで差別や犯罪のターゲットになるという恐怖を当事者たちに植え付けた。
被告人は公判で「反省している」と語ったが、地域社会に落とした影は、決して薄いものではない。
しかし、そんな中でも、山口会長をはじめ町内会のメンバーは「(日本人も外国人も)子どもたちは仲良くやってきた。分断されたらたまったものではない」と、ハガキが届いた直後から地域の見回りを続けてきた。
その思いは「差別のない地域社会の創造を目指す『ふれあい館』を迷惑と思わず、我が町の宝と思ってくれたことは、ヘイトクライムに飲み込まれず、差別のない街作りを実践していくための支えになった」と崔さんは振り返る。
川崎市はあす12月12日、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」の制定から1年を迎える。
市は、ネット上のヘイトスピーチに対して、サイト運営者に削除を要請するなど、ヘイトスピーチから市民を守ろうと取り組んでいる。しかし、7月の完全施行後も続く川崎駅前などでの差別的な街宣活動に対して、明確な非難をしていないなどの課題も指摘されている。
差別のない街を作り、地域の子どもたちを守るためには、より踏み込んだ対策が望まれる。